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はじまりのおはなし (4)


こんにちは!ぞうはなです。
間あいちゃいましたー!てことで、変なタイミングですが続きです。





クーとアランが出演する映画の監督は"臨場感"を大切にする主義だ。
今まで何本もアクション映画を撮っているが、CGの利用は最小限だし、セットは巨大で精密でまるで本物のよう、カメラもあまり止めず、リアルタイムで展開するシーンをしつこく追う。

「それにしてもここまでやらんでも」
「いくらかかるんだ、今日の撮影?」
アランがぼやき、クーも違った表現で同調した。

アランもクーもこの日はスーツを着込んでいる。高級ブランドの生地もしっかりしたいいスーツだが、アランは過度に着崩してネクタイもいい加減だ。

2人が立っているのは、大きな展示場のホールの中だった。
普段はがらんどうのコンクリートの床のホールだが、この日は一角に舞台が作られ、そこからホールの真ん中を貫くようなウォークスルーが設けられ、あちこちに大きな照明器具が据え付けられて舞台とウォークスルーを照らしている。
普段の撮影の倍くらいのスタッフが大声を掛け合いながら動き回り、カメラを載せたクレーンが何台も空中にスタンバイする。

今日は映画の中でもクライマックスシーンの撮影だ。
ジュリエラがモデルとして出演する国際的なファッションショーの当日、ショー舞台のどこかに爆弾が仕掛けられ、クーとアランの演じる刑事達は開催されているファッションショーを中断することなく爆弾を探し出して解除するのだ。

「カメラ何台使うんだっけ」
「えーっと?」
呆れ顔でクーが聞き、アランは考えるそぶりも見せずに適当な返事をした。


「セットというか、実際のショー通りのセッティングなんだろ」
「モデルもスタッフも、だと」
一通りの打ち合わせを経て、クーとアランは舞台の裏側にいた。
雑然としたそのあたりは衣装のかけられたハンガーが大量に並べられ、スタッフが最終チェックを行っている。

監督のこだわりがいいのか悪いのか、ファッションショーをリアルタイムで進行しながら撮影をするという、俳優やスタッフにとってはげっそりとするようなプランが提案されている。
もちろん個別に撮るシーンもあるにはあるのだが、クーたちは撮影シーンをほぼリアルタイムで演じなければならない。
「カメラやスタッフが映りこんでも文句言えないぜ」
舞台の裏から見れば、しつこいくらいのカメラが嫌でも目に入る。アランは渋い顔でぼやいた。
「実際のショーでもカメラやスタッフは普通にいるからいいんだって言われたけど」
「だいぶ違う気がするがな。あんな腰からドライバーをぶら下げたようなスタッフ、ショーにはいないだろう」
「CGがあるじゃないか、影もなく消し去れるよ」
「…使いどこ間違ってるぜ、絶対」

納得のいくようないかないような浮かない顔で2人は自分達が走り回るルートを歩いて確認した。ステージの裏側には普段見かけないようなプロポーションの女性達が小さな集団を複数作り、通り過ぎる2人を興味深げに見ている。実際のショーを行うと言う通り、モデルの女性達も大勢スタンバイしているようだ。
「これだけ集まると壮観だな。異世界に迷い込んだみたいだ、頭が小さくて手足が長い人間の国に」
アランがクーにだけ聞こえるような声で言うと、クーはふと気がついたように辺りを見回した。
「ジュリはもう入ってるのか?」
アランもきょろりと周りを見回し、行く先のほうを指差す。
「あれじゃないか」
2人の視線の先には、廊下の隅にヨガマットを敷いて、スポーティーな格好をして胡坐のようなポーズで目を閉じるジュリエラがいた。
クーはその姿を目に入れて、いつもと違う印象を受けた。なにがどう違うのか自分でもよく分からないのだが、目の前のジュリエラはどこか違う人のように感じられる。

「やあおはよう」
「今日もよろしく」
アランとクーが口々に話しかけるとジュリエラはゆっくりと目を開いた。
「…おはよう。なんだかここに2人がいるのが不思議な感じね」
「そう?」
「そう。だってほら、ショーにはあなた達、いないでしょう?」
「ああ、そういうことか」
クーはその一言で悟った。今日のこの撮影こそ、ジュリエラの本来の仕事に準ずるのだ。今日のジュリエラは映画に出演している彼女ではなく、ショーに臨むモデルとしてここにいる。

先ほど感じた印象はそれだ、とクーは納得した。
いつものんびりおっとりとして見えるジュリエラの周りに、目に見えないオーラがあるような気がする。クーは思わず背筋を伸ばした。


