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Catch the Wave (19)


おこんばんは、ぞうはなです。
粛々と続きです。




にわかに信じられない自分の中の想い。
キョーコは懸命にそれを否定した。

あんなバカで愚かなこと、二度としないって誓ったじゃないの。
違うわ、違うのよ。

「最上さん?」
顔を覗きこんだ蓮は振り返ったキョーコの頬に手を当てた。
「顔が赤いけど…お湯が熱かったかな」
間近から覗き込まれたキョーコは心臓が口から飛び出るほどの衝撃を受けた。
「ちちち、違いますっ。お湯はちょうどよくて…」
「そう?具合が悪いんだったら無理しないで言って」
心配そうな蓮の顔を見るだけでまた顔が熱くなってしまう。

どうしよう、挙動不審になっちゃうから顔合わせたくないのに…

目を逸らしたい気持ちと裏腹に、この優しい人から離れたくない気持ちが生まれてしまう。
尚に抱いた気持ちとこれは、同じものなのだろうか。
まさか、だって自分は蓮とただの知り合いではないか。

何回かこんな問いを自分にした気がする。考えてしまうことは蓮をただの客と思っていない証拠なのだと、遠いところで誰かが囁いているようだ。

キョーコが蓮から目を離せないでいると、同じく自分を見つめていた蓮の右手が肩にかけられた。
その手に力が入り、体が引き寄せられる。

なんで?とぼんやり考えているとゆっくり蓮の顔が近づき、そしてキョーコの頬、いや頬と言ってもほぼ口の端ほどの位置に柔らかい感触がおりてきた。
触れた部分が熱い、とまずそれだけが頭に浮かび、直後に一気に状況を把握する。

ぴく、と痙攣するように上げられたキョーコの手に気付き、蓮は顔を離した。
「……つ、つるが……さん?」
「…うん、だいぶ温まったかな。唇の色も戻ってきたみたいだ」
肩にかけられた手がするりと外れ、そのまま前に伸びて水栓を閉じる。

バクバクと激しく打つ心臓の音がうるさく、喉がきゅうっと閉まるようで、キョーコはおろおろと視線をさまよわせる。すると、湯船の縁に置かれた蓮の左腕が目に入った。
男らしい輪郭の長い腕の手首には大きめの腕時計がされていて…

時計?…ああああっ!開店時間!!

キョーコはガバと蓮の左腕をつかむと腕時計の文字盤を覗き込んだ。
時刻は11時40分。

「ひゃあああああああ!た!大変!開店時間過ぎてる!」
思わず叫んで湯船から立ち上がろうとしたキョーコの肩を、蓮は後ろから静かに押さえる。
「待って。ちゃんと温まってないとだめだ」
「いえもう大丈夫です」
「君は責任感が強いから店を開けるほうを優先すると思って俺がここにいるんだ」
後ろから伸びた蓮の両手がキョーコの両手を包み込み、キョーコは再び先ほどの蓮の行動を思い出して挙動不審になる。

「…確かにもう震えてはいないみたいだけど、本当に無理はしてないね」
「本当の本当に大丈夫です。震えも止まりましたし、寒気もありません」
振り向いてきっぱりと言い切ったキョーコの頬は少し赤い。蓮はそれを真顔でしばらく見つめてから口を開いた。
「…分かった。じゃあ俺はこっちを向いてるから」
そう言って蓮は体をひねり湯船の奥の壁の方に頭を向けた。その瞬間、キョーコは自分の格好を改めて思い出して羞恥の渦に放り出される。
しかし今、全てにおいて優先されるのは店を開けることだ。
「し、失礼します」
キョーコはそう言うとおそるおそる立ち上がり、びしょ濡れのショートパンツを思い切って洗い場で脱ぎ、風呂場から出た。


はーーー!恥ずかしいったら…!!

しゃがみこみそうになるのを何とかこらえると、キョーコは濡れた衣服を傍らの洗濯機に放り込んで蓋をする。それからバスタオルを体に巻きつけると自分の部屋へと駆け込んだ。



何を…しようとしたんだ……?

