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Catch the Wave (33)


おこんばんは、ぞうはなです。
ひいい、また間が空いてしまいましたが…続きです。

長々と続けてきましたCatch the Wave、次回で終わりとなりますー。





「今日もお疲れ様」
疲れた声で言いながら、奏江が店の入り口ドアにかけられたプレートをひっくり返した。
かすかに揺れるプレートは外に向かって"CLOSE"と示されている。

「先週に比べたら少し落ち着いたかしら」
「これ落ち着いたって言えるの?」
「比べたら、よ」
奏江と会話をする千織の声も疲れきっている。それでも2人はテキパキと店内のテーブルに置かれた小物を回収し、端からテーブルや椅子をきれいに拭き上げていく。
「さっきお客さんが言ってたけど、誰かのブログに載ったの?」
「ブログだったかSNSだったか。誰だっけ、ビーグール?よく知らないけどバンドの人がこの店のことちょっとだけ載せたらしいの。プライベートで来て気に入ったって、外観の写真を」
「そんな人来たかしら…?」
「さあ、私も記憶に無いけど…でもそれで、探し当てたファンが少なからずいるってのは間違いないわ」
ため息とともに奏江は言うと、レジの伝票の山に目をやった。

「今来てもその人に会えるわけじゃないのに、よくわかんない心理ね」
千織は冷めた声で言うと店内をざっと見渡してからエプロンを外す。
「私にもわかんないけど、もしかしたらまた来るかもなんて思ってるんじゃないの?」
奏江が答えたところで、カウンター奥の扉がガチャリと開いた。
「モー子さん、天宮さん、片付け任せちゃってごめんねー」

「いいのよ仕事なんだから…あんた大丈夫?」
言いながら振り向いた奏江が半分呆れたような、半分心配するような声を出す。キョーコはペットボトルが詰められたダンボールを2箱、裏から運んできたのだ。
「大丈夫よこれくらい。ふー、今日も忙しかったけど、さすがにお盆過ぎてちょっと落ち着いたかなあ」
「十分混んでたけどね。明日は平日だからもっと落ち着くでしょ」
奏江はキョーコからダンボールを奪うとべりべりと開封してペットボトルを厨房の定位置へと収めていく。

「でも明日は昼に青空園のランチ会でしょ?」
千織がカウンター内にかけられた小さいホワイトボードを覗きながら尋ねた。青空園とは近所にある幼稚園、青空幼稚園のことだ。青空園の保護者は平日ランチのお得意様といえる。
「そう。けどまあ、次から次へとなだれ込んでくるより楽かな」
キョーコは作業の手を止めずににこにこと答える。
「そういえば、そうね。でも夏休みなのにランチ会?いつもは幼稚園で子供がいない間にやってるのよね」
続けた千織の言葉に答えたのは奏江のほうだった。エプロンを外しながら、こちらはややうんざりとした様子だ。
「そう、夏休みだからお子様同伴よ」
「あ、カッコのついてるのは子供の人数か」
「そ、大人より多いでしょ」
「…大変そうね」

千織が気の毒そうに言うと、しゃがんでいたキョーコがひょこりと立ち上がった。
「今回は年長組だからまだ大丈夫かな」
「ああ、なるほどね」
「それにほら、モー子さん子供の扱い慣れてるし」
「私の扱いは他人の子供には向かないって知ってるでしょ!」
「でもモー子さん、かなり青空園の子達に懐かれてるよ?」

「この間道歩いてたら大声で呼ばれたのよ、しかも"モー子さん!"って。あんたのせいだからね!」と眉を吊り上げて怒る奏江にキョーコはしゅんと小さくなる。
「まあまあ、二人とも明日もあるんだから早く終わりにして休みましょ」
千織に促され、奏江もエプロンを外すと帰り支度を始めた。

「じゃあ、お疲れさま」
「お疲れさまでした!」
「また明日ね」
「うん、よろしくね」
奏江と千織は揃って店を出た。奏江は止めておいた自転車にキーを差し込む。千織はそれを見ながらふと店を振り返った。ガラス越しに、新しく設置した窓側のシェードを下ろしているキョーコのシルエットが見える。
「キョーコさん、いつも元気だけど今日は特に忙しかったのにこの時間でも元気ね。すごい体力」
「…元気というか、機嫌がいいのよ」
「機嫌?」
「たぶんだけど」
不思議そうに首をかしげる千織に、奏江は自転車のスタンドをたたむとニヤリと笑って続けた。
「これから『彼氏』が来るんじゃないかしら」
「あーーー」
千織も納得したように笑うと二人は店の敷地を出る。
「じゃあ来週に向けて英気を養っておいてもらえるといいわね」
「本人にそんなこと言ったらなんのかんのと否定しそう」
「まったく…いい加減、公表すればいいのに」
「まあ、あとは『彼氏』に任せましょ」

