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ほほえみの先に (3)


こんばんは!ぞうはなです。
すっかり週一ペースですが、止まらないようにじわじわと・・・

なんだか今回のお話プロローグ的な部分が長い…。




構内にチャイムが響き渡ってしばらくしてから、大きな講義室の後方の扉が開け放たれ、学生達が吐き出されてくる。
他の学生にまぎれ、キョーコも扉から廊下へと出た。配布された資料はしっかりとトートバッグにしまい、あれこれ考えすぎて熱を持った頭をほぐすようにこめかみに両方の人差し指を当ててぐるぐると回す。

入りたいゼミは決まったし、目標も定まったわ。


キョーコは自分が出てきた扉をちらりと振り返った。
ここから中の様子は伺えないが、先ほどの長身の男子学生の姿が浮かぶ。

さすがに知らない人を引き合いに出すなんて、ちょっと思考が飛びすぎよね。

誰に考えを話した訳でもないのにキョーコは1人で赤面する。
思いついた時はいいアイデアだと思ったのだ。けれどよくよく考えてみればあの飛びぬけて目立つ先輩学生の「隣にいるのに相応しい」など、図々しいにもほどがあるし何より相手に失礼だ。

でも目標は高い方が目指しがいがあるわよね。
そうよね、あの人の近くにいても気後れしないくらい…それを目指すくらいなら、いいわよね。

どうせ同じ大学の同じ学部と言ったって直接の関わり合いはないのだ。心の中でこっそりと目標にするだけならばまだ許されるだろう。とりあえず目に焼き付いたその姿を思い浮かべ、キョーコは心の中で頷いた。


「はーーー。だり」
口の中で呟きながら不破尚は駅から家までの道をたどっていた。
関西から東京に出てきて半年。東京は大変なところだとか、地元の友人には脅かすようなことをたくさん言われたが、いざ来てみればそれほど変なところでもないし便利で暮らしやすい。
緑が少ないのが多少気にはなるが、テレビの情報番組で伝えられる店に気軽に出かけることができるのは、さすが東京、と褒めてもいいかもしれない。街を歩いている人々は大半が自分と同じように素知らぬ顔をしている地方出身者だろうが、意識が高いのかセンスのいい人が多い。

尚は大学生活にもだいぶ慣れてきていた。
住む部屋や環境はがらりと変わったが、生活のリズムそのものはそれほど変えずに済んでいる。授業後のバイトは疲れるが、生活費は親が出してくれているし自由になる金が増えると思えば悪くはない。

住んでいるマンションにたどり着くと、尚はいつものようにエレベータで上がり自分の部屋の鍵を開けた。
「ショーちゃんお帰り~~」
嬉しそうな声が部屋の中から聞こえてきて、尚は「ああ」と短く返事をする。
「ごはん、すぐ食べるよね?」
「んー、…ああそうする」
尚の答えを聞いて、玄関まで出迎えたキョーコがぱたぱたとキッチンに入っていった。

今日は何だ…豚の味噌漬け?

尚は部屋にカバンを置くとキッチンに入った。
コンロの前ではキョーコがフライパンの中の肉をひっくり返し、その合間に茶碗にご飯をよそい、スープをボウルに注ぐ。

尚とキョーコが同じ時間にこの部屋で食事をとることはあまり多くないが、尚が遅いときでもキョーコは簡単につまめる夜食を用意している。そして尚が早い時間に食事ができるとき、キョーコの作るメニューは尚の好物ばかりだった。

尚は冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出すと、キッチンを出てダイニングテーブルに座る。リモコンでテレビをつけながら缶ビールのプルタブを起こし、冷えたビールをのどに流し込んだ。

チャンネルを変えながらザッピングしていると、トレイを抱えたキョーコがキッチンから出てきて尚の目の前に湯気の立つ料理を並べた。
「お待たせ。どうぞ~~」
「ああ」
「いただきます」と口の中で呟いてしまうのは、見た目が軽く見えようと、尚の体に染みついた育ちの良さか。

尚はおかずとご飯を口に運んでいたが、テレビに目をやろうと何気なく顔を上げ、そして目を見開いた。
「お前、髪切ったのか?」

「え…?ああ、うん。ちょっとね」
キョーコは不意を突かれたように答えると、左手でその髪をつまんだ。

キョーコの髪は黒く背中の真ん中くらいまであったはずだが、今は肩にもつかない長さにばっさりと切られ、そして栗色に輝いている。
「似合わない…かな?」
少し不安げに聞いてくるキョーコに、尚は少しだけいらっとして目をそらした。
「別に…いいんじゃねーの。俺のクラスも茶髪の女だらけだし」
「そっか」
キョーコはそう呟くと食事を続ける。尚はテレビで始まったバラエティ番組に集中し、2人の会話は途切れた。


