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ほほえみの先に (8)


おこんばんは!ぞうはなです。
書けたときは速やかに載せる―。





「最上さん。ちょっといい?」
キョーコが呼び止められたのは、輪講が終わった後のことだった。
その日の発表担当は奏江で、そつのない発表は時間通りにピタリと終わり、キョーコが出した疑問点にもさらりと答えが返ってくる。
「ほんと、すごい人だわ」とキョーコは感心し、自分も次回の発表を頑張らなくてはと思っていたタイミングだった。

「はい!」
キョーコは返事をしながら要件を予想した。おそらく来週の発表に関することだろう。
そう思ってその場で蓮の言葉を待ったのだが、蓮は「ちょっとカフェまで付き合ってくれる?」と荷物を手に取った。


蓮から半歩遅れて斜め後ろを歩くキョーコは少し戸惑っていた。
一体蓮は何の話があるというのだろうか。輪講のことならばその場で話せばよいし、カフェに移動してまで話すようなこと、キョーコには全く見当がつかない。
蓮は学内カフェのカウンターでキョーコに飲み物のオーダーを確認すると2人分のコーヒーを手に空いた席を探す。
図書館の入り口に作られたカフェは大学の中にあるものとしては洗練されていて、常時学生で賑わっている。しかしすでに4時限目が終わっている時間のためか2人席はすぐに見つかった。

「ごめんね、時間取らせちゃって。まだ大丈夫かな」
蓮は椅子に腰を下ろし、トレイに乗せたカフェラテをキョーコの前に置きながら尋ねる。
「はい、もう少しは大丈夫です」
キョーコは答えてから、この後自分に予定があるのを蓮が知っているようであることに首をかしげた。

話ってなんだろう?

キョーコは目の前に置かれた紙のカップに手を伸ばしていいものかどうか迷いながら、落ち着かない気分でそろりと周りの様子を伺った。蓮と自分が同じテーブルに座っているのがものすごく場違いな気がして、周囲のテーブルからの視線を感じて居心地が悪い。

蓮はそんなキョーコの様子を気にすることもなく、コーヒーを一口飲むと口を開いた。
「最上さんは、バイトしてるよね?」
「はい、してます」
しなければ生活していく事ができない。そう思うが短く答える。

「どういう種類のバイト?」
さらに聞かれ、種類?と目を丸くしてからキョーコは指を折って挙げた。
「えっと、新聞配達と、ファーストフードと、居酒屋です」
「…そんなにしてるのか」
ぽそりと蓮が呟き、キョーコは不思議そうに蓮を見る。

「恥ずかしながら、稼がないといけない状況なので」
「ああ、うん、頑張ってるんだね」
キョーコは蓮に促されてカップに口をつけた。まだ話の行き先はまったく見えない。

「けど、折角うちの大学にいるのにそれはちょっともったいないな」
「も、もちろん勉強優先で、授業の時間にバイトしたりとかそういうことは…!」
慌てて前のめり気味に反論したキョーコに蓮は驚いた表情を作ったが、すぐに笑顔になった。
「ああ違うよ。そういうことじゃなくてね。今君が挙げたバイト、時給はいくら?」
「時給…ですか」
居酒屋は夜遅くなることもあり、女将さんの好意で少し給料をはずんでもらっている。とはいえ、どれも似たり寄ったり、どんなにもらえても千円前後だ。

「そう、そのあたりの仕事はさほど時給がよくないよね。だから君にバイトを紹介しようと思って」

バイトの紹介?なんで、私?

キョーコは驚いてまじまじと蓮の顔を見てしまった。

時給のいいバイトとは一体何か。上手い話がそう簡単に転がり込む訳はないから、もしかしたら怪しげなバイトなのだろうか。蓮は実はそのルックスを利用してホストをしていて、その関連でいわゆる夜の商売系?
いや、その系統は自分に務まると思わないしわざわざこんな地味な女に持ち込む話でもなく、どちらかといえばいつも蓮の周りにいるような、ああいう女性の方が向いていそう気がする。そうだ、紹介する蓮の顔をつぶしかねないのだ、いくらなんでもそれはない。

だとすると、ネットワークビジネスのような別の意味で怪しい話だろうか。いや、宗教がらみかもしれない。
さすがにそれは、いくら金に困っているからと言ってほいほいと乗るわけにはいかない。

顔を青くしてそこまで考えてから、ぽこりとキョーコの脳内に真っ白な天使の羽を生やしたちびキョーコが姿を現す。

いやいや、なぜそういつも世話になっている蓮の事を頭から疑うようなことを考えてしまうのか。
普段の蓮の様子から、そんな怪しげなものにはまっている様子は一切伺えないではないか。

