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ほほえみの先に (4)


こんばんはー。ぞうはなです。
遅々として進まない、とぶつぶつ言いながら、続きです。





「なんかちょっと緊張するな…」
キョーコは呟きながら講義室のドアの前に立った。
ゼミ室と呼ばれるその小さな部屋は通常の講義では使われる事がなく、主にゼミの活動に利用されている。そのため、キョーコは存在は知っていたが中に入るのは初めてだった。

集合時刻15分前。
まだ少し早いとは思ったが、遅刻するよりいいだろう。おそるおそるドアをノックして開くと、コの字に並べられた机の手前側に1人の女子学生が座っていた。
「こ、こんにちは」
「…こんにちは」
ストレートの長い黒髪をひょいと耳にかけ、無表情で女性は軽く頭を下げる。仕草と表情がクールで、そしてクールさに見合った涼しげな美貌にキョーコは思わず見とれた。

「宝田ゼミに参加する方…ですよね?」
「ええ」
「あの、私1年の最上キョーコといいます。よろしくお願いいたします!」
ぴしりと立って深く頭を下げるキョーコに女性は少し面食らった表情を作ったが、すぐに立て直して口を開いた。
「私は…琴南奏江です。…よろしく」

えへら、とキョーコが表情を崩したところに勢いよくドアが開いた。
「あれ、まだ先生おらへん」
「だからまだやゆうたやろ」
「せやっけ?」
「聞いてへんなもう」
男子学生が2人入ってきていきなり部屋が賑やかになる。なんとか全員が席について落ち着いたところで再びドアが開いた。

「あ、揃ってるかな。先生もすぐに来るよ」
次に教室に入ってきたのは先日キョーコの申し込みを受け付けてくれた社だった。
「えーと、琴南さん…最上さん…石橋君と石橋君…?」
プリントを渡しながら社が確認し、男子学生2人に笑いかけた。
「偶然だね。うちのゼミの4年生にも石橋君がいるよ。呼び方考えないとね」
「あーー俺ら高校から一緒なんで、ずっと下の名前で呼ばれてます。俺が慎一でこいつが雄生」
「なるほど」

さて、と社はホワイトボードの前に立つと全員を見回した。
「では宝田先生が来るまで、簡単に説明をします」
全員が社に注目し、社はにこりと笑顔を作る。
「俺は助教の社です。宝田研究室の所属で講義の受け持ちもしてます。あと、1年ゼミのサポートもするので、半年間よろしく」

「よろしくお願いします」と全員が頭を下げる。
「1年生のゼミは輪講がメインになるけど、毎回の世話役は4年生に交代でお願いしてます」

各学年にゼミがあるので当然ながらこのゼミには4年生もいるのだ。
けれどそれぞれの学年のゼミの内容は違うと聞いていたので、キョーコは正直、他の学年との関わりが出来るとは思っていなかった。
「輪講ってどんなことするんですか?」
質問をしたのはキョーコの隣で説明を聞いていた奏江だった。
「はい、課題図書を与えますので、分担して読んで、発表してもらいます。1年前期ってまだ教養科目ばかりで、経済学、経営学の基礎も学んでない状態だからね。そこから始めると…」

説明の途中でゼミ室のドアがガチャリと開く。
「おお、始めてたか」
1年生4人は何気なく振り返って全員がその姿勢のまま凍りついたように動きを止めた。
さりげなくかけられた声からは予想もつかないものがドアを開けていたのだ。

ドアを開けた人物は背の高い男性だった。
白い布がすっぽりと頭を覆い、だらりと垂れたその布が顔を半分隠している。服もだぼっとした白いワンピースのようで、腰には煌びやかに輝く短剣が差し込まれていてその姿はあまり日本国内で見かけるものではない。

素足にサンダルを履いた男性は全員の視線をものともせずごくごく普通に部屋に入ってきた。
ようやく衝撃から戻ってきたキョーコがよく見ると、社は普通にその光景を受け入れている。いや、というより多少渋い表情をしているようだ。
「…今日はそれですか」
「ああ、午後は授業がなかったからな」

