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Catch the Wave (22)


こんばんは、ぞうはなですー。
ここのところ更新頻度が落ちちゃっていて申し訳ありません…

気長にお付き合いいただければ幸いです。





6月にはいると梅雨の走りか、天候の不安定な日が増えてきた。
とは言ってもしとしとと雨は降るものの海は比較的穏やかな日が多く、サーファー達には雨という天気は行動にはそれほど関係がないらしい。

6月最初の土曜日、キョーコはレインコートを着て霧雨が降る海岸沿いの道を自転車で店に向かって走っていた。自転車前後のカゴにもカバーがかけられ、細かい水滴を一杯に乗せている。
堤防そばの海をちらりと見て、「先週のことなのに…ずいぶん時間が経ったみたい」と思いつつキョーコはペダルを踏む。

今日蓮が海にいたら、あの荒天の日以来初めて顔を合わせることになる。
夏至の近いこの日、キョーコが八百屋に向かう時間は既に明るかったが、そのタイミングではまだ駐車場に蓮の車はなかった。


別に…緊張することでもないはずなのに。

なぜだかキョーコの心臓はドキドキと大きく打っていて、嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からない、会いたいのか会いたくないのかはっきりしない、そんなもやもやとした気持ちに囚われている。
雨が降っているから今朝はいないかもしれない、そう言い聞かせながらカーブを曲がっていくとほどなくキョーコの目は見慣れた車のシルエットを捉えた。


「おはようございます!」
悩みをすっかりと内側に隠したキョーコの挨拶は、いつも通りの元気なものだった。
「おはよう。今日もお疲れ様」
蓮もいつも通りの穏やかな笑みを返してくれる。

「衣替えですね」
自転車を降りてキョーコは蓮に近づく。蓮は言われたセリフに一瞬自分の体を見下ろして、首をかしげた。先週までは長袖のフルスーツと呼ばれるウエットスーツを着ていた蓮は、今日は腕だけは半そでのものを着ている。
「まだ早いかな」
「寒いの苦手じゃなければ大丈夫じゃないでしょうか」
ぴったりとしたウエットスーツの袖から伸びる腕はがっちりと筋張っていて、キョーコは湯船の中で自分の後ろから伸びていたその両腕の画を思い出してしまい、慌てて海のほうへと目を逸らした。

「…あの後体調は大丈夫かな。熱が出たりしてない?」
しばらくの沈黙の後聞かれて、キョーコははっと視線を戻す。
「はい!おかげさまでまったく何にもなく!本当にありがとうございました」
「よかった」
心底ほっとしたように微笑んだ蓮の笑顔が眩しすぎて、キョーコは思わず顔を逸らしてのけぞった。
「どうしたの?」
「いえなんでもありません!」

キョーコは慌てて姿勢を戻すと海を見た。
「今日はちょっと天気があいにくですね。午後は強いオンショアになっちゃいそうです」
「そうか。じゃあ午前中が勝負だね」
「天気がいいと気分もいいですけど、この時期はしばらく仕方ないですね」
「そうだね……でも今日は、天気も波も特にこだわらないかな」
蓮の返事が意外で、キョーコは思わず蓮を振り返る。
「そうなんですか?」
「うん。今日は最上さんに会えればそれだけでよかったから」

しばらく動きを止めたキョーコの顔がかっと赤くなる。しかしすぐにすうっと目が細まり、キョーコは怪訝な表情を作った。
「さすがですね…敦賀さんほどそういうセリフを自然に言える方は見た事ありません」
「えっそう?」
蓮も笑顔を崩さずさらりと返す。
「そうですよ。人によっては誤解されますから気をつけてくださいね」
キョーコはレインコートのフードを直して腕時計を見る。

「では楽しんでください!お昼いらっしゃいますか?」
「うん、そのつもり。社さんは来られないけど多分石橋くんはそろそろ来るだろうし」
「そうですか!ではお待ちしてますね」
ペコリと頭を下げるとキョーコは自転車にまたがった。ありがとう、という蓮の言葉にもう一度頷いて元気よくペダルを漕ぎ始める。

蓮はその後ろ姿を見送ると、水滴がたくさん乗った髪をほりほりとかいた。
「誤解じゃないんだけどな」
キョーコにサラリとかわされた気がしてやや落ち込む。

先週あんなことがあったのに全然影響ないのか?
いやでも、今一瞬恥ずかしそうな表情が見えたような気がしたんだけど。

その後の冷静な返しの方が強烈で、やはり気のせいだったかもしれないと蓮はため息をついた。


「ふーん。こんなお店なんですねぇ」
ガラスのドアの前でくるりと周りを見回したのは、つばの広い帽子をかぶった瑠璃子だ。
「お昼はいつもここなんだ」
言いながら光がドアを開ける。店内は満席で、ドアのベルに振り返った奏江が頭を下げた。
「ごめんなさい、ちょっといっぱいで」
「外で待つね」
そう言って光は再びドアを閉める。

