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Catch the Wave (21)


こんばんは!!ぞうはなです。
うっかりしてるうちに本当に海のシーズンが近く……!





「君が俺にとってそういう存在だって事は認識してたけど、今日カレントに流されて…はっきりと気がついた」
蓮の顔は真剣だ。キョーコは自分がそんな大層なものではないと否定したかったが、その柔らかくもしっかりとした口調に黙って蓮の言葉を待つ。

「もし君に会う前だったら…俺はカレントに流されたときに、海が俺を嫌っているとか、死ぬべきだとか、そんなネガティブな気持ちに囚われていただろう…けど今日は違ったんだ。帰ろうと思った。死ぬ気もしなかった。冷静に状況を把握して迷わずに岸を目指せたんだ」
それはよいことだと、蓮がずっと囚われていたものから少しでも抜け出せているのだと、キョーコは嬉しく思ったが、「よかったですね」などと軽々しく言えることでもなく、無言で頷いた。

「沖で一番に思い出したのは君の笑顔だった。朝駐車場で、たくさん野菜を積んだ自転車を漕いでる笑顔。俺のライディングを誉めてくれるときの笑顔。色々思い出したけど、いつも君は笑っている。そんなことを思ったよ」
「や、そんな…そのあの恐縮しますけど、私だっていつも笑えてるわけじゃないですよ」

あわあわとキョーコは答える。そんなキョーコを見て蓮はくすりと笑った。
「分かってる。君にだって辛いことはあるし、いつも笑ってばかりいられない。だけどずっと前を向いてることは確かだ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。少なくとも俺よりはずっと前向きだ。俺が過去に囚われすぎなんだけど」
「いえ…そんな辛い経験されてたら、仕方がないですよ」
「ううん…だけどそうやって色々考えながら岸まで戻ってきたら君が待っててくれた。驚いたし申し訳なかったけど、素直に嬉しかったんだ。これだけ心配して気にかけてくれる人がいる、そのことが」

はわ、とキョーコは顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい、私勝手にあんなところで」
「なんで謝るのかな」
少し笑った蓮の表情は甘く、キョーコの頬は更に熱くなってしまう。
「一番待っていてほしい人が待っててくれて、俺はようやく暗い沼から抜け出せた気がした。なんて、そんな風に勝手に思われても迷惑だろうけど」
「迷惑なんて……そんなことないです、本当に」
そう、迷惑どころかむしろ嬉しいのだ。辛そうな顔をして海に向かっていた蓮の重みを少しでも取り除けたのなら、自覚がないけれどなにやら誇らしい気分になってしまう。いや、何もしていないから胸は張れないのだけれど。

「これからもここに通って…少しずつ俺も前を向きたいと思う。…けど、構わないかな」
蓮はまっすぐにキョーコを見る。キョーコはこくこくと激しく首を縦に振った。
「ももも、もちろんですよ!私も敦賀さんのライディングを見るの、好きなんです。それに…私でよろしければ、その、お力になれるかあまり自信はないのですが、でも少しでも敦賀さんのお手伝いができたら嬉しいです!」

キョーコは「だから今後とも、よろしくお願いします」と深く頭を下げる。

「ありがとう」
驚いたようにキョーコを見つめた後笑った蓮の顔は、とてつもなく甘く眩しかった。


よかったんだけど…本当、恐縮しちゃうわ。

夜、キョーコは昼間のことをベッドの中で思い返していた。
ずっと蓮のことは気になっていた。朝海に入らずに自分を待っていたり、見ていて欲しいと頼んだり、何か背負うものがあってそれを克服しようとしていたのは、何となくではあるものの分かっていたのだ。

今日の店での蓮の様子を見ると、本当に自分は蓮の背中の重荷を軽くする手助けが出来ているようなのだが、何をしたとか言ったとか、役に立つことをした自覚がまったくないので、感謝されても困ってしまう。
今日はむしろ自分が勝手に海岸で蓮のことを待ってしまったせいで迷惑をかけてしまったのに。

途端に脳裏に浴室でのやり取りが鮮明に浮かんでしまい、あまりの恥ずかしさにキョーコは思わずうつぶせになって枕に顔をうずめた。

見えないように…とか、気を遣ってくれてはいたけど……!
やっぱり恥ずかしいわよ、上半身ブラだけで一緒にお風呂に入ってたなんて!
それに敦賀さんだってほとんど裸みたいなものだったし……

いやいや、とキョーコは懸命に深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

でもそうよ、み、水着だと思えば大丈夫。敦賀さんは本当に水着だったし、ほら自分だってビキニにショートパンツだと思えば。

無理やり納得させて「そうよ気にしすぎよ」と落ち着いた矢先、「でも」、と唇にかするくらいの位置に落ちてきた蓮の唇の感触を思い出して再度キョーコのパニックは爆発する。

じゃあじゃああれは、なんだったの??

