SkipSkip Box

ほほえみの先に (6)


毎回"ご無沙汰"とか"お久しぶり"とか…
すみませんーーーー!ぞうはなですーー。

とりあえず続き――。





「あ…あの……」

躊躇した声で話しかけられるのは蓮にとって珍しいことではない。
中学校、いや小学校に通う頃から、こうして声をかけられて振り向けば、見たこともない女子、あるいはあまり話したことのないクラスメイトの女子が緊張感に満ちて頬を紅潮させてこちらを見ている、といった経験を蓮は数え切れないほどしてきている。
とはいえさすがに20歳を超えて、自分の周りにいる女性も大人になってきているせいか突然声をかける人は減ってきているので、ある意味久しぶりとは言える。

しかしぼんやりとそんなことを無意識に頭に置きながら振り返った蓮は、久しぶりというより初めての現象を目の当たりにして途方にくれた。

「どうしたの?」
一応礼儀として柔らかい笑みを浮かべて優しい声を出してみたものの、内心には戸惑いがある。
何せ目の前の女性は、よく蓮に話しかけてくる人に共通する、「恥ずかしそう」で「何かを決心した顔」で「頬を紅潮させている」という点が何一つ当てはまらない表情をしているのだ。

いや。

「何かを決心している」顔ではあろう。だがそこに「悲壮な」という修飾語が入る。


蓮の前に立った最上キョーコは話しかけの一言を発したまま、唇を引き結んで黙って蓮を見ている。
蓮はいくぶん冷静さを取り戻してキョーコの表情を観察した。その顔はどこか怯えているようにも見える。

この1年生がなぜ輪講後のゼミ室で自分に対してそんな顔をしているのか、蓮は状況が理解できないながらも言葉を継ごうと口を開けかけたが、それを遮るようにキョーコが大きな声を出した。
「すみません!折角お時間いただいてアドバイスをたくさんしていただいたのに!」
「え?」
予想もしていなかった謝罪の言葉が飛び出して、蓮は目を丸くした。
深々と頭を下げるキョーコに、輪講が終わって片付けをしていた他の1年生が何事かと動きを止めてこちらを見ている。
「ちょっと待って、最上さん。何も謝ることなんてないし…とりあえず頭をあげて」
「でも」
キョーコは再度蓮に促されてようやく頭を上げた。なるほど、顔がこわばって青ざめてさえいたのはこのためか。
変な部分にだけ合点がいくが、それでも蓮にはこの勢いの謝罪の意味がわからない。

「後で伝えようと思ってたけど、今日の発表は良くできてたよ。調査も十分だし、質問にもちゃんと答えられてたよね」
「けどあの、時間が7分も過ぎちゃって…それに、第2節の話が長すぎて、最初に考えてた構成が入りきらなくてはしょりました!」
「ああ…まあ確かにそれはそうかもしれないけど…」
「一番気を付けないといけないと言われたところができなくて」

また頭を下げようとしたキョーコに、蓮は少し厳しい声を出した。
「ちょっと待った、最上さん。君はなんのためにこの輪講に参加してるの?」
キョーコははっと顔を上げて蓮を見る。腕組みをした蓮は先ほどの笑みを消して真顔だ。
キョーコの背中は自然にびしりと伸びた。

「け、経済学、経営学の基礎を学ぶと同時に」
「同時に?」
「調査とか発表のやり方を学んで身につけるためです」
「それだけだった?」
「それと、議論の方法も学びます!」
「その通りだ。それが分かっているのに何故わからない?」
キョーコはその言葉に瞬きもせず眉間を少しだけひそめた。理解ができないと思いつつも、なんとか考えて答えを導き出したい、そんな顔だ。

蓮は沈黙を保ったままキョーコの顔を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「君は学ぶためにこのゼミに参加しているはずだ。ゼミは今期末まで続く。さらに、2年、3年と同じゼミかどうかはわからないし、少しずつレベルや専門性は上がっていくけどゼミは引き続き開催されるよね」
「はい…」
キョーコにはまだ、蓮が何を言いたいのかが分からない。