「待ち4名様よ」
奏江はカウンター内のキョーコに声をかけた。
ちょうど注文されていたパスタを作り終わったキョーコはカウンターの上に皿を並べると店内をざっと眺める。
「ありがとう。1番の日替わりパスタ2つ、あがりです」
「はい、あと2番のデザートよろしく」
「うん」

奏江が皿を両手にテーブルの方に行くのを見つつ、キョーコは何気なくドアの方に目をやってどきりとした。
一際背の高いシルエットが目に入るだけで誰だか分かってしまう。それに何より、その隣に立っているのは普段のサーフィン仲間ではない、女性だ。蓮が見下ろしながら会話をしている様子をガラス越しに思わず見守ってしまうと、キョーコは「あ、デザートデザート!」と振り切るように冷蔵庫に手を伸ばす。

皿に置いたシフォンケーキの横にゆるくホイップした生クリームを添えながら、キョーコはつらつらと考えていた。


そうよね…考えてみたら私、敦賀さんのことって全然知らないもの。
普通、お客さんのプライベートなんて知らないし、ねえ。

どこの大学の何年だとか、家がどこだとか。
好きなものが何だとか、兄弟がいるだとか。

お客さんとの何気ない会話を積み重ねていくと、なんとなくその人の家庭環境や生活が分かってきたりもする。
けれどもその情報とは断片的なもので、キョーコ自身も相手のプライバシーをあえて聞きだすようなことはしないし、向こうだって単なるカフェの店員にそんな細かいことを話すものでもない。
いや一部、落ち込んで相談を持ちかけてきたり、聞いてもないのに細かく話してきてくれたりする客もいるのだが、あくまでも一部だ。


だから…敦賀さんに恋人がいたっておかしくないし、いやむしろあのルックスだったらいない方が不思議だし。

ぱっと見たドアの向こうの2人が恋人同士だと思ったわけではなかった。
けれど、蓮が女性と親しげに話しているのを直接見てしまうと、今まであまり深く考えた事がなかったところに思考が及んでしまう。

そうよ…いくら朝駐車場で話をするからって、別に特別仲がいいわけでもないのよ。
この間のだって敦賀さんが親切だったからわざわざ風呂場まで運んでくれただけだもの。
平日の敦賀さんなんて全然知らない…会社員って言ってたけど、スーツ着てるのかな。あの女性がこの間見学に来たっていう会社の人だったら、私より普段の敦賀さんを知ってるはずよね。

キョーコはミントの葉をクリームの上にそっと乗せると、笑顔で奏江に「2番お願いします」と声をかけた。


「瑠璃子ちゃん、俺たちこの後用事あって瑠璃子ちゃんちの方通るさかい。送ってくわ」
「え、そうなんですか……あ、ありがとうございます。けど敦賀さんはまだサーフィンするんじゃ…」
蓮と光たちがしばらく待ってから昼食をとり終わった後、慎一が向かいに座った瑠璃子に提案し、瑠璃子は自分の隣の蓮を上目遣いで見上げた。
「…今日は俺ももう上がりかな」
「せっかく天気よくなってきたのに?」

やや不満げに瑠璃子はいうが、男たちは顔を見合わせてうなずき合う。
「風向き変わったもんね」
「せやな、この強いオンショアじゃ楽しくなさそや」
「せっかく見に来たのに」
男たちの会話についていかれず、瑠璃子はやや不満げだ。
「先に教えておいてもらったらよかったね。急に来たからびっくりしたよ」
「何となく思い立って海が見たくなったんです」
光の言葉にも、なぜか瑠璃子は蓮に向かって答える。

「俺は先週の大会見てちょっと自分が乗りたかっただけから、今日は十分だな」
光が満足げにうなずき、慎一が蓮を見る。
「そいや先週の堤防のスポットはどうだったん?」
「……」
無言で自分を見る蓮に、慎一は呆れたように笑った。
「あれ、先週ひとりでこっち来はる言うて…」
「うん、来たよ」
「途中あれへんかった?」
「ああ、かなり荒れて波も高かったけど、前後は面白かったよ」

そっか、とうなずく光と慎一を眺めてから、蓮はちらりとカウンターの中で忙しく働くキョーコを盗み見た。


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