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ほほえみの先に (11)


こんばんはー。ぞうはなです。
ほら言わんこっちゃない、どかんとあいての更新です…





キョーコは膝の上に重ねた手を、無意識に握り締めていた。真剣に考える表情を見て、蓮もまた真面目にキョーコと向き合う。
「私…ある目的があって、大学に入りました」
「うん」
「けれど、その目的がダメになってしまう出来事があって…でもよく考えてみたら、それは実は目的じゃなくて手段だったんです」

つきつめてみれば、キョーコの夢は『尚の隣にいること』だ。だから、旅館の経営を支えることは本当のキョーコの夢ではない。もし尚が旅館を継がず別のことをするのであれば、キョーコはまた違う方法で尚を支えなければならない。けれどキョーコの頭の中は、尚と一緒に旅館を継ぐことでいつの間にかいっぱいになっていた。

「なるほど…」
「しかもその目的は、今考えてみればちょっと幼稚で他力本願で…きっと人に言ったら笑われてしまうことだと気がつきました」
蓮はしばらくキョーコの顔を見つめてから口を開いた。
「そして君はそこから更に、何かを導き出したんだね」
「はい!」

キョーコの背中がさらにぴしりと伸びる。その瞳にはゆるぎない決意の光が宿っているように見えた。
「大学にいる目的が無くなったって、最初は思いました。それに何を目指せばいいのかも分からなくなって…今までやってきたことも全部、自分のためではなかったんです。本当に私って空っぽなんだなって思って」
「そんなことはないと俺は思うけど……けど君は、何かを見つけた?」
「はい。敦賀さんは仰いました。今完璧じゃなくてもいいって。大学生活はまだ始まったばかりで、授業もゼミもこれから4年生まで続いていくと。だから私、この4年間で、人任せじゃない本当の目標を、見つけたいと思います」
「……いいんじゃないかな。大体明確な目標を最初から持って大学に入ってくる人の方が少ないよ」

ねえ社さん?と蓮は社の方を見た。
耳だけをキョーコと蓮の方に集中させていた社は少し慌てたが、めがねを直しながら返事をする。
「も、もちろんそうだよ。それに、今がちがちに決めてしまった方がかえって視野が狭くなるってこともあるよ」
「…よかった」
キョーコは肩から力を抜いて笑顔を見せた。両手を胸に当てて息を吐き出すと、再び視線を上げる。

「私、考えてみたんです。前に敦賀さんに聞かれましたよね。『どのあたりに興味があるのか』って。何で私、宝田先生のゼミを選んだんだろう、私の興味ってどこにあるんだろうって」
「なにか分かった事があったの?」
キョーコはキラキラと目を輝かせた。
「はい。前期の『経済学概論』で宝田先生がお話しされたこと、それがすごく気になっていたんです」


「なんか…最初は今時の女の子かと思ってたけど、随分と変わった子だな」
蓮の向かいに腰を下ろした社が笑顔で言った。
すでに研究室にキョーコの姿はなく、社と蓮は蓮の卒論の資料を前にしている。
「…そうですね。変わってるし、芯が強そうですね」
「『経済は個々の人間が動かしている』なんてところに注目するのもいいと思うけどな」
「学者ではなく商売人の観点なんでしょうね、おそらくは」
「ああ。まあ宝田先生の視点はだいぶ角度が違うけど、相性はよさそうだな」
「ええ。本人は少し不安げでしたけど」

輪講のあと、怯えるような目で蓮を見ていた姿が思い出される。
「あれだけ真面目で集中力があれば、心配しなくても今から何でも出来ると思うけどなあ」
「俺もそう思いますけど、多分自己評価が低いんです。今まであまり認めてもらえない環境にいたのかもしれませんね」


「この大学にいるってことは成績が悪かったわけはないのに何故なんだ?」と考えながら蓮がふと顔を上げると、にまにまと笑う社と目が合う。

「なんて顔してるんですか」
「いや、別に?ただ俺、あんな蓮の顔見たの初めてだなーって思っただけだよ」
「どんな顔ですか」
今のあなたの顔の方がひどいですよ、と蓮は言いたいが、社の言葉が気になるために普通に問い返した。
「キョーコちゃんを見る顔」
怪訝な表情を蓮は作る。普段とそう違わない顔で自分は対応していたはずだ。