「君はショーに集中すればいい」
「ショーが終わる頃にはこっちも終わってるから」
「ええ、信頼してるわ。2人を」
ショーがスタートしてから撮影は始まった。観客役のエキストラの熱気で、本当にそこはショー本番のようだ。
ジュリエラは最初の衣装を身に着け、いつもよりきついメイクをして舞台袖で自分の護衛の刑事と言葉を交わす。
クーは役の立場としては冷静にジュリエラを見つつ会場内に意識を向けていたが、その中身の自分自身としてはジュリエラの姿に目を奪われていた。

「無茶だな。一体この箱の中にどれだけの人数がいるんだ」
「だが奴の口ぶりでは全員を傷つけたいようだった。ということは、必然的に爆発物はある程度の大きさだ。隠せるところも限られる」
「へいへい、相変わらずお前は冷静だな」
「熱くなって事が上手く運ぶならいくらでも熱くなるよ」
「…5分後に表で」
「了解」
2人は身振りでお互いの通るルートを確認し、二手に分かれた。
クーは控えになっている舞台裏の通路をモデルやスタッフの間を縫うように進み、舞台袖へと静かに入る。クーの横と後ろには撮影スタッフがカメラを構えながら一緒に走り、その様子を捉えていた。

置かれた大きいモニターにはステージと花道の様子が映し出されて、クーはちらりとそこに目をやった。

モニターの真ん中に映っているジュリエラは、いつもの笑顔を消した無表情で背筋をぴしりと伸ばして大またに歩いている。
歩くたびに履いているワイドパンツの裾がひらひらと揺れ、大きく切られたスリットから細く白い足が覗く。

ほんのコンマ数秒それを見つめるとクーはモニターを離れた。


これに見とれるのは、アランの役目だぞ。


そう、映画の役ではジュリエラとアランが惹かれあうのだ。
自分はむしろ一歩引いて冷静な目で2人を見守り、相棒のためにもジュリエラにキズひとつつけず守り切ることが自分の責務であると、そんな気持ちで職務に当たっている。

けれどしまったな…写真で見るのとでは迫力が大違いだ。


ジュリエラがショーでランウェイを歩いている姿は、クーも写真や映像で見たことがある。けれどこの現場の熱気の中で間近で見るその迫力はそんなものでは10分の1も伝わっていないことがよくわかる。
落ち着いて考えてみれば、ジュリエラは若くして国際的なトップモデルの座にいるのだ。モデルの人数はものすごいはずなのに、その中のごくごく僅かな一握りの中に確実に入っている。

俺は…とんでもない勘違いをしていたんじゃないのか。


ジュリエラのモデルという仕事を、自分は認めていたつもりだった。
トップモデルというジュリエラの地位も。そこに上り詰め、その位置をキープしている才能や努力も。
けれどもしかしたら、俳優という仕事よりジュリエラのことを下に見ていたのかもしれない。『きれいな服を着て歩いているだけじゃないのか』と。そんなことを自分で考えたことはなかったが、ここまでモデルとしてのジュリエラの姿に衝撃を受けるということは、心の奥底で感じていたのではないのか。

クーは心の中で激しく葛藤しながら、カメラの前にはそれを微塵も出さず、冷静沈着な捜査官として指示を出しながら走り、爆弾のありかを突き止めて行った。


「よし、すべてオッケーだ!お疲れさん」
倒れそうになる緊張感の中での撮影は終わった。
クーもアランも安堵のため息を吐き出すが、2人にはすぐに別の指示が飛ぶ。
「クーとアランは別カットがいくつかある。舞台裏のシーンだから、ステージは撤収に入ってくれ!」

「やれやれ、オールオッケーじゃねえじゃん」
「まあ撮り直しがきくシーンならいいよ、いくらでも」

ぼやく2人のところにジュリエラが小走りで駆け寄ってきた。
「アラン、クー、お疲れ様!ほんと私、今日は守られてるってすごく感じたわ」
「ジュリエラ、お疲れ。いや今日は君の本領発揮だったな」
アランがいつもの調子でジュリエラに声をかける。
「なあ、クー」
「あ、ああ」
少し躊躇ったような返事をしたクーに、アランは「ん?」と横を向いた。

「あ、いや。…うん、今日のジュリはすごかった。思わず見とれてしまったよ、役も忘れて」
「ほんとに?」
ジュリエラは少ししどろもどろに繰り出されたクーからの予想外の言葉に、ぱちくりと目をしばたかせる。
「ああ本当に圧倒された。モデルとしての君はすごいって心の底から思った」
クーの賛辞にジュリエラは嬉しそうな顔をした。
「よかった!クーにそう思ってもらえるなんて嬉しいわ。ありがとう!」
「お礼を言うのはこっちだよ。自分の仕事を見つめなおすきっかけにもなった。ありがとう」
クーはにこりと笑った。その笑みは輝くように甘く、それを見たジュリエラは真っ赤になり、隣で眺めていたアランも目を丸くして思わずクーの顔を凝視してしまったのだった。


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