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はじまりのおはなし (2)


こんばんは!ぞうはなです。
今日この2話目を上げようとして初めて、1話目に「(1)」ってつけ忘れたのに気が付きましたー。

そんなこんなで続きです。





痛みに顔をゆがめながら大きな絆創膏をゆっくりと脇腹に貼り、はがれないように押さえると黒いTシャツを着る。クーが撮影途中に着替えをしていると、後ろから朗らかな声がかけられた。

「お互い傷が増えてきたよな。特殊メイクなんていらないだろ、な?」
「アラン。さっきの転倒、骨は大丈夫だったのか?」
Tシャツの裾を引き下ろしながらクーは振り向いた。上半身裸のアランの肩には包帯が巻かれている。
「問題ない。ちょっと擦っただけだ」
「そうは見えなかったけど」
「俺は丈夫なんだよ。毎日カルシウムも取ってるしな」
アランもさっさと着替えを済ませると、二人はそろって控室を出た。

「さて、こっからはお姫様との撮影だ」
アランは楽しげに髪を撫で付ける真似をした。彼は撮影開始早々から、ジュリエラのことを「お姫様」と呼んでからかいながら可愛がっている。アランとクーのコンビは犯罪者に狙われたジュリエラを警護する刑事の役なので、当然ながら一緒に撮影する事が多いのだ。
「ジュリはもう入ってるのか?」
「ああ、さっき着いたって。今日の撮影は荒っぽいけど大丈夫かね?」
「荒っぽくないシーンなんてほとんどないじゃないか」
撮影中の映画は派手なアクション映画だ。本編2時間の間につぶれたり爆発する車は両手の指では足りないし、アランやクーに対して要求されるアクションもえらく派手で危険だ。
2人とも身体能力が高いことを撮影前に証明してしまったため、スタントマンもつかずに毎日生傷が絶えない。

「まあでも、彼女が来ると雰囲気が和らぐかな」
クーが言うと、アランはがりがりと頭をかく。
「それはいいんだけどな。会話シーンで台本が役に立たないのがなぁ」
「あれが彼女らしさなんだろう?」

ジュリエラは彼女本人の役を演じている。トップモデル ジュリエラとして映画に出演しているのだ。当然ながら役の立場も性格も本人のままでよく、そういう意味では"役作り"の必要はない。
だが、上がってきた脚本にあるジュリエラのセリフの言い回しが素のジュリエラとかなり違っていて、ジュリエラが大変苦労してしまったのだ。それを見た監督が、話の流れを変えない限りセリフを変えていい、とジュリエラに許可を出してしまった。

「とはいえ普通、それでも極力台本にあわせないか?突拍子もないこと言い出すから、どう返していいのか困るんだよな」
アランはやれやれと頭を振るが、クーは思い出し笑いをしながらアランの肩を叩いた。
「いや、自然体でいいと思うぞ俺は。アランもしっかり対応してるし監督も面白がってるし」
「お前はいいよ、ジュリとの掛け合い少ないじゃねえか!」
バシリと背中を叩き返されてクーは顔をゆがめる。
「アラン……そこは昨日思いっきり打ったとこだ……」
「はっ、お互い様だ!」
アランは豪快に笑うと痛みに立ち止まったクーを置いてスタジオに入った。スタジオには巨大なオフィスビルのセットが組まれ、今日はこれからその中での銃撃戦シーンの撮影が待っている。


「あら、ここどうなさったの?」
スタジオには白いワンピースを着たジュリエラがすでに待っていた。ジュリエラは白を基調とした服が好きなのか、映画の中でも大量の服を着るが白っぽいものが多い。

アランは肌色のテープが貼られた自分の頬を指してジュリエラに笑いかける。
「ああ、これ?ほらこのシーンの前に俺ら、車を爆破されてるから。怪我したって設定だ」
「よかった、ほんとの怪我じゃないのね」
「なーんて、実はさっきほんとに切っちゃったんだけど。ちょうどよかったよな」
一度ほっとした表情を作ったジュリエラが、アランの言葉を聞いて一気に心配そうな顔になる。
「ははっ。こんなのなんてことないさ。こっから傷は増える一方だし、気にしてもしょーがねーよ」
「でも、気をつけてね」
「ああ、気にしてくれてありがとう」

アランとジュリエラは役の上でも惹かれあうのだが、実際かなり仲良くなっているようだ。
クーも仲が悪くはないが、アランはなんにしてもぐいぐいと積極的にいくタイプで、キャリアの差を考えてもどうしてもあらゆる面でクーは一歩引く形になってしまう。


