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ほほえみの先に (2)


こんばんはー。ぞうはなです。
まだプロローグ的な内容ですが、続きです!





「ふうっと」
キョーコは講義室の真ん中当たりの席に座ると、小さく声を出して息を吐き出した。
講義室は学部の中でも一番広い部屋のひとつで、階段状に座席が配置されている。一番下の黒板の前では、上級生らしき学生や講師の姿が見えている。講義室は7割ほどが埋まっていて、ざわざわと騒がしい。

キョーコは近くに座る女子学生たちの姿を眺めると、また小さくため息をついた。

そりゃあね…分かってはいるけど。

前日、バイト先に向かうときにたまたま見かけた光景が脳裏に焼きついている。
尚が寄ってくれたら嬉しいと、キョーコはわざわざ尚の大学そばのファーストフード店でバイトをしていた。だからバイト先のそばで尚を見かけたのはまったくの偶然ではない。それでも大学に通い始めて約半年、このあたりで尚を見かけたのはようやく2回目だ。
尚を見てその姿に惚れ惚れとして、嬉しかったのは確かだった。けれど、尚を囲むように親しげに話している女性達を見て、キョーコはいたたまれない気分になったのだ。

皆…綺麗で可愛かったな。

元々の素材のよしあしもあるとは思う。
けれどそれ以上に、髪型に気を遣い、流行のファッションを身にまとい、上質なものを持ち、しっかりと化粧をしている女性達はすごく華やかだ。
自分の体を見下ろしてみれば、着ている服はどれもこれも高校の頃からの着慣れたものだし、カバンは機能性を一番に考えたリーズナブルなトートバッグ。髪なんて自分で切っている。とてもとても、女子大生として人に自慢できるようなものではない。

お化粧だってしたいけど…ゆっくりやってる時間もないし。

朝どたばたと忙しく働いて飛び出してくる自分にはそんな余裕はない。金銭的な余裕だってないのだから、そもそも持っているのはコンビニで買えるリップくらいだったりもする。


「尚ってほんとに彼女いるの?嘘ついてるだけじゃないのー?」
「んなことねーよ」
「うっそー。じゃあ、どんな人?写真は?」
「写真なんて持ってねえし。まあ、その話はいいじゃん」

たまたま聞こえてしまった会話。
「彼女がいる」と明言してくれたのはキョーコにとっては天に昇るほど嬉しいことだったが、尚が自分のことを濁して話題を変えてしまった事に胸が痛む。

そうよね…こんなんじゃ、人に見せるなんてできないわよね。
もっとこう、尚ちゃんが自慢できるような彼女になれたらなあ…。

そうしたら、尚は自分のことを友達に紹介してくれたりするのだろうか。それとも、写真を持ち歩いてくれる?
キョーコはほわほわと幸せな妄想に入り込みそうになった。あれこれ辛くても、尚とのことを考えるのがキョーコにとっては一番幸せな時間だ。
気がつけばチャイムが鳴って、講義台に立った若い男性がマイクのスイッチをオンにしているのが見える。キョーコは慌てて浮かび始めた妄想を頭から振り払う。これから始まるのは講義ではないが、とても大切な話だ。聞き逃すわけにはいかない。

「えーと皆さん、本日は説明会にお集まりいただきありがとうございます。まず資料を配りますので、一部ずつとって後ろに回してください」
メガネをかけた若い講師はきりっとスーツを着こなして、柔らかい印象ながらも優秀そうな雰囲気だ。
男性の言葉に、前の方に立っていた学生達が数人、一番前の列にプリントの束を配っていく。その中に一際背の高い1人の男性の姿があった。

「あの人…大きいなー。ドアに頭つっかえないかしら」
キョーコはそんなことを考えながらその大きい学生の後ろ姿を何気なく目で追った。白いシャツにジーンズと、他の学生と変わらない服装なのにその背の高さでやたらと目を引く。

前の机の学生からプリントが回ってきて、キョーコはそれを受け取ると残りを後ろに回して自分の机に置かれたプリントに目を落とした。

「20XX年度 一年次ゼミナール 説明資料」
表にそう書かれた資料は、今日この場に集まった学生達にゼミを紹介するためのものだ。
キョーコの通うこの大学の商学部には各学年を対象にしたゼミがある。1年生は10月に始まる後期からの半年間だけで、ゼミへの所属は必須ではなく、希望者のみが対象となっている。
上の学年のゼミ所属が優先されるため定員も限られていて、希望したゼミに入れるとは限らない上に、希望者が多い場合はあふれてしまうこともある。
それでも、2年次以降のゼミ所属に多少有利になるかも、という噂があり、かなりの学生がゼミへの参加を希望する。
この日はゼミとは何かの説明と、各教授の開くゼミの紹介がこの講義室で行われていた。


