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Catch the Wave (20)


こんばんは!ぞうはなでーす。
気を抜くと(いや抜かなくても)間が空きますが、更新です。
しかしこのお話も早くも20まで来ちゃった…





昼を過ぎると朝方の荒れ方が嘘のように空は再び晴れ、風も収まっていた。海もだいぶ落ち着きを取り戻しているようだ。ただ、まだ濡れている地面とそこら中に散らばる枯葉やゴミが、間違いなくこの街に嵐が来ていたことを示している。

キョーコが予想したとおり、昼の客は少なかった。
ただでさえ大会の影響でサーファーの数も少なく、その上昼前まで天気が悪かったのだ。外に出る気も失せると言うものだろう。

店内にはゆるやかなBGMが流れ、初夏の週末としては驚くほどゆっくりとした時間が流れていく。
キョーコにとってはこの時間、忙しい方が余計なことを考えなくて済むのか、逆にちゃんと考えた方がいいのか、頭の中で色々な考えがぐるぐる回ってしまってまとまらない。


「ご馳走様~」
「ありがとうございました」
4人組の客が出て行き、店の中にはキョーコと蓮だけが残る。
蓮はランチをゆっくりと食べた後、珍しく「甘いものが食べたい」と言ってプリンとコーヒーを注文していた。

キョーコはなんとなく居づらくてそそくさとカウンター内に戻り、ちらりと蓮を伺う。
蓮は二人がけのテーブル席に座り、ゆっくりとコーヒーカップを持ち上げて口へと運ぶ。ソーサーにカップを戻すと、軽く息をついて窓の外に視線を向けた。

……嫌味なくらい、様になるのがなんとなく悔しいわ…!

キョーコは幼馴染の尚が今まで出会った男性の中で一番格好いいと、ほんの1年と数ヶ月前まで思っていた。なんなら日本中を探したってこれ以上格好いい人はいないのかもしれないとまで真剣に考えていたのはあまりにも盲目だったと、今は思う。
キョーコ自身は今ではこれっぽっちも認めたくはないが、尚だってもちろん客観的に見てルックスはいい。
背だって低くないし顔は整っているし、サーフィンも上手い。女性のファンクラブみたいな集団がいるのだって、このあたりのサーファーでは尚だけだ。
…けれど蓮の外見は尚とはレベルが違う。

いやいやいやいや、見た目じゃないのよ。問題はそこじゃなくて。


ついうっかり蓮がコーヒーを飲んでいるその風景に目を奪われたから思考がそちらに行ってしまったが、そもそもの観点はそこではない。ずっとキョーコが考えていたのは蓮の内面のほうだ。

蓮のサーフィン技術は、今までキョーコが研究してきた中での理想の形に近い。趣味のレベルでやっていると言うのが不思議なくらいだ。ちょっと磨いただけでプロサーファーになれると断言できる。もともと尚のために本格的に始めたサーフィンテクニックの研究の成果がこんなところで発揮されるとはちと予想外だったが。

そして、それほど深くは知らないとはいえ、自分に対する言動だって、社や光などの友達との接し方だって、落ち着いていて嫌味なところがなくて紳士的で。
尚の自信に満ちた態度が男らしいと以前は思っていたが、今になればあれは単に自分勝手で高飛車なだけなのだと思える。

んー、でも。
比べてどうするのよ。
なんで、バカショーと比べるのよ。


考えたくないのだが、思考がぐるぐると回っても、それはすり鉢の中を転がるビー玉のように、いずれは真ん中にある核心へとたどり着いてしまう。

そう……私、敦賀さんのことどう思ってるのかな。

さっきのドキドキはなんだったのか、あの現実逃避したくなるようなシチュエーションが産み出したものなのか。
そうだとしたら今蓮の顔を見てもまだ胸がざわつくのはなぜなのか。

「ごちそうさま」
考えていたら急に声がかかって、キョーコはガバッと顔を上げた。
「はっはい、ありがとうございます!」
慌ててカウンターから出て伝票を受け取り、内容を確認すると蓮を見る。
「あの、今日のお代は結構です。こんなことではご迷惑お掛けしたお詫びにはならないんですけど」
他の客がいたので、蓮から注文を受けたときはこの話ができなかった。頭を下げるキョーコに、蓮は驚いたように言葉を返す。
「そんな、俺がミスした結果なのに、そんなのやめてほしいな。お詫びなんていらないよ」
「ですが…」
「それにこれは君の商売に関わることだ。プライベートな問題とは切り離さない?」
「は、はあ」

考えてみれば蓮の献身を金で換算するようなことはむしろ失礼に当たるかもしれない。
「かえって失礼なことだったらごめんなさい、けど本当に申し訳なくて」
「いや、何度も言ってるように迷惑かけたのは俺だし、それに君にはたくさん救われてるからなおさらだ」

救われている。

朝にも言われたその言葉に、キョーコは疑問を覚えた。
「あの…私何もしてないですけど」
困ったような表情をじっと見つめると、蓮は笑う。
「俺の昔の話を聞いてもらえる?」
しばらく考えてからゆっくりと蓮は言い、キョーコはうなずいた。

