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Catch the Wave (30)


こんな時間にこんにちはーー。ぞうはなです。
なんだか残暑が厳しいですが、お話はまだ夏の始まり。
(いつの間にか実時間と逆転…)





「ありがとうございました」
「ランチお待たせしました!」
奏江とキョーコの声が店内に響き、BGMが掻き消えるほど客のざわめきは賑やかだ。

梅雨明けも間近、7月の日曜日の空は晴れ渡り、もくもくと水平線からわき上がる雲が夏らしい。
地上に目を移せば海開きもすんだ海水浴場にはだいぶ人も多く、そこから少し離れているにも関らずキョーコの店にも人が流れ込んできているようだ。


午後に入って少し落ち着いてきた頃、空いたテーブルの片づけをしているとドアのベルが鳴り、キョーコは反射的に顔を上げて声を出した。
「いらっしゃいませ!」
「あ、キョーコちゃん!4人、入れるかな」
ドアから顔を出しているのは笑顔の光だ。外には数人の姿がガラス越しに見え、その中には頭ひとつ飛び出している長身の男が含まれている。
「はい、今片付けますので少しだけお待ちください!」
普段どおりにこやかに対応したキョーコだが、心の中では飛び上がらんほどに驚いていた。
今日はもう来られないのかと思った。朝駐車場で姿を見なかったためキョーコはすっかり油断していた。朝海にいないのに昼には店を訪れるとは今まで無かったパターンだ。

平常心、平常心。
だってほら、今は敦賀さんはお客さんだから。

そう、蓮はこうして昼に店を訪れるときは完全に客として振舞うのだ。キョーコは大きく深呼吸をして跳ねる心臓をなだめた。

「お待たせしました、どうぞ」
空の食器を持ってカウンター内に下がったキョーコに代わり、奏江が光たちを店内に誘導する。
キョーコはカウンター内で手を動かしながら席に着いた一団をさりげなくちらりと伺った。
光、社、蓮、慎一が和やかに会話をしながらメニューを見ている。壁側に座る蓮の顔はキョーコからよく見える。2週間前に会ったのと同じ髪型、同じ笑い顔。

そりゃあそうよ!
2週間やそこらでガラッと変わったらビックリするでしょうが!!

自分で自分に突っ込みを入れつつキョーコは手を動かす。
ついさっきまでとは気持ちが全然違うのが我ながら驚きだ。変に胸が熱く、目が蓮の様子を伺いたがるのを必死に押しとどめる。顔までふにゃりと緩みそうで、普段どおりに振舞うだけで大変だ。
やがて注文を取りに行った奏江が伝票をカウンターに置きながら言った。
「セット3つに日替わりパスタ1つ。セットは全部大盛で」
「はーい」
返事をしてキョーコは奏江の顔を見た。奏江は特にキョーコに注意を払うでもなく、お冷やの入ったポットを手にカウンターを離れていく。

うん、大丈夫。大丈夫よね。

奏江に気取られていないということは、他の客にもキョーコの動揺は伝わっていないということだ。とりあえずは大丈夫、と安堵するとキョーコは調理に取り掛かった。


「ありがとうございました」
「ごちそうさま」
「会計ご一緒でよろしいですか?」
「うん」
キョーコのいるレジに伝票を持ってきたのは蓮だった。
いつもは社か光の事が多いのに、とキョーコは思うが、最初に顔を合わせたときの動揺はなんとか落ち着いていて冷静にレジが打てる。

「久しぶりに最上さんの料理が食べられて嬉しかった」
この男はキョーコにレジの打ち間違いをさせようとしているのだろうか。いや、蓮のセリフはあくまで客としてのものだ。キョーコはにこりと笑顔を作った。
「そう言っていただけると嬉しいです。今日のランチはお口に合いましたか?」
「もちろん」
金を受け取りお釣りとレシートを渡す。よし、ここまでは自然に会話も出来てるし順調だ。しかしふと、キョーコはまったくの上辺だけの会話に物足りなさを感じる。

「…時差ぼけは大丈夫でしたか?」
「もう大丈夫。ちょっと今朝は遅くなっちゃったけどね」
「無理するよりちゃんと直した方がいいです。明日お仕事ですよね?」
「そうだね、ありがとう」

