SkipSkip Box

Catch the Wave (25)


おこんばんは!ぞうはなです。
とりあえず週一の更新はなんとか続けたいのですが…
無理やり、続きです。





キョーコと蓮の間に流れる空気が少し変わったことについては、主にキョーコの動向に敏感なサーファーの間で話題になる事が増えてきていた。
決定的な何かがあった訳でも、誰かが何かを目撃した訳でもない。

2人が会うのは相変わらず週末の朝の海岸か、昼時のキョーコの店の混み合った店内、そしてたまに、夜の閉店間際の店内だ。
それだって今まで通り、何も変わらないはずなのだが。

「うーーん、なんていうのかな、雰囲気が違う…?」
どこが変わったのかと仲間に問われた一人のサーファーが、首をかしげて腕組みをして考えながらそんな風に答えた。


「おはよう、最上さん」
「おはようございます、敦賀さん」

言葉だけ聞けばなんということのない、どちらかといえば丁寧な挨拶だ。
けれど片方のウエットスーツを着た男は極上の甘い笑みを浮かべて女性のほうを見ているし、挨拶を受けた女性のほうもやや恥ずかし気にそれでも非常に嬉しそうに自転車を押して近づいていくのだ。
目撃した第三者が思わずどきりとしてしまうほど、何かがある雰囲気がある。

そして二人が早朝の海際の駐車場の端っこで話をする時間は今までに比べて長くなっているような気がする。
通りかかった別のサーファーがなんとなく聞き耳を立ててみても、話の内容は大体がサーフィンに関わることで色気はない。しかし、たまに風にあおられた女性の髪を笑みを浮かべたままの男性がゆっくりとその大きな手で直したりもしている。

「どうなんだよ!」と白か黒かはっきりしたい男たちがやきもきするものの、どうにも二人の距離は微妙に微妙だ。


サーファーの間で噂になっている事は、当然ながらその土地のグループの中心人物である尚の耳にも届く。
「あ?別に俺には関係ねえよ」と面倒くさそうに言ってみるものの、尚はやはりどこかで気になっていた。

いや、これまでだってキョーコの周りには様々な男たちがいたのだ。今に始まったことではない。
主にサーファーをターゲットにしている飲食店を若い女性が営んでいれば、その女性が地味であろうが幼く見えようが、中には物好きな男がいてもおかしくはない。
ただ、これまでと違う雰囲気だと言われているのが尚にはどうにも面白くない。今までキョーコに近寄る男たちは飽くまでも尚の主観だが、見た目もサーフィンの実力も遠く尚には及ばない野郎ばかりだった。
そしてキョーコも主に店の客としてやってくるそんな男たちにきっちり営業スマイルで対応し、心揺れる様子など見せはしなかったのだ。

あの男…いけすかねえよな。何考えてやがるんだか……

尚のグループの仲間ですら「すげえよ」と絶賛するということは、前に見たときはそれほどでもなかったはずだが、敦賀蓮のサーフィン技術はそれなりに高いのだろう。いや自分には及ぶはずもないが。
それにあのルックス。尚の追っかけをしていた女性たちも尚の見ていないところで蓮の姿を追っている。いや、身長は負けているかもしれないが、それ以外は自分のほうがあんな年より老けて見える男より優っているはずだ。


一番問題なのはあいつの態度だ。

そうだ。
尚の中での一番の問題はキョーコなのだ。
今まで通り、蓮に対しても『客』としての扱いを徹底すればいい。なのになぜか、キョーコは蓮を特別扱いしているようだ。
なぜ客であるあの男と店以外の場で顔を合わせる必要があるのか。海沿いの駐車場など、サーファーの多い場所で何をやっているのか。
尚は関係ないと言いつつもすっかりキョーコと蓮の行動を把握しているようだった。
「何だかんだ言って気になってんじゃないの」という仲間の言葉は隠しようもなく聞こえてくる。当の本人は「んな訳ねえ」と、イライラしながら完全に否定しつつやはりモヤモヤするという、気持ちの悪い状態だった。