そうよ、敦賀さんを疑うなんて、そんな失礼なことを考えちゃいけないわよ。

次にぽこりと現れたのは、真っ黒な蝙蝠のような羽を持ったちびキョーコだ。

そうやって善人の顔で親切にするのは詐欺師の常套手段だ。
大体"世話になっている"というが、自分がどれだけ蓮のことを知っているというのだ。輪講の時に会うだけで、相手のことは何も知らないに等しいではないか。そうそう簡単に信用などできるものではない。


「怪しい仕事じゃないよ」
どうやら思考の渦にはまっている間、蓮はキョーコの様子を眺めていたらしい。テーブルに肘をついてカップを片手に持ったまま、蓮は楽しそうに笑う。
「君を騙そうとしてるわけじゃない。とりあえず話を聞いてくれる?」
「は……あの…すみません」
キョーコは真っ赤になって小さくなった。考えていた事が声に漏れていただろうか。いや、静かにしていたはずだ。だが蓮は気分を害することもなく普段どおりの微笑みを浮かべている。

ごめんなさいごめんなさい。
疑ってごめんなさい。
ああ、私ったらつくづく間抜けだわ。敦賀さんを疑ったりして。
そんなはずないじゃないのよ!

懸命に心の中で手を合わせるキョーコの表情を見て蓮は小さく吹き出したが、キョーコはそれには気づかなかった。


「家庭教師ですか…?」
「うん」
蓮の簡単な説明を聞いてキョーコは驚いた顔をする。
「卒業しちゃうとさすがに続けられないし、その前にも忙しい時期に入っちゃうからね。今の時期に誰かに引き継いでもらうのがいいかと思って」
「あ…卒論ですね」
「そう、さすがに来月くらいからは時間が取れなくなっちゃって」
「そう…ですね」
輪講の世話役も頼めなくなるのだろうか。それはそれで仕方がないが少し寂しい気がする。

「お願いできるかな」
キョーコははっと顔を上げた。真正面から蓮と目が合ってどきりとするが、湧き上がってくるのは疑問ばかりだ。
「それはその…私にとっても願ってもないお話ですが」
「本当に?よかった」
「けどでも!」

微笑む蓮に、キョーコはぐっと身を乗り出して不安げな顔をした。
「なんで私に紹介してくださるんですか?」
蓮は微笑みを浮かべたまま少し考え、手に持ったカップをテーブルに置く。
「君がぴったりだと思ったからだよ。まだ1年生でしばらく続けられるだろうし、学問に対しての姿勢もしっかりしてて調べたり説明したりするのも上手だ」
「は……それはその…ありがとうございます」
キョーコは顔を赤らめてぼそぼそと口ごもった。予想もしていないところで褒められてしまって、急に照れくさい。

「バイトもすごく頑張ってるみたいだから、割のいい仕事があればいいんじゃないかとも思ったしね」
「え…?」
確かにキョーコの毎日はバイト漬けだ。授業の入っていない時間はかなりの比率でバイトに当てられている。
だが、なぜ蓮はそれを知っているのだろうか。

「…バイト先のひとつは○○駅のビッグバーガーだよね」
キョーコの抱いた疑問を理解したかのように蓮は言った。
「は…?確かにそうですけど」
「俺、あの店の先に住んでるんだ。学校の帰りに通りかかるとかなりの確率で君が店にいるから」
「あ…!」
キョーコは思わず声を上げた。なるほど、そういうことか。
「水曜と金曜はその後別のバイトに行ってるよね。それが居酒屋なのかな」
「お…仰るとおりです……」
水金は客が増えるらしく、居酒屋の手が足りなくなるからそこに仕事を入れているのだ。しかしすっかり知られていて恥ずかしくなる。
「さすがに土曜に通りかかって君がいたときは驚いたよ。ちゃんと休んでる?」
「はい、大丈夫です!頑丈なのが取り柄ですから!」
にこにこと胸を張って答えるキョーコに「そういう意味じゃないんだけど」と蓮は口の中で呟く。

「今の収入を変えずに働く時間を短くする事ができるから、楽になるんじゃないかと思って。授業前に多少の準備は必要になっちゃうけど慣れればそれほど時間かからないから」

私のことまで考えてくれるなんて、やっぱり敦賀さんってものすごく人格者なんだわ!!
疑って本当に申し訳なかったな…汚い自分の心が醜く見えるわ……
ああ一体、どんな人生送ってきたらこんな風になれるのかしら。

キョーコは感動に打ち震えながら蓮を拝み倒したい気分になる。
細かいことを説明してくれる蓮を見るキョーコの瞳には、"尊敬"の光が満ちていたのだった。



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