はうううっ。

蓮から向けられた笑顔が予想以上にまぶしくて、キョーコは無防備に正面からそれを見てしまって思わずのけぞった。
このいつもの社交辞令の笑顔と違う神々しい笑顔はどこで来るかわからなくて、破壊力は満点だ。

ようやく体勢を立て直して蓮を見ると、その顔からは笑みが消えて無表情になっている。あれ?とキョーコが蓮を見つめると、不意打ちの第二段がやってきた。

「夜、また来るね」

ぽそりと吐かれたセリフはいつもより一段小さい音量で、おそらくキョーコにしか聞こえていない。
「ごちそうさま」
改めて通常の大きさで言うと、キョーコの返事を聞かないまま蓮はいつもの紳士の笑顔で店を出て行った。


2日間があっという間ならば数時間はなおさらだ。
キョーコはもう、2週間前からこの常時カウントダウンをしているような状態に疲れきっていた。


勝手にドキドキしてるだけなんだから誰も責められないんだけど…

閉店30分前、そろそろオーダーストップの時間だが、店内にはまだ一組の客が居る。男女混合のそのグループは常連客で、皿は空なのだが先ほどからしばらくの間おしゃべりに興じている。


敦賀さん、何時に来るのかな?

そんなことを考えながら暗くなってきた外をぼうっと見つめていると、残っていた客たちががたがたと立ち始めた。

やだ、もしかして早く帰ってくれたら…なんてちらりと思ったのが伝わっちゃった?

内心ドキドキしながらキョーコはレジに立つ。
「ごちそーさん」
「ありがとうございます」
普通にお金のやり取りをしてお釣りを渡すと、男性はおもむろに口を開いた。
「皆で言ってたんだけどさ」
「はい?」
キョーコはレジを閉めながら返事をする。

「キョーコちゃん今、恋してる?」
「………はい?」
パニックになりすぎて思わず固まってしまった。たっぷりと時間を空け、間抜けな返事しか出来ない。
「いや、ここのところちょっと上の空みたいな感じで、けど悩んでるみたいで」
「いいいいや、それだけでこ、恋だなんて、そんなのないですよ!」
「そう?悩んでたりちょっとソワソワしてるし可愛らしいからそうなのかと思ったのに」

「…す、すみません、そんなことは…無いです…」
恥ずかしそうに下向きになったキョーコに、男性はからからと笑って明るい声を出した。
「ああごめん、謝んないでよ!変な事言ってごめんねー」

キョーコは丁寧に客を見送ると誰も居なくなった静かな店内で思わず両手を頬に当てた。
「…恋?まさかそんな」

間抜けな話だが、蓮に会いたいと思う気持ちを自覚しつつも、それは『恋愛』とはちょっと違うものだとキョーコは考えていた。
蓮に対して抱いているのはどちらかといえば尊敬とか憧れとか、そんな気持ちだと。告白までされているのに鈍いにもほどがあるのだが。

だってそうよ、もし私が敦賀さんに恋してるんだったら告白なんてされたら舞い上がってその場でOKしてウキウキでルンルンで。


勢いよくそこまで思ってから、いや待てよと思い直す。
今日蓮の顔を見て抱いた気持ちは、かつての幼馴染に抱いたものとイコールではない。だから恋とは違うと思っていたのだが、一方でそれはかつての気持ちよりもっともっと心に染みて揺さぶられるような深いものではなかったか。

その違いは…何?

ぶるん、という低い音が外から聞こえてきたことにキョーコははっと気がついた。
それは車のエンジンが切れる音だ。
車のドアが開いて閉まる音が続いて聞こえ、そして店の表の段を上る足音と同時にガラス越しに人が動いているのが見える。

果たして、ドアからひょこりと見えたのは蓮の笑顔だった。
「こんばんは。ちょっとだけいいかな?」
「は、はい!大丈夫です」
キョーコは蓮を店内に招き入れるとドアにかけているプレートを「OPEN」から「CLOSE」にひっくり返す。
キョーコは蓮の顔を見た喜びと緊張とで、うっかりすると泣いてしまいそうだった。

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