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君の魔法 (30)


こんばんは~。金曜日ですね。
今日もご訪問ありがとうございます。

「君の魔法」、今回を含めて残り3回となりました!





既に大広間の中央のスペースでは、大勢の人たちが踊りに興じていた。
楽団の奏でる音楽が流れる中、正面の入り口付近から小さなざわめきが起こる。そのざわめきは波が伝わるように中へと広がっていき、人々が周りと囁きながら指をさす頃、一組の男女がようやく踊りのスペースへと姿を現し、少しの距離を開けて向かい合った。

「おう、来たな」
楽しそうな声を出したのはローリィ王その人であった。テラスのように張り出した王の席からは広間全体が見渡せていた。「あれがキョーコ・モガミか?見事に化けるな」とローリィは感心したように呟く。昨日御前試合で剣を振るっていた女性と同一人物だとは、言われなければ分からないほどだ。
「さてレン、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、楽しみにしてるぞ」
ローリィ王は少し離れたところにいるクー・ヒズリをちらりと見ると、ゆったりと椅子に体を預けてグラスを傾けた。


「そういえば君は、踊れるか?」
「この状態で聞かないでください……一応、嗜みとしてくらいは」
「君がそういうなら、まず問題ないな」
男女はそう小声で言葉を交わしながら、曲の始まりと同時に手を取りあい、踊りだす。

周囲ではまださわさわとした小さいざわめきが収まっていないようだ。極力気にしないようにして、レンにリードされながらキョーコは軽やかに足を運ぶ。
「ほらやっぱり。君が"一応大丈夫"って言うのは、本当に大丈夫なときだ」
レンが笑いながらキョーコに囁きかける。
「レン様みたいに完璧にこなすのは無理です…リードしていただいているおかげですよ」
「また、ご謙遜を」
キョーコはしばらく無言で踊っていたが、やがて意を決してレンに話しかけた。
「レン様…本当に、私なんかでいいんですか?レン様は女性のエスコートにもダンスのリードにも慣れていて…もっと素敵な女性をたくさん見て、たくさんお相手なさってますよね」
レンは少し驚いた顔でキョーコを見たが、すぐに笑顔を浮かべる。
「今更そんなことを気にしているの?…確かに今まで、女性のエスコートもしてきたかもしれないけど…それは、俺の立場としての義務でね。俺はそれより、君をエスコートする権利が欲しいんだけど?」
「なぜ…私なんですか?もっと綺麗な女性なんて、いっぱいいるのに」
「嫌だな…君は外見だけで人を好きになるの?」
「まさか!」
「だろう?君の素敵なところは、たくさんあるんだ…湖で会った時からもうずっと、俺が自分をさらけ出してもいいと思える相手は君だけしかいない」
キョーコは恥ずかしさに少し俯く。
「それに…今の君より美しい女性なんて……いないと思うけど?」
「もう…言い過ぎですよ」
「それよりも、君は、どうなの?…俺を、選んでもらえるの?」
レンはキョーコから決定的な肯定の言葉をもらえていないことを少し気にしていた。昨日、元(と、レンは心の中で強調する)許婚と話していたようだし、焦らせるのもいけないとは思いつつ、ここまでして拒絶された場合のことは考えたくない。
「…それこそ今更じゃないですか」
「だって、君からちゃんと言葉をもらってない」
「なっ。前向きに考えるって言ったじゃないですか」
「前向きってだけじゃなあ…」
「うう…。私、もうとっくに、レン様以外考えられてないです。そうじゃなきゃ、こんなところに出てきません。フワ家とのこととか、まだ全てが解決したわけではないですけど…」
キョーコは俯いていた顔を上げた。
「これから先、ずっと一緒に歩いていきたいのは、レン様だけですよ?」
レンはキョーコの腰に回した腕に少し力を入れ、踊ったままこめかみにキスを落とした。
「ありがとう、嬉しいよ」
それから二人は笑顔で見つめあう。

微笑を交わしながら踊る二人の姿は、周囲の人々を魅了していた。最初は「レン様と踊ってるのはどこの誰?」という疑問が広間中を覆っていたのだが、二人の美しさと優雅さにうっとりと見惚れる女性まで出始める。二人のまとっている服も、二人を飾る繊細な金の細工も、二人がぴったりと寄り添って踊ることが最初から決まっているように、しっくりと馴染んでいるのだ。
二人がフロアを踊りながら移動するうちに、人々の目線はキョーコの胸元で輝く首飾りにも注がれるようになっていた。

やがて曲が終わると、レンは何かをキョーコの耳元で囁いて、そして名残惜しそうに離れていく。広間にいた女性達は色めきたったが、レンはあっさりとフロアを横切るとマリア姫の元へと辿り着き、そこへおさまった。あちこちから落胆のため息が聞こえてきたのは、仕方のないことだったかもしれない。

対するキョーコの元には、主に近衛隊に所属する面々が押しかける。キョーコは困り顔でいたが、やがて男どもの中で順番が決まったらしく、キョーコは1曲ずつ相手を変えて踊ることになった。
レンはその様子を眺めながらマリアと言葉を交わしていたが、突然斜め後ろの王から声をかけられた。
「いいのかレン。随分と、心が広いじゃないか」
レンは後ろを振り返り、困ったように笑う。
「そう仰らないでください…見せびらかしたい気持ちと、閉じ込めておきたい気持ちがせめぎあっているんですから」
「なんだ、随分素直だな」
「今日はそんな気分なんです」
「そうか、お前をそんな気分にさせるとは、さすが愛の力だな!」
ローリィ王は声を上げて笑ったが、レンはその言葉をこの場に限っては否定できなかったのだった。