「まだ十代のころ、俺には親友がいたんだ。年上で、友達だけど兄みたいな存在だった」
蓮は海の方を見る。遠くを、ずっと遠くを見つめているようだ。
「海のそばに住んでたから、よく一緒にサーフィンをしたよ。彼はすごく上手くて…俺は追い付きたかったけど全然追い付けなかった」
キョーコの脳裏に若い蓮の姿が浮かぶ。大人っぽい今の姿からは分からないが、昔はヤンチャだったりしたのだろうか。

「地元ではよく大会が開かれててね。一緒に出るんだけど勝てなくて。悔しくて懸命に練習した。それなりに上手くなったけど、彼も同じように上達するから差は縮まらなかった。そうして何年も経って…遠くを大きなハリケーンが通った日、モンスターウェーブが来たんだ」

普段乗れない、危険なサイズと威力の波。けれど蓮はその波に乗ろうと決めた。
「彼は最初は俺を止めたんだ。だけど説得して、最終的に彼も同意して…先に乗りこなせた方が勝ちだという話になった。その頃はお互い、かなりの場数を踏んでいたしね」

波は予想以上に高かった。目の前で崩れていくチューブは大人の背丈よりもずっと大きなものだ。ビーチには他にも無謀な若者の姿があったが、皆怖じ気づいて沖に出られない。
「俺も怖かったし、彼も少し躊躇してた。けど、結果として、最初にテイクオフしたのは彼だった」

やはり勝てない。そう悔しく思う気持ちは、巻き上がる波にリックが飲み込まれた瞬間かき消えた。
「巨大な波が次々と叩きつけて…完全に彼を見失ったんだ。周りに助けを求めて大騒ぎになって……けど結局、彼は生きて戻らなかった」

キョーコは目を見開いて蓮を見る。
蓮は少し苦しそうな表情で、話すことが辛いのではないかとキョーコは思ったのだが、蓮は続けた。
「何時間もしてから冷たい彼の体だけが戻ってきた。眠ってるみたいで、どうしたら彼がいつものように笑ってくれるのだろうって、そんなことを考えたりした。けど…時間が経ってようやくすべてが現実として認識されたんだ。闇のなかに落とされるような恐怖だった」

蓮は目を閉じて大きく息をつく。
それから自嘲気味に笑って静かに続けた。
「彼を殺したのは俺だ。俺が誘わなければ彼はあの日海に入らなかった」
「でも…!」
「うん、父や他の大人たちは皆同じことを言って慰めてくれた…けど、やはり俺はそうとしか思えなかったんだ」
そう考えてしまう気持ちはキョーコにもよくわかった。もし自分だったら、やはり同じように苦しんで自分を責めただろう。
「なぜ俺を巻き込まなかったんだと海を恨んだりもしたよ。波に乗る気にもなれなくて、サーフィンもやめてしまった」

そうか…それでなんだ。

キョーコの中で今までの蓮の行動が腑に落ちた。
蓮は親友の死をきっかけにサーフィンをやめた。だから今までの間にブランクがあったのだ。今サーフィンを再開していると言うことは、おそらくその傷も少しは癒えてきたのだろう。
だけどきっと、まだ不安や悩みがあって…。

「救われたって仰ったのは、そのお友達が亡くなったことと関係があるんですね」
静かに絞り出した言葉に、蓮はキョーコを見て、ゆっくり頷いた。
「…そう。もうサーフィンはやらないつもりだったけど、偶然石橋君に誘われてなんとなく気になってここにきた。向こうの海岸とは景色も空の青さも海の深さも違ったし、波は穏やかで…ここならもしかして、立ち直れるかもしれないって思ったんだ」
「敦賀さん、本当はずっとサーフィンをしたかったんですね」
「分からないんだ」

蓮は寂しげに微笑む。
「分からなかったんだ。何回か海に入ってみたけど、海は何も教えてくれない。彼が天国で恨んでいるのかも分からない。ただ、体は波の感覚を覚えていて…それがまた、昔の出来事が夢ではないんだと自分に突き付けてくるようだった」
「そんな辛い思いで波に…」

本来サーフィンとは楽しむものだとキョーコは思っている。
上達のためには苦しんだり悩んだり、辛いことだってある。それに海で波に乗っている以上、常に命の危険もある。それでも皆、望んで海に出るのだ。
一体どんな気持ちでこの海の波に乗っていたのだろうかと、キョーコはやるせない思いで唇をかんだ。
「けどね。君がここにいてくれたから、俺は段々と前向きになれたんだよ」
「でも私本当に何も」
「いてくれるだけでいい。朝海に出る前に君と少しだけ話して、君が嬉しそうに俺のライディングをほめてくれて、この店に来れば君の笑顔とおいしいランチにありつける。それだけで十分だったんだ」
困惑したキョーコとは対照的に、蓮は穏やかな笑みを浮かべていた。



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