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ほほえみの先に (20)


大変大変、ご無沙汰しております。
ぞうはなです。

やっとこ精神的に少し余裕が出てきて(といってもいっぱいいっぱいなのですが)
久しぶりに更新することができましたーー
ペースつかむまで、今しばらくおまちくださいませ・・・。





「いて当り前…ですか?」
キョーコは真面目な顔でゆっくりと口にした。
「そう」
蓮は冷めたコーヒーを口に運ぶ。
「確かに私達…幼いころから一緒に育って、一緒にいることも多かったです。けど、あいつは私のこと煙たがってて、学校では遠ざけられてたんです」
キョーコは思い出しながら小さくため息をついた

中学に進学してからは、近づきたくても尚には近づけなかった。
尚自身も嫌な顔をしたし、尚の周りを取り巻く女子たちはもっと嫌な顔をした。幼馴染というだけで理不尽な扱いも受けた。

「君がどう感じているか分からないけど、彼にとって君は『いて当り前』、裏を返せば『いなければ困る』んだろうね」
蓮の言葉はにわかに信じがたいが、キョーコは眉間にしわを寄せて自分の見解を述べる。
「それは財布と家政婦としてってことですよね」
「違う」

きっぱりと否定した蓮に言葉が継げず、キョーコは口を閉じた。蓮は少しそのキョーコを見つめると、表情と口調をやわらげて続けた。
「今までの君たちの関係は、正直俺にはわからない。もしかしたら君の言う通り、彼は君に対して冷たかったのかもしれない」
「…はい」
何と返事をすればいいのか分からない。キョーコは短く答えた。
「けれど、きっと彼は君が自分の側からいなくなったことを良しとしていない。もしかしたら本人も、自分がそう思っているということに気がついていないかもしれないけど」
「まさか…」
「この間、彼はうちの学校に来たよね」
「あ、はい!」
「なんでだか、わかる?」
「なんで…?いえ…あの時もあいつはよくわからない因縁をつけてきて」
「最上さんには分からないかもしれないけど、俺には何となくわかったよ」
「そうなんですか!?あいつ一体…」
「あれは俺が最上さんのバイト先を訪ねた翌日だったよね」
淡々と話す蓮に、キョーコは頭が整理されてくるような気がしていた。いや、気のせいかもしれないが。

「そういえばそうでした。バイト終わりに敦賀さんにお会いした日の次の日…」
「あの時ね、彼もいたんだよ」
「???」
蓮の口調は変わらないが、キョーコは驚いて蓮の顔を見た。
「暗くて気がつかなかったかもしれないけど、俺の後ろの方にね。いたんだ」
「ば、バイト先にですか?あいつが?」
「うん。俺が彼の前を通って君のいる店に向かったからね。会ったのは偶然だったはずだけど、気になってついてきてたのかな」
くすくすと笑う蓮をキョーコは茫然と見る。

「…君はどうする?」
「ど……なにがですか?」
肘をついて自分を見る蓮の表情は男性なのになぜか色気に満ちていて、キョーコはどきりとしてしまう。
「君が彼のもとを去ったことで、彼は君の存在を再認識して、君を求めているかもしれない。もしそうなら、君はどうするの?」

考えてもみなかったことを蓮の口から聞いて、キョーコは混乱した。
「まさかそんな……そんな今更」
そう、今更なのだ。
ここまで20年近く、キョーコはずっと尚だけを見ていた。尚が自分の方を向いてくれることはこれまでなくて、それでもいつかと夢を抱いて。
ようやくキョーコは自分の置かれた状況と尚が自分のことを顧みないという事実に目を向けて、尚との決別を果たしたはずだった。自分だけの夢を探して、尚に依存しない未来を見据えたはずだった。

「もちろん選択権は君にある」
蓮の静かな声に、キョーコははっと顔を上げた。
「君が部屋を出たあとのこともそうだけどね。今までがどうだったとか、彼がどう考えているとか、そんなことを気にする必要はないと思うよ」
「……」
「君が別れたいと思うか、戻ろうと思うか、君次第だ」
そうかもしれないけれど。

「君は彼に引け目を感じてきたのかな」
蓮はキョーコの心の中を見透かしているようだ。
「引け目……確かにそうかもしれませんね…ずっと私があいつを追いかけてたので。あいつにふさわしい存在になれるように…あいつに振り向いてもらえるようにって、そう考えてずっと……」
険しい表情のキョーコに蓮は微笑みかけて、その言葉に頷いた。
「そうだったのかもしれないね…今までは。君がその関係に疑問を抱いて彼から離れて、立場が変わったんだ」
「でも本当にそうなんでしょうか…あいつ本当に?」