1年生4人はまだ状況がつかめない。
前期の授業で見た宝田は、普通にネクタイを締めていたはずだ。

「諸君、ようこそ。私がローリィ宝田だ。これから半年間、ゼミでは主に経営学の基礎を学んで欲しい。まあそれほど緊張しなくても大丈夫だ」

はあ…

宝田の話は一向に耳に入ってこなかった。


ゼミの説明会のあと、キョーコはすぐに構内にある生協売店へと向かった。
輪講に使う本がそこで購入できると言う。
「ゼミにも2冊くらいあるから、貸し出しも出来るよ」
社はそう言ったが、キョーコはその本を買うことにしていた。

売店には主に授業で教科書として使われるものを中心として様々なジャンルの本が並んでいる。大抵が大きくしっかりとしたハードカバーの本で高額でもあり、少ない仕送りとアルバイトで賄っているキョーコにとっては辛い。
けれど、ゼミは自分が自主的に受ける授業だ。少しでも専門的な知識を身に着けたい。

「えーーっと、『経営学の基礎理論』…」
棚はジャンルごとに分かれているが、"経営"、"経済"というタイトルだけでも大量に並んでいる。キョーコは棚の端から順に、無意識に指でたどりぶつぶつとタイトルを繰り返しながら探していった。
「……『経営学の基礎理論』…」

棚の1/3ほどまできたところで、隣に人が立った。
「あの本を探してる?」

「え?」
最初は自分が話しかけられたと気づかなかったキョーコだが、ふと横を見れば隣の人はこちらに体を向けているようだ。
「あ、すみません、あの」
「『経営学の基礎理論』だったら、そこだよ。表紙が黄色と白の本だよね」
言いながら隣の人物は長い腕を伸ばして本棚から1冊の本を抜き出すとキョーコの方に表紙を向けた。

「あ、それです!ありがとうございます」
キョーコは慌てて差し出された本を受け取って深々と頭を下げた。姿勢を元に戻してから相手を見てキョーコは一気に青ざめる。
目の前にいたのは、先日決意を固めるために勝手に目標の一部に設定してしまった、あの長身の先輩学生だったのだ。
「…ひ」

急に顔をこわばらせたキョーコに、相手は一瞬けげんそうな表情を見せたような気がしたが、すぐににこりと柔らかい笑みを浮かべた。
「見つかってよかった。じゃあ」
あっさりと男子学生は去っていく。

びっっっっくりした~~~~~!
ああでも、落ち着いて考えれば私があんな変なこと考えたなんてあの人は知ってる訳ないんだから、慌てることないはずよね。
んんん、不自然な態度取っちゃったかしら…いや、大丈夫よね。
だってどうせ、私のことなんてすぐ忘れるだろうし。

しかし、キョーコの考えは翌週、ばっさりと否定されることになった。


「おや」
「あ…?こ、こんにちは!」

翌週、輪講の準備や手順について簡単な説明を受けるため、キョーコは再びゼミ室に足を踏み入れていた。そしてそこにいたのは、キョーコにこの輪講の課題図書を棚から手渡してくれた男子学生だった。
まさか会うとは思っていなかったキョーコはまたしてもドアを開けたところで硬直してしまい、内心で「バカバカー」と涙目で自分に叱責しながらもなんとか挨拶を済ませる。

「やっぱりこのゼミの所属だったか」
「やっぱり…とは?」
ホワイトボードの前に立ったまま軽く笑った先輩に、キョーコは不思議そうに首をひねった。

「その本、宝田ゼミの1年生輪講では必ず1冊目の課題図書になるから」
「あ!…そういうことですか」
「ほかの授業では使ってないけど入門書としてはかなりいい本ってことで」
「そ、そうなんですね」
ぎくしゃくとキョーコは頷くと頑張ってホワイトボードから一番遠い椅子に腰を下ろした。

今日の説明はこの先輩学生から聞くことになるのだろうか。
まったくもって自分の妄想脳が悪いのだが、一度「この人の隣に立つのに相応しい人間を目標にしよう!」などと考えてしまった手前、それを「やっぱりなし!」と取り消したとしてもこの内面の気まずさはどうにも解消が難しい。
「ああ、俺は4年の敦賀です」
「…最上です。よろしくお願いいたします」

大丈夫よ、別に誰に何をしたわけでもないんだから、普通にしとけばいいんだから。


そう思うキョーコだったが、やはり笑顔はどこかひきつってしまったのだった。

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