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ほほえみの先に (9)

おこんばんはー!
ぞうはなです。
かなり久々の週2回目の更新です。
諸事情により、拍手お礼記事はまた改めて上げさせていただきます。

ではどうぞー。





「ただいま」
ばたばたと部屋に入ってきたキョーコを、テレビの前にいた尚がちらりと見た。
「ショーちゃんごめんね、ご飯もお風呂も用意できてなくて」
「…別に」

キョーコは機嫌よく、着ていたコートをクローゼットに戻し、帰りがけに寄ったらしいスーパーの袋を開けて冷蔵庫に中身をしまい、それから持ち帰ってきた紙袋の中をがさがさと探り始めた。
テレビを見つつ横目で見ていた尚は袋の中身を目にして思わず口を開く。
「なんだそれ?今更そんなのどうすんだよ」
「え?」

今テレビで放送されているのは尚お気に入りのお笑い番組だ。
てっきりテレビに集中しているものと思っていたので、尚が自分の様子を見ていたことにキョーコはものすごく驚いた。
「こ…れは…バイトに使うもので…」
驚きのあまり挙動不審になってしまった。
改めて手の中に視線を落とせば、でかでかと「高校入試対策」というタイトルが目に入ってくる。確かに大学生である自分に直接これは必要ないので、尚が不審がるのも当然だろう。
「バイト?何のバイトだよ」
「…家庭教師」
「んなのお前、やってたっけ?」
「来週から始めるの。それで予習のためにもらってきたんだ」

"もらってきた"だ?誰にだよ。大体その家庭教師は誰のつてで始めるんだ?

尚はムッとしながらも一応言葉を選んだ。
「ずいぶん急だな?中途半端な時期なのに」
「うん、ゼミの先輩がこれから卒論で忙しくなるからって、自分がやってたのを譲ってくれることになったんだ」
キョーコは単純に尚が興味を持ってくれる事が嬉しく、笑顔で返事をした。
「今日はそれで、先輩と一緒に家庭教師先のお宅にお邪魔してたの。今日見せてもらったんだけど、先輩の授業ってすごく分かりやすくて丁寧だったんだ。私も生徒さんががっかりしないように頑張らないといけないよね」
「…ふうん」
「明後日にもう一軒お邪魔することになってるの。そっちは来年大学受験らしいから、責任重大だわ。うちの大学を希望してるみたいなんだけど、後輩になってくれたら嬉しいよね」
「……」
「ちょっと緊張しちゃうけど、譲ってくれた敦賀さんの期待を裏切るような事がないようにちゃんとやらないと」

笑顔のままパラパラと参考書を眺めるキョーコは、尚の様子に気づいていなかった。
「お前、その先輩って言うのは……」
「え?」
顔を上げたキョーコが目にしたのは、不機嫌な尚の顔だった。何が機嫌をそこねたのか分からなくて、キョーコは目をぱちくりとしばたかせる。
「…なんでもねえ」
尚はぼそりと言い放つとテレビをつけたまま部屋を出て行った。リビングのドアがばたんと音を立てて閉じられ、キョーコはびくりと身をすくませる。

び…っくりした……尚ちゃん、どうしたんだろう?
なんか怒ってたよね?怒らせちゃった?
えーー…何がいけなかったんだろう……

キョーコはおろおろと考えてみるが全く思い当たる節がない。
帰ってきてからの会話を反芻し考えると強いて言えばキョーコが家庭教師をすると言う話のそのもののような気がするが、それだって謎だ。今までキョーコの学校やバイトのことに口を出したことなどなかったではないか。

それとも…今日ご飯やお風呂の準備ができなかったから?
うーん…今までにもあったけど怒られたことなんてないし、分からないな。

直接聞くしかないが、今声をかけても火に油を注ぐことになるだけだ。
とりあえずキョーコは嵐が過ぎ去るのを待つことにした。


そして2日後の午後。
「なんかさ、門のところにいる人、イケメンじゃない?」
穂奈美が声を上げ、一緒にいたメンバーは一斉にそちらに視線をやった。
「ほんとだ!格好いい、ていうか、美形!」
友加がはしゃいだような声を上げる。
「ふうん…まあ、そうかもね」
千織は興味がないようだ。

キョーコは何も言えずに立ち尽くしていた。
門のところに寄りかかって立っているのは、仏頂面をしているがこの世で一番格好いいとキョーコが思っている愛しい人の姿だ。

この日は3時限目の講義で穂奈美たちと一緒になり、偶然キョーコが履修している4時限目が休講になった。そのため皆と一緒に駅まで行こうと構内のメイン通りを門に向かって歩いているところだった。
穂奈美の声に見てみれば予想もしていなかった尚の姿があったので驚いたことこの上ない。尚はこの大学にきたことなど、入学してからの数ヶ月で一度もなかったのに。