そして6月下旬の土曜日の朝。
尚は仏頂面で車の助手席に座っていた。早朝5時に電話して迎えに来させた仲間は、ハンドルを握りながらも大きなあくびをしている。
駐車場が見えたところで車を止めさせ、「さんきゅ」と短い言葉だけで車を降りると、尚は薄手のパーカーのフードを頭にひっかけ、両手をポケットに突っ込んで歩き出した。
空気は少し冷たく、空からは細かい水滴が風に舞うように落ちてきている。しかし今日の予報は曇りだったし空も明るいので、それほど降らずに雨は上がるだろう。

駐車場には噂どおり、端っこに並んで低い塀に腰を下ろして話をしている二人の姿が見える。
「あの野郎、何間つめて座ってやがる」
蓮とキョーコの間にはほとんど隙間がないように見えた。一瞬でイラッとして尚の歩幅は大きくなる。


「おや、おはよう不破君」
ふいと後ろを振り返った蓮がのんびりと口を開き、驚いたキョーコがはじかれたように後ろを見る。
「…なにしてんの、こんなところで」
「俺がどこで何しようと俺の自由だ」

見下すようにバカにした口調で吐かれる言葉にキョーコはむっとした顔をした。
「はいはい、じゃあ聞かないわよ」
キョーコはくるりと元の体勢に戻って尚に背を向けたが、尚はキョーコの後ろに立ってどく気配がない。
ちらりと後ろを確認し、キョーコは ふん、と強く息を吐き出した。
「用があるならはっきり言いなさいよ」
「……岬の先の蕎麦屋。この夏限りで閉店する」
「え、川崎さんのお店?どうして?」

キョーコは思わず振り返った。
ここから国道を500mほど先に行った、尚の家のホテルを通り越した先にある蕎麦屋はキョーコもよく知っている。老夫婦がこじんまりとやっているのだが、蕎麦が美味しくたたずまいも落ち着いていて地元民に愛されている店だ。
「腰がもたねえから引退だってよ」
「そうなんだ…」

キョーコは人のよい店主の笑顔を思い出し、しんみりとしてから我に返った。
「って、あんたここまでそれを言いにきた訳?」
「ちげーよ!まったく、話は最後まで聞け」
尚は呆れたようにため息をつき、キョーコはムカッとしながら尚を睨みつける。
「あの店の敷地がうちのホテルのもんだってのは知ってるだろ」
「ああ、そういえばそうだったわね」
「店をたたむと後に入る奴がいねえんだ。それで、俺の店を出すことにした」
「は?」
キョーコは真顔でまじまじと尚の顔を見る。
「あんた、蕎麦打つの?」

「ば……っっっかじゃねーの!?んな訳ねーだろが!ちったあ考えろ!!」
なぜか尚は顔を真っ赤にして大音量で怒鳴りつける。

ああ、確かにそうよね。
すっかり頭に『蕎麦屋』が住み着いちゃった…びっくりした。


キョーコは内心で少しだけ反省したが、表面上は悪びれることなく冷静に言い返す。
「なんだ、継ぐわけじゃないのね」
「なんでいきなり俺が蕎麦屋を継ぐ話になるんだよ!」
「で?」
「ああん?」
「だからなんなの、と聞いてるの」
「決まってるだろ、サーフショップをやるんだよ。あの店建て直してな」
「ふうん」

キョーコは冷たい声を出した。
さらりと『建て直す』などと言っているが、当然その資金は尚本人から出るのではないだろう。まあ、自分も人のことは言えないのだが。
「そう、それで話はおしまい?」
「だっから!最後まで聞けと言ってるだろーが!」
「それならちゃっちゃと話しなさいよ!迷惑なの!」

キョーコは怒鳴り返してからくるりと蓮の方を向いて眉を下げる。
「すみません敦賀さん!あの、お時間もったいなければお付き合いいただかなくても大丈夫ですから」
「……いや、大丈夫」
蓮は何を考えているのか一切表情を変えず、相変わらず穏やかな表情だ。
その、動じない落ち着きがなぜか尚をイラつかせる。

「結構ゆったりスペースが取れそうだから、カフェを作れるんだよ!お前にやらせてやってもいいぜ?」
ふふん、と尚はキョーコを見下ろした。キョーコはどこかビックリした顔で穴が開くほど尚のことを見ている。
「ビックリした…あんたがそんなこと言い出すとは思わなかったわ……」

静かな言葉は感情を含まない。怪訝な顔で見返した尚に、キョーコは深いため息をついた。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する