「俺も彼の気持ちが正確に分かってるわけじゃないけどね」
蓮は言いながら、自分を睨みつけてきた尚の顔を思い出していた。
「少なくとも俺と君の関係を気にして、俺をけん制してきたのは間違いないと思う」

キョーコは黙って考え込んだ。
2人の間にはほかの席に座る学生たちの話し声が入ってくるが、静寂の中にいるような時間が過ぎる。
「……やっぱり私…」
キョーコはぽそりと口を開くと蓮の顔を見た。
「ようやく、自分で自分の将来を考えようって思えたんです。誰かが望んでるとか、誰かのためとかそういうのではなくて、自分のために自分のやりたいことをしようって」
「うん」
「もし敦賀さんが仰るようにあいつが…その…私がそばにいてほしいと思っていたとしても、私もう、あいつのためだけに生きるようなことはしたくないです」
「じゃあもし、それでもいいから戻ってきてほしいって言われたら?」
キョーコは蓮の言葉に表情を硬くしたまま動きを止めた。
「それでも……それでも私、あの部屋には戻りません」

ふ、と息を吐き出したキョーコの顔にはもう迷いの色はなかった。
「私があいつを好きだったのは過去の話です」
「…そうか」
「思えば私、盲目だったんです。離れてみればわかります。単純に近くにいたってだけで、あいつがすべてだと思っていたんです」
「今は違う?」
「はい!」
にこりと笑ったキョーコは両手で握りこぶしを作ってぎりりと力を入れた。
「バカですよね。せっかく大学にいるのに、私自分で勝手に自分の世界を狭めてたんです。学ぼうと思えばたくさんのことを学べる、まさにそういうところなのに」
「最上さんは集中力があるからね。目標があればそれしか見えなくなるのは…仕方がないよ」

蓮のフォローにもふるふるとキョーコは首を横に振る。
「いいえ、自分でもよく分かってるんです。本当に私すぐこうなっちゃって」
キョーコは両手を立てて顔の両側に立て、自分の視界を狭めてみせた。
「でも敦賀さんのおかげです!私、ちゃんとここでたくさん学んで、自分の夢を探そうって思えました。本当にありがとうございます」
嬉しそうにぺこりと頭を下げるキョーコを、蓮は表情を消した顔で無言で見つめた。
「…いや、俺は何もしていないよ。最上さんが自分で見つけたんだ」
「いえいえ!敦賀さんがいなかったら私、相変わらずの生活だったと思います」
「…役に立ててればそれで…いいんだけど」
ふと目をそらした蓮に気づかず、キョーコは元気よくココアを飲みほした。


「あの…ご馳走様でした」
「いや、ココア1杯でそれほどお礼を言われなくても」
「いえ、それに私のくだらない話まで聞いていただいて」
キョーコと蓮は揃ってカフェから外へと出てきた。空はすっかり暗く、キョーコはここから家庭教師のバイトに向かうと話した。

「少しは悩みも解消したかな」
「ええ、すっきりしました!」
「よかった」
蓮は口を閉じ、短い沈黙が過ぎる。
ふと蓮を見上げたキョーコは蓮がじっと自分を見下ろしていることに気がつきどぎまぎとした。
「…バイト、頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」

蓮の言葉を合図にしたように、キョーコは挨拶をすると駐輪場へと向かった。

敦賀さん…本当に真剣に私の話聞いてくれたし…
アドバイスも腑に落ちることばっかりだったわ。
…まあ、あのバカがどう思ってるかはちょっと疑問だったけど。

けれど尚が最近になって頻繁に自分の前に現れるようになったのは確かだ。
蓮の言っている感情がなかったにしても、何か自分に言いたいことがあるに違いない。

ほんと、ちっちゃい男よね。
あーあ、ほんとに過去の自分を消したいくらいよ。


ふとキョーコは後ろを振り返った。
すでにそこに先輩の姿はない。

キョーコは思い出した。
確か蓮を初めて見たとき、蓮の隣に相応しい人間を目指すのだと強く思ったのだということを。

敦賀先輩の隣…?

キョーコは先ほどの蓮の顔を思い浮かべるだけでなんだか心臓がどきどきと音を立てる気がした。
なぜそうなるのか、自分でもよく分からなかったのだが。


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