蓮はひとり残った浴室で、がりがりと頭をかきながらため息をつく。
仕方なかったとはいえ、キョーコにとってはひどく屈辱的なシチュエーションだったと思う。その上に(かろうじて)頬とはいえキスまでするなど、なんとかハラスメントで訴えられたとしても申し開きは出来ない。
改めて考えてみても理屈ではなかった。自分を見つめてくるキョーコの顔を見ていたら、伸ばした手を止める事ができなくなったのだ。


そう、そうだ、最高のコンディションの波が目の前でブレイクしたら…逃すわけには行かないだろう。

そう考えてしまい、蓮は我に返って両手でばしゃっと顔に湯をかける。
女性の気持ちとサーフィンを一緒にするなど、失礼なことだ。だけどそう、さっきのキョーコの表情は、そういう期待が出来ると思ってしまうもので…

気のせいか?と考え込んだところで浴室の外から声がかけられた。
「敦賀さん、お着替え車から持ってきますけどどこにありますか?」

蓮は洗い場に脱ぎ捨てたウエットスーツに視線をやる。
確かにこれをもう一度着てもおかしいし、このまま出ると水着を着ているとはいえやはりおかしい。
「ありがとう…ラゲッジルームにカバンが入ってて、そこにあるんだけど、ごめんね」
「いえ、とんでもない。少しお待ちください」
キョーコはパタパタと軽やかな足音を響かせて去っていった。


キョーコが持ってきた服に着替えた蓮は店につながるドアを細く開けた。
店内に他の客がいないことを確認するとカウンター内にいるキョーコに声をかける。
「店の中も濡らしてしまってすまなかったね」
「あ!いえ!そんなこと、私のせいですし…あ、ウエットスーツ干しておきますので置いておいていただいて大丈夫ですよ」
「いやそこまでお願いするのは申し訳ないよ。大丈夫、周りを濡らさないように持って帰るから」
「いえほんとに」

食い下がるキョーコに蓮はくすりと笑うと、頬に手を伸ばした。
「よかった。さっきは本当に顔も真っ白で…冷えきってたから」
「ほ、ほんとにご迷惑おかけして…」
「迷惑かけたのは俺だ。お店は大丈夫だったかな」
「はい、ちょうど雨がやんだので、これからお客様いらっしゃるかもしれません」
キョーコの視線につられて蓮は外を見た。
先程に比べると外はだいぶ明るくなっていた。早いスピードで雲が流れ、切れ間から青空が覗いている。波はまだ高いが、嵐は過ぎ去ったようだ。

「自転車とサーフボードを回収してくるよ。戻ってきたらランチを食べたいな。今日の日替わりはなに?」
「あっ。ありがとうございます!今日はポークジンジャーです」
「そうか、楽しみにしてる」
蓮は微笑むと店を出ていった。

やだもう。ドキドキしちゃうのはなんなの~。

頬に触れられたときに蓮の手が温かく、思わずさっきの唇の感触を思い出してしまった。
取り繕うので精一杯だ。今後どうやって話したらいいのか、今まで自分はどんな態度で接してきたのか、わからなくなる。

「こんちはー」
自分の顔を両手で覆って立ち尽くしていたキョーコは、ドアのベルの音に顔を上げた。
常連のサーファー2人組が店に入ってくる。

「いらっしゃいませ」
「嵐みたいだったなー」
「そうですね、大丈夫でしたか?」
「降り始めたら寒くなったからそうそうに上がっちゃったよー。この時期まだシーガルじゃ寒いな」
「寒くなくてもあの波にゃ乗れねえよ」
「だなあ」

笑いながら席に着く2人に水を運びながら、ふとキョーコは考える。

もしこの人たちが今朝から海に出てるって聞いてたら…私は様子を見に行ったかしら?

考えるまでもない。
身に行ったりはしなかっただろう。答えは出たようなものだが、キョーコはまだそれを懸命に否定したのだった。


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