喜びをはるかに上回る戸惑いでキョーコは声が出なかったが、向こうはキョーコに気がついてすたすたと近づいてきた。
「これからカテキョウのバイトか?」
「…そうだけど、まだしばらく時間があるから…」
「で、お前の言う先輩ってのは誰?」
きょとん、と目を丸くしてからキョーコは自分の周りの女性陣を尚が見回していることに気づいた。
「あ、この人たちは同じクラスの友達で、先輩はここにはいないの」
「あっそ」

「キョーコちゃん、友達?もしかして彼氏?」
「あ…うん……まあ」
友加に聞かれ、キョーコは横目で尚を伺いながらなんとなく濁すような返事をする。人前で堂々と彼女面することを尚は喜ばないのだ。しかし尚はごくごくわずかに頭を下げただけで、否定も肯定もしなかった。

「じゃあ俺は行くわ」
「え」
「今日飯いらねーから。じゃな」
周りに挨拶もせず、すたすたと尚は去っていく。あまりにあっさりした去り際に、キョーコももちろん、友加たちも何も言えず動きもできず、ただ黙ってその後姿を見守る。
しかし、尚が少し遠ざかるとにわかにキョーコの周りは動き出した。
「ちょっと…!」
「…聞いてないんですけど~?」
友加はなぜかどこか怒っているように見えるが、穂奈美はにやにやと笑みを浮かべている。
千織は1人、冷静な顔で「そうね、ちょっと組み合わせ的には意外だわ」と呟いた。
「キョーコちゃん、今日4限は休講で時間が空いたって言ってたよね」
友加にがしりと腕を組まれ、逃れることは適いそうになかった。


「今日はなんだか楽しそうだね」
「えっ…そうですか?」
その日の夜、とあるマンションのエントランスから出るところで蓮に言われ、キョーコはどきりとした。

大学に尚が顔を出してくれて、(一応)自分が彼女だということを否定しなかった。

今までの尚からは考えられない行動に最初は驚くばかりのキョーコだったが、後で思い起こしてみればそれは今までとは少し違う特別なことだった。髪型やファッションに気を遣い始めたのがもしかしたら効果を生んでいるのかもしれない。そう思うとウキウキしてしまうのは止めようがない。
せめてこの家庭教師の引継ぎの時間はそれを表に出さないようにしていたつもりだが、やはり漏れてしまったのだろうか。

キョーコは全く気づいていなかったが、今日のキョーコは歩くときも踊るような足取りで無意識に陽気な鼻歌まで歌っているのだ、分からないわけがない。

「何かいい事があったの?」
「い、いえ…特別何があったって訳では…」
喜んで人に話すようなことではない。キョーコはそう思ってごにゃりと語尾を誤魔化し、蓮もそれ以上は追及しなかった。

「そういえば、最上さんは1人暮らし?それとも実家かな」
駅に向かって歩きながら蓮に尋ねられ、キョーコは「えっ」と蓮の顔を見る。
「今日の小林さんの家、いつも授業の後に夕飯を出してくれるんだ。実家住まいだったらその必要もないけど、自炊してるならご厚意に甘えてしまった方が楽だと思ってね」
「ああ、そうなんですね」

急に何を聞かれるのかと思ったが、なるほどそういう意味かー。
確かに一食浮くのは魅力よね。だけど……

「実家ではなくて自炊なんですけど、…その、同居人がいて食事はいつも私が作っているので」
キョーコは照れつつ答えた。
今日みたいに尚が自分に構ってくれる頻度が上がれば、一緒に夕食を取れる機会も増えてくるのかもしれない。そう、もしかしたらどこかのお店に一緒にご飯を食べに行くとか、そんな本当にカップルみたいな事が…!

きらきらと脳内妄想を繰り広げていると、「そう」という短い返事が蓮から返ってきた。
急にキョーコは背筋が寒くなった気がして、蓮の顔を見上げる。蓮の顔はいつもと同じ……いや、いつもよりもいい笑顔が張り付いている。けれどなぜだろう、直感的にキョーコは蓮から『怒り』の波動を感じてしまった。

「それなら食事の必要はないかな。俺から伝えておくよ」
蓮の口調も表情もいつもと変わらない。そう、変わっていないはずだ。
なのにキョーコはなぜだかそこから不穏な空気を感じてしまい、訳も分からないまま無言で頷くしかなかった。


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