「じゃ、また来週」と二人は店の道で二手に分かれた。


奏江と千織の姿が消えてから15分後、店の駐車場に一台の車が入ってきた。
車から降りてきたのは長身の蓮の姿だ。蓮は店の横の通用口に向かうとベルを鳴らし、返答を待たずにドアを開ける。
「お邪魔します」
ベルの音を聞いて顔を出したキョーコが、ドアを閉める蓮の姿を認めて笑顔になった。
「いらっしゃいませ」
「お疲れ様、キョーコ」
「ありがとうございます」
少し照れた顔で笑うキョーコを、蓮は柔らかくぎゅっと自分の懐に包み込む。
「今日も忙しかったね」
「そうですね。お盆の時期よりはマシになりましたけど」
腕の中で自分を見上げるキョーコは嬉しそうで恥ずかしそうで、蓮はキョーコの体に回していた右手でその頭をくしゃくしゃと撫で回した。

「今日もお昼、お待たせしちゃってすみませんでした」
「混んでたんだから仕方がないよ」
「外暑くなかったですか?」
「意外と風は涼しかったから大丈夫」
くすくすと蓮は笑い、もう一度キョーコの髪をかき回す。キョーコは蓮の胸にもたれたまま、小さく呟いた。
「まだ暑いですけど、段々秋になってるんですね」
「…そうだね」

しばらく2人はそのまま静かに佇む。やがてキョーコは、蓮を玄関入ってすぐの廊下に立たせたままであることを思い出し、顔を上げた。すると妙に笑顔の蓮と目が合う。
「どうしたんですか、敦賀さん」
「いや……」
曖昧な答えと同時に、蓮の腕の束縛が少しだけ強まる。
それ以上を話そうとしない蓮にキョーコは少し怪訝な表情を作り、蓮はそれを見てさらに表情を崩した。
「ごめんごめん。いや、夏が終わるなと思ってね」
「それだけですか?」
いや違うだろう、と非難の響きが少しキョーコの声に混ざる。
「…秋になろうという今になってようやく、素直に身を預けてくれるようになったなと思って」

途端に離れようとするキョーコの体を蓮はがっちりとホールドして離さない。
「なんで言うなり逃げるの」
「にに、逃げてません。でもだって、敦賀さんさっきから立ちっぱなしで」
「立ってた方がこうしてくっつけるからちょうどいいんだよ」
「……!またっそういう恥ずかしいことを」
「恥ずかしくなんてないんだけどな。君もこの間こうしていると安心するって言ってくれたじゃないか」
「あれはその…!い、いつまでもそんなこと覚えてなくていいんです」
「そういうことの方が覚えてるんだよ」

蓮はようやっとキョーコの体を解放し、ともに店の奥のリビングへと向かった。
「大げさなイベントがなくてもいいんだ。普段の小さな出来事や君のさりげない言葉が積み重なって、段々と一緒にいる時間の思い出が増えていく。それが今は楽しくて」
「それは私も同じですけど…でもすみません、敦賀さんの夏休みにもどこにも行かれなかったし」
「そんなの気にしなくていいよ。なにしろ、夏は書き入れ時だ」
「ですけど」
「来月下旬に休み取るんだろう?久しぶりに」
「はい。ようやくお店も軌道に乗ったので、ちょっとだけリフレッシュです」
「来月は山に行こうか」
「山…ですか?」
「そう。いつも海を見ているから気分転換にね」
「いいですね。そういえば山といえば、行ってみたいところがあって…」


明日もあるから少しだけ。
そう言って本当に遠慮がちに蓮は週末の夜キョーコのところに立ち寄る。
時に話し込んで遅くなることもあるのだが、お互いにこの時間は心地よくリラックスできる。キョーコにとってかけがえのない時間がまたひとつ、増えてしまったのだった。


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