「それが、どういうことだか分かるかな?」
「…まだ学ぶべき事がたくさんあるということ…でしょうか」
考えながら慎重に答えるキョーコに、蓮は小さく頷いた。
「そうだ。逆に言えば、1年生の段階で完璧にできると期待されてはいないということ。つまり、現時点では『できなくて当たり前』だ」
「はあ…ですが」
「もちろんそれで向上心がないのは困るよ、いつまでも出来ないままでいいとは言ってないからね。けど、完璧を求めるあまりに発表が縮こまったりそうやって後悔ばかりするのは逆効果だ」

ぴしゃりと言われ、キョーコは肩をすくめて小さくなる。
「すみません!」
「謝る必要ないよ」
慌てて頭を下げるが、その頭に降ってきた蓮の声は打って変わって柔らかい調子になっていた。

「今の時点では十分だ。自分で不十分だったと思うところを反省するのはいいけど、そんなに卑下することないよ。もう少し肩の力を抜いて、気楽に自由にやればいいと思う」
「は…はい!ありがとうございます」

キョーコはもう一度頭を下げた。顔を上げれば、柔らかく笑う蓮と目が合う。
「俺から見たら今日は合格。胸はっていいよ。…きっと社さんも同じように思ってるはずだ」
2人から少し離れたところで様子を見ていた社は、2人から同時に視線を送られてコクコクと頷く。
ようやくキョーコは肩の力を抜いて嬉しそうな笑顔を見せた。


「思ったより真面目だよな~」
「誰がですか?」
「お前のことじゃないよ」

分かってますよ、とため息をついて蓮は「最上さんですか」と確認した。
「ああ。今どきの女子学生かと思ったけど、ちょっと違ったな」
「そうですね」

社はレポート用紙の束に最後まで目を通すと、一文に赤い線を引いてぐりぐりと丸を付けた。
「やっぱり論点はここを中心にした方がよさそうだな」
「…もう少し膨らませますか」
「分量はいいんじゃないかな。あとは展開の工夫だよ」
「わかりました」
社からレポート用紙を受け取り、蓮はそこに目を落とす。
「今の時点でそこまでできてりゃ順調だよな、余裕あるよ」
「そうでもないです」
「光は章立てやり直しになったぞ」
「……」

カバンにレポート用紙をしまう蓮を見ながら社は思い出したように笑った。
「そっか、誰かに似てると思ったら、蓮に似てるんだな」
「何がですか?」
「あの子だよ。最上キョーコちゃん」
「似てますか?」

けげんな顔をした蓮に、社はニヤリと笑う。
「融通が利かないほどの真面目な突っ走りっぷりが、お前がこのゼミに来た時とかぶってる気がするよ」



あれは…真面目とはちょっと違う気がするよな。

蓮は自宅近くの大きな通りを歩いていた。
夕方のこの時間、いつもの通り学生の往来が激しい。

真面目なのは真面目だけど…あの思いつめた感じはただの真面目じゃない。
…いい成績をとって褒められないといけない、…そう、"義務"になっている感じだな。
もしかして親が厳しくて、成績が悪いと叱られるとか、そんな環境で育ってきたのか…?


『お前が事前打ち合わせで脅かしたんだろ?』

社のにやにや笑いが目に浮かぶ。

違いますよ。

蓮は目の前にいない社に心の中で反論した。
確かにキョーコは理解が速く、蓮の言葉から意図を素早くくみ上げるため、話がしやすかったしより進んだところまでの指導が可能だった。

とはいえ俺だって単なる学生だ。教授でも何でもないんだから、そんな脅すようなこと…


蓮は道の横のファーストフード店に目をやった。
なるほど、この店に近づいていたから自然とあの少女のことを考えてしまったのか。

ちらりと見た店内にキョーコの姿はなかった。
しかし、店の横の小さなドアから慌てて出てきた茶色い髪は間違いなくキョーコだった。

バイト…終わりなのかな?

小走りで自転車に近づきトートバッグをどさりとかごに入れたキョーコは、自転車にまたがると左手首の腕時計に視線を走らせた。
「まずいわ、急がないと遅刻しちゃう~!」

蓮に気づくこともなく、キョーコは猛ダッシュで自転車をこいでその場を立ち去った。


「何かと…騒がしい子だな……」
蓮は苦笑を浮かべ、キョーコがどこに向かったのか、「バイトをかけもちでもしてるのか?」とやはり少女のことを考えながら店の前を通り過ぎていった。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する