「あ、お前無意識か?やたら優しくてあんまい微笑みを浮かべてたくせに」
「なんですかそれ。社さんの見間違いですよ」
「やっぱり無意識か~。そうかそうか」
「勘違いしないでください、俺は最上さんのことをそういう目で見ていません」
「じゃあどういう目で見てるんだ?」

からかっていると言うより、本心から疑問に思っている様子である社の顔を見て、蓮は一度口を閉じた。
「…単純に、ゼミの後輩ですよ」
「へえ」
社はぺらぺらとレポート用紙を意味もなくめくる。
「それにしては他の1年生と待遇が違うような気がするけど」
「違いません」
蓮はきっぱりと言い切ると、目を丸くした社の顔を見て息を吐き出した。
「俺だって真剣に学ぼうとしている相手には真剣に教えます。違うのは、最上さんの態度ですよ」


蓮は暗くなり始めた道を自宅に向かって歩いていた。

『じゃあさあ、お前の家庭教師をゆずったのは?』

キョーコから言われたお礼の言葉だけで社に気づかれるとは思わなかったが、しっかり突っ込まれてしまった。
しかし言われて冷静に考えてみれば、他のゼミ所属1年生とキョーコへの対応が違うのは、事実だった。

別に…特別にひいきをしているって訳じゃない。

石橋コンビはかなり要領よく2年生から去年の輪講資料を手に入れて役立たせているらしい。
奏江は4年生の手を借りるまでもなく独学でしっかりと仕上げてきている。
純粋に真正面から課題に取り組み、悩み、不器用ながらも必死に食らいついてきているのがキョーコだと、ただそれだけのはずだ。

家庭教師の件は…


蓮は既に通り過ぎたファーストフード店を思い出した。
そこにキョーコの姿はなかった。今日はいくつか離れた駅に近いマンションの一室で、あの真剣な表情で生徒に対して授業をしているだろう。

お金が必要で、自分の後釜を任せるに足る人物。
ただそれだけだ。
それにキョーコにはおそらく付き合っている相手がいるはずだ。

そう考えたが、だからこそ蓮は社が述べた推測に少しひっかかりを感じていた。


「本当にそういう気持ちはないですし、大体、最上さんにとっては俺はただの先輩ですよ」
質問に対して冷めた声で首を横に振る蓮に、社はやれやれとため息をついたのだ。
「お前…後輩の女子に対して"ただの先輩"の位置にとどまる事がなかなかできない奴がよくそんなこと言うな…」
少々しつこい社に言い返したら呆れられて、蓮は少しムッとした。
距離を置いて接しているはずなのになぜか慕われてしまうのは自分のせいではないはずだ。

「彼女には同棲相手がいるみたいですし、そういうことはないですよ」
「えっ?」
イラつきついでにウッカリ漏らした一言に、社は激しく反応した。
「ほんとに?ていうか何でそんなこと知ってるの?」
「たまたまです、たまたま。一緒に暮らしてる人がいるって話をしてくれただけで」
「女子とのルームシェアかもしれないじゃん」

なんでこう、食い下がってくるんだ。

蓮は口を滑らせたことを後悔しつつも、話の収束を試みる。
「そうかもしれませんね。食事を自分が作る、と最上さん自身が言ってたのでそう思っただけです」
「……あーー。なるほど」
「だから」
「そうか、それで何となく分かったな。蓮、チャンスかもしれないぞ~~」
「何のチャンスですか」

この人は人の話を聞く気があるのか、と蓮は呆れたのだが、社は顎を指でさすりながら考えている。
「さっきさ、キョーコちゃん大学に入った目的が、て言ってたよな」
「…ええ」
「けどダメになったからやりたいことを探すって」
「言ってましたね」
「そうかそうか」
社はうんうんと頷き、蓮は渋い顔で社を見た。


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