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Catch the Wave (17)


こんばんはー。ぞうはなです。
さてさて、続きでーす。





ごごうっ

時折突発的に強い風の吹きぬける音が聞こえる。雨は降っていないがこの天気の変わり方から見ると降り始めるのも間もなくだろう。
店の中から見える海は明らかに時化て、普段なら青く小さい三角の波が整然と並ぶ辺りに白い泡が立っている。

キョーコはぺたりとガラスにへばりつき、外の様子を伺っていた。
「敦賀さん…大丈夫かな」

外の様子が変わったことに気がついた瞬間からキョーコの頭にあるのはそのことばかりだ。
蓮はもう上級者だから心配いらない、という考えと、それでもこの海岸の危険な箇所を蓮は知らず、特に今日は初めてのポイントにいる、という心配な気持ちの間を行ったり来たりして