レンがマリアに引っ張り出されて踊る頃。
キョーコの前には幼馴染が腕を組んで立っていた。横では事前に仲間内で決めた順番を飛ばされた男が文句を言うが、じろりと睨みつけられてその迫力に黙る。

「キョーコ…俺と、踊ってくれるか?」
キョーコは頷くと、ショウに手を預けて踊り始めた。
「ショーちゃんと踊るのなんて、子供のとき以来ね」
「ああ…」
「昔はよく足踏んで怒られたっけ」
穏やかな表情で思い出を語るキョーコに、ショウは思わず聞いていた。
「キョーコ …お前、今、俺の事…どう思ってるんだ?」
「……」
キョーコはすぐに返事をできず、寂しげな微笑を浮かべるだけだった。

「昔は、俺のこと、好きだったよな。この前は、憎いって全身で言っていた。今は…?」
キョーコ自身も不思議に感じていたことを、ショウは聞いてきた。
「そうね……あの時は、許せないって思うほど憎かったけど、今はそうじゃないかな…」
「そうか」
「不思議だね。なんでだか分からないんだけど、そういう気持ちはすっかり収まっちゃった。今は…ショーちゃんの事は、幼馴染の大事な友達と思ってる」
「そうか」

ショウは何か考え込むように黙ったが、意を決して口を開いた。
「…正式な婚約の取りやめ、俺も受け入れる」
「ショーちゃん…」
「お前に…まあなんだ、その、相手が出来たんだったら、もう俺が『もらって』やらなくてもいいってことだからな」
「ごめんなさい。…ありがとう」
「別に。礼を言われるようなことじゃねーよ。俺も、これで自由だ」
何かを振り切るようにきっぱりと言い切ったショウだったが、その心中に抱えた気持ちはキョーコには伝わらなかった。
「そうよね!ショーちゃん昔から、お前がいなければ俺はより取りみどりだって言ってたもんね」
「な…」
「ショーちゃんだったら、きっと素敵な人がすぐにでもお嫁さんになってくれると思うわ!」

にっこりと満面の笑みで言い切られて、ショウは自分で思うより深いショックを受けていた。
昔から自分に付いてくるのが当たり前で、何をしても自分のことだけ見ていると思っていた幼馴染が、いつの間にか自分の手からすり抜けて、他の男の腕の中におさまっている。それだけでもかなり堪えることだったのに。

こいつは、俺が他の女とくっつくことに、これっぽっちも未練とか嫉妬とかそういうものを持ってないってのか!
しかもなんか、いつものこいつじゃなくて、見たこともないような……違う女みたいな見てくれで言われると、見下されてるようで……うがー!無性に腹が立つ!

「だけど…家の関係が途絶えるわけじゃねえんだからな!」
「分かってる。今後とも、お付き合いよろしくお願いします」

俺がもしもうちょっとこいつを… いや、今そんなこと考えてもしょーがねーか。
こいつがあの男に向ける笑顔と、俺に向けるのとじゃ、違うもんな。面白くねーけど……面白くねーけどな。いや、俺みたいないい男にはもっといい女が…。

曲が終わり、キョーコから離れたショウの頭の中を占めるのは、家のことや領地のことではなく、自分の元を去って行こうとする、一人の少女のことだけであった。


その後もキョーコは近衛隊の仲間に請われて踊っていた。
大抵の男はこっそりと何かをキョーコに質問し、その答えを聞いてため息をついたりあからさまに落ち込んでみたり。キョーコは一様にそんな様子を見せる男たちを不思議がっていたのだが、皆「気にしなくていい」と弱々しく笑ってみせるので、それ以上を聞けずにいた。「俺はまだ諦めないからな!」と強がってみせる男もいたが、負け犬の遠吠えに近いな、と周辺は気の毒に見守るほかない。

やがて、ローリィ王の合図が出された。次が、この舞踏会のラストダンスになる。
夜もかなり遅い時間となっていて、マリア姫は頑張っていたものの父親である王太子に促されてすでに自室へと戻っている。キョーコが踊っていた相手にお辞儀をしてふと顔を上げると、そこにはレンが待ち構えていた。

「皆と、踊っておいで…でも、最後の一曲だけは、俺のために空けておいて」

先ほどレンと別れるときにそう言われていた。キョーコは改めてレンを見て、その瞬間に鼓動が速くなるのを自覚する。

ああ、やっぱり、この人は私にとって特別な人…

キョーコはこの日、生まれて初めて、たくさんの男たちに手を取られ、踊った。近衛隊の仲間、小さい頃からよく知っている幼馴染、皆それぞれ楽しかったけど。その腕の中におさまるときに、これほどの安心感と高揚感を覚えるのは、この人しかいない。

瞳を奪われたまま、自然と腕がレンの方に伸び、レンがそれを引き寄せ、そして二人はその日最後のダンスを踊り始めた。



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