蓮も自分も、浴室から出てからあの蓮の行動については一言も触れなかった。
自分は改めて蓮に尋ねる勇気などなかったからあえて言わなかったのだが、蓮はどう考えているのだろうか。

なかったことにして欲しいのか?
それとも米国での暮らしが長い蓮にとって、キスやハグなど特別なことではないのか?

多分、そうなんだろうな…

蓮にとってはおそらく大したことではないんだろう。
自分にとってはものすごく大したことなので、さらりとあんなことをした蓮を恨めしく思う気持ちもある。けれど自分さえ気にしなければ今後も蓮と言葉を交わすことに躊躇しなくて済む。
キョーコにとっては、変に気まずくなるよりも今の関係の維持の方が望ましかった。


「今日は暑いな」
「そうですね」
社と蓮は日ががんがんと照りつける屋外から空調の効いた店内に入ってほっと息をついた。
昼休みの時間帯、オフィス街にあるレストランはどこも混雑している。社と蓮が入った店も例外ではなく、そろそろ空席がなくなるほどの賑わいを見せていた。
2人は案内されて狭い2人がけの席に向かい合わせて腰を下ろす。
「海にいたら嬉しいけどスーツ着てたらただの拷問だな」
「それでもあと数日我慢すればネクタイはずせますよ」
「そうか、もう6月か」
2人が所属する会社では6月から夏の間は"クールビズ"期間としてカジュアルな服装を許可している。とはいえ、場合によっては真夏であろうとスーツを着て外に出なければいけないことはあるのだが。

愚痴のような話をしながらも2人はランチメニューにちらりと視線を走らせただけでメニューを決め、忙しそうなウエイトレスをなんとか捕まえて注文を終える。
「今日は大盛にしなくていいのか」
「体動かしてるわけでもないですから」
「へえ」
店内は全体的に騒がしく、小声でかわされる2人の会話が他の席に聞こえることはない。
しかし間仕切りの向こうからひときわ大きな女性の声が漏れてきて、社は口に運んでいた水のグラスを取り落としそうになった。

「うっそー!抜け駆けだよそれー」
「ちがうわよ、だってその時いた私たちが誘ってもらえたんだから」
「それを抜け駆けって言うんでしょ」
きゃいきゃいと盛り上がっているのは間仕切りを挟んだ隣の席の女性たちのようだ。急に上がったボリュームに驚きはしたものの、蓮も社もさほど関心を持たずに注文したランチを待つ。

しかし次に聞こえてきた声に、2人は思わず顔を見合わせた。
「いいな、私も敦賀さんと海行きたいよ~」
「ふふ、そう?」
認識を新たに聞けば、確かに一人の声は先日光が約束して連れてきた、光の部署の松内瑠璃子のものだ。

「あのルックスでサーフィンとか、超やばくない?」
「ねー。瑠璃子、で、どうだったの?」
「えー?どうって言っても。敦賀さんも社さんも石橋さんも結構まじめにサーフィンやってるみたいだよ」
「お昼とか、終わった後とかどうしたの?」
「お昼はお弁当作って持ってったけど」
「女子力アピールじゃん!で?で?」

「お待たせいたしました」
頼んだランチが来て、社はこほんと小さく咳払いをした。

「なんか大事になってるな、蓮」
「俺だけじゃないでしょう…」
「いやメインはお前だ、間違いなく」
蓮はため息をつくと机の上のトレイからフォークとナイフを取り出す。

「…にしてもさ」
しばらく無言で食事を進めた後、まだやまない間仕切りの向こうにちらりと視線をやって社がぼそりと言った。
「彼女たち、サーフィン見にきて…まあ確かに弁当作ってきてくれたけど、結局慎一が送って行ってそれだけだったよな」
「そうでしたね」
サーフィンを見に来た女性陣の中に気に入った子がいるからと、慎一が送りに名乗りを上げたのだ。まあそのあと、進展があったという話は聞けてないが。
女性たちを見送った蓮と社はキョーコの店に向かったし、その後も特に女性たちとの接触はない。

「それでもこういう会話になるんだなぁ…」
怖い怖いと社は首を振る。確かに聞こえてくる会話では、瑠璃子が他の女性の羨望を一心に集め、やや上からの目線で話をしているように聞こえる。
「蓮のプライベートにちょっとでも入れたってだけでものすごい優越感なんだろうな」
社の言葉に蓮はフォークを止めた。

「どうした?」
「いや、何でもないです」
蓮は表情を変えずに食事を再開した。

俺も別に…最上さんとああいうことがあったとは言え何がどうなった訳でもなかったのにな。

蓮は自分で不思議だったのだ。
あの日曜日の後、たまたま会社の廊下ですれ違った光の顔を見た瞬間腹の底から湧いてきた不思議な感情。

あれは彼に対する優越感だったのか。
何も有利なわけじゃないのに何なんだ、俺は?


無表情で食事をひたすら口に運ぶ蓮は自分の感情の理由を追うことだけを考えていて、まったく料理の味など覚えていないのだった。


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