早速プリントに目を通し始めたキョーコのいくつか後ろの列で、「すみません、プリントが足りませーん!」と声が上がった。すぐに1人の上級生がプリントを持って講義室の階段を上ってくる。
プリントを読んでいたキョーコはその気配に顔を上げて何気なく上級生を見たのだが、思わず小さく息を呑んでしまった。

キョーコの横の段を上がってきたのは先ほど見かけた背の高い男子学生だった。
黒髪のその男性は先ほど見たとおり、バレーボールかバスケの選手か、と思えるほどの長身だ。しかしその頭は小さく、さらさらの黒髪にまるで彫刻のように整った顔をしている。しかしなぜだろう、最近どこかであの学生に会ったような気がする。いや、実際会ったら強烈な印象を与えられているだろうからそんなことはありえないのだが。

キョーコは驚きを表に出さないように自然に目を逸らし、プリントに視線を戻した。

あんな人もいるんだ…やっぱり東京の大学ってすごい…女の子達だけじゃなくて、男子学生まであんなにレベルが高いなんて。

そう考えてしまってから思い直す。
綺麗にメイクしてお洒落をした女子学生はあふれているが、あそこまで色々規格外の人間はそうそういない。
それにあれは、努力というより天性のものだ。
ショーちゃんもそうよね、小さいときから格好いいもん。

またほわほわと妄想にひたりかけると、先ほどの学生が足りないプリントを配り終えて戻っていく。その後姿を眺めていたら、後ろの席の学生達のひそひそ話が耳に入ってきた。

「すごくない?敦賀さん…」
「目立ちすぎだよね」
「こないだ雑誌に出てたの見た?」
「うん。グラサンしてたけどすぐ誰だか分かるし」

あ、とキョーコは口を開けてしまった。

会ったんじゃない、見たんだ!

尚が載っていた女性誌の反対側のページ。
尚よりも大きな写真に出ていたのは、今の男子学生に違いない。

「あそこまで飛びぬけてると、付き合いたいと思えないよ」
「どんな人と付き合ってるんだろうね?」
「ねーー。並んで釣り合わないとショック」
「大丈夫だよ、まずそんなことないから」
「わっかんないよ~」
くすくすと笑いあう女子学生は「それでは簡単に資料を説明します」という声に、話を終えてプリントをめくった。


確かに…あの規格外のルックスじゃ、付き合う相手も大変よね。

それは、自分と尚にも言えることなのかもしれない。
幼いころから格好良くて女子にもてて男子にも人気がある尚。
特に最近、身長もかなり伸びて、大人びるにしたがって美しさにも磨きがかかり、道を歩けばすれ違う人が振り返るくらいだ。
ファッションも拘りがあり、ちょっとした小物や靴にも個性がにじむ。

それに引き換え…

思考がまた元に戻ってしまう。

自分は尚の横に並んで歩く資格があるのだろうか。
確かに生活を送るための資金稼ぎは一番大事だ。それに尚との生活を成り立たせていくことも。
そして学費を払っているからには大学の授業は手を抜きたくない。
仕事に勉強に家事に。やることはいっぱいなのだ。

けど…横に並んでショーちゃんに恥ずかしい思いをさせるのも…だめよね。
そうよ、やっぱり私も大学生として変わらなくちゃ。ショーちゃんに釣り合うように。


講師の話を半分素通りさせながら、ふとキョーコの頭は今までと違った思考をたどった。
司会の隅に先ほどの長身の男子学生の姿が入っているからだろうか。

たとえば…たとえばよ。
あの人の隣に並ぶことを目指して…そう、目指してみたらどうなるかしら。

尚に釣り合う人間になりたいのなら尚の横に並ぶことを目指せばいいのだが。
尚はもうずっと昔から近くにいるので、キョーコにとってはどこをどう目指せばいいのか何となくぴんと来ない。
だけれど目の前にいるのは素性も知らない上級生。わかっているのは圧倒的に目立つルックスを持っていることだけだ。

大学に来ればきっと姿を目にすることはできるはずだし、周りにいる女の人たちがどんななのか、観察することだってできるわ。
付き合ってる人がいたら、それも参考になるじゃない!

そう、尚の彼女は自分だから、尚の一番近くにいる人を参考にすることはできない。だけどあの先輩ならば大丈夫だ。

やってみるのよキョーコ!
きっと私が変わったらショーちゃんも驚くわ。…もしかしたら喜んでくれるかもしれない。


前でされているのは大事な話だというのに、キョーコの思考は講義室のはるか彼方に飛んでいきそうだった。


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