まあ…ジュリは確かに人目を惹く美人だけど、中身がどうかはよくわからないしな。

笑いあうアランとジュリエラを横目で見ながら、クーは冷静な感想を抱く。
アランは恋人がいたような気がするが、ジュリエラのそんな話は聞いた事がない。この撮影をきっかけに2人が付き合うような事があっても、それはそれでよくある話だと思う。
ふと自分はと省みれば、アメリカに来てからこっち、ずっと俳優としてやっていくことに必死でそれ以外を頭から締め出していた。
それで寂しいとかつまらないと考えたことはなかったが、気の張り詰めすぎはもしかしたら演技に逆効果かもしれない。趣味だって恋愛だってしていた方が、演技の幅は広がるのか。
そこまで考えて、クーはいやいやと頭を振った。

まあでも…暴走型のアランを俺がいさめて抑えていく役なんだから、今回は普段も近い形だしいいのかこれで?
ジュリは綺麗だけど……やっぱり付き合うとしたら綺麗なだけじゃなくて女優として実力のある女性の方がいいかな。

それでもこの映画の撮影が終わったら、久々に海にでも行ってみようかと、クーは少しだけ肩の力を抜いた。


撮影はおおむね順調に進んでいた。
撮影中に刑事役の出演者が腕の骨にひびを入れる怪我を負ったりしたが、撮影が大体物語の進行にそって行われていたため、劇中でも怪我を負ったことにしてみたりと、細かい部分には進行に従い修正が入っていく。

そしてジュリエラと他の出演者のセリフのやり取りも、緊張感がありつつ面白いものになってきていた。
ジュリエラはセリフを大幅に変えて共演者を戸惑わせながらもシーンの主旨は変えず、出演するシーンをコメディのようにしてしまう。
監督は絶賛していたが、クーにはジュリエラが単に気ままに振舞っているように見えていた。


「ジュリはいいよな。撮影中だってふわっと自分のままでいればいいんだから」
ある日の撮影の合間。この日はジュリエラは現場にいなかった。アクションに演技にと複数回ダメだしをされて疲れきったクーは、コーヒーを口に運びながら隣のアランにぽろりと愚痴った。
「まあそう言うなよ。彼女は女優じゃなくてモデルだからな」
「分かってる、批判じゃないよ。ちょっと疲れてて彼女が羨ましいだけだ」
アランに苦笑され、クーも笑顔で両手を広げてみせる。
「彼女のあの存在感が大事なんだ。あんな強烈なオーラ、なかなか発せられる人間はいないぜ」
「それも分かってる」
「クルーみんな、彼女の虜だもんな」

クーもよく分かっていた。
ジュリエラはその圧倒的な美貌だけではなく、外見を裏切るようなざっくばらんさと"天然ボケ"と言いたいほどのどこか浮世離れした性格で周りを魅了する天性の資質を持っていた。
カリスマというのはこういうものだろうと、体現するかのごとく。

クーは決してジュリエラのことを認めていないわけではない。嫌いな訳でもない。
ここまでくるまでに相当の努力が必要だっただろうし、今の地位を維持することも大変なことは分かっている。
けれどクーは、ほわほわと生きているように見えるジュリエラの事がなぜだか素直に認められず、それはつまり生きる世界が違うからだと、どこか達観したような気持ちでいた。

「アランもジュリエラも…持って生まれたものがあってすごいな」
ぼそっと呟いたクーに、アランは目を丸くしてクーの顔を見つめた。
「何言ってんだお前?」
心底不思議そうに聞かれて、クーはついうっかり本音をこぼしてしまったことに気づいて気まずく思う。
「いやすまない…忘れてくれ」
苦笑しながら手を振るが、クーは感じていた。ジュリエラのカリスマ性もそうだが、アランも天才肌の俳優だ。理屈でなく直感で役の本質をつかみ、見るものを納得させる演技をする。
対して自分は、集中して必死に役を作り上げ、なんとかついて行っている状況だ。置いて行かれないようにと常に緊張感を持っている。

「考えすぎないでリラックスして臨めよ。お前の"アナリスト"にはみんな期待してるんだ」
アランはクーの役のあだ名を持ち出し、クーの肩を軽く叩いた。
「ああ、ありがとう。悪かった」
「なに、こんだけ追い込まれりゃ疲れるよなあ。けどな、期待されてなきゃダメだしもされないって事だ」
笑ってアランは手を振り、自分を呼ぶスタッフの方へと向いた。

クーはアランの後姿を見送ると、目を閉じ、握りこぶしを作って自分のあごにぴたりと当てる。

弱音を吐いてる場合じゃない…
疲れてようがなんだろうが、やるしかないだろうが。

よし、と小さく頷いて開いたクーの瞳には、決意の光が宿っていた。



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