「んーー、やっぱり、髪切ったくらいじゃね」
食事が終わり、皿を洗いながらキョーコはため息をついた。
尚がどう反応するかと緊張していたのだが、長さも髪色も思いっきり変えたのにまさか帰宅後食事が始まるまで気がつかれないとは思わなかった。

尚の反応はプラスでもマイナスでもなかったと思う。
…つまり、"どうでもいい"ということなのだろうか。似合わないと否定されるより、無関心でいられる方が悲しい。

いやいや、まだまだ。
髪型変えたくらいじゃね。何か努力してるわけでもないし!

キョーコはそう考えると片づけを終え、翌日の朝食と弁当の下ごしらえに取り掛かった。


次の週の午後。
キョーコは授業が終わった後に普段はよらない講義棟に向かっていた。
ここのところ街でも大学でも、キョーコのレーダーは出力全開で周りを歩く若い女性をキャッチしている。

ほんと…今まで気にしてなかったけど、みんなオシャレよね。

自分とそれほど変わらない格好だと思っていた女性も、よく見てみればアクセサリをさりげなくつけていたりスニーカーがちょっと変わっていたり。見れば見るほど、いかに自分が今までそういうことから遠ざかっていたかがよくわかる。
分かったからと言っていきなり服を総取り換えできるわけではないのだが、キョーコは細かく周りを観察しながら、いかにコストを抑えながらオシャレの基本を押さえるか、と熟考に熟考を重ねていた。

っと。今はそればかり考えてたら駄目ね。

目的の講義棟にたどり着くと、キョーコはやや薄暗い廊下を進んで一つのドアをノックした。
「はーい、どうぞ」
思ったより若い声が中から聞こえ、「失礼します」と恐る恐るドアを開ける。
「はい、1年生かな?」
ドアから顔を出したキョーコを出迎えたのは見覚えのある顔だった。
眼鏡をかけ、さらさらストレートヘアの男性は整った顔立ちだが人懐っこそうな笑顔が雰囲気を穏やかに見せている。しかしきりりと絞めたネクタイがとても似合っていて、きっと真面目な顔で座っていれば頭脳明晰に見えるのだろう。
見覚えがあるはずだ。先日のゼミ説明会で司会進行を務めていたのはこの目の前にいる男性だった。

「あの、私1年の最上と申します。宝田教授にゼミの志望票を提出したいのですが」
「ああそれならこちらで預かるよ。今日宝田先生は出張中だから俺が代わりに受け取っているんだ」
「はあ」
納得したような少し不思議な顔をキョーコがしたので、男性はにこりと笑った。
「俺は社って言います。助教をしてて、宝田先生のゼミにも顔出すんだ」
「あ、はい、よろしくお願いいたします!」

キョーコは深々と頭を下げると用意してきた紙片を社へと差し出した。
「あの、希望者ってたくさんいるんですか?」
社はキョーコから紙を受け取ってそこに目を走らせながら頷いた。
「今のところ6、7人ってところかな」
「定員って4人ですよね」
心配そうに尋ねるキョーコに、社は顔を上げて申し訳なさそうな表情を作った。
「そうなんだよね~。もし希望からあふれたら二次募集で空いてるところを探してもらうことになっちゃうけど」
「あ、はい。それはこの間の説明会でも聞いていたので大丈夫です」
うんうんと頷くと、社はキョーコの志望票を机の上のクリアファイルにはさみこんだ。
「選考は宝田先生が直接やるから、明後日4限の後にまたここに来てほしいんだけど大丈夫かな」
「選考…ですか?」
「そう。選考方法はゼミ担当教官に任されてるんだけど、先生は志望動機を自分で直接聞いて誰を取るか決めるんだ」
「ええええっ。そ、そんな本格的な…」

一気に表情を固くしたキョーコに、社は柔らかく笑う。
「そんなに緊張することないよ。志望動機とか、ゼミで何を勉強したいかとか、そんなことだけ答えられるようにしてれば大丈夫だから」
「はい……分かりました」
「結構教官が直接面接するゼミは多いんだよ。じゃあ明後日、よろしくね」
「はい!よろしくお願いいたします」
キョーコは深々と頭を下げてから、若干重い足取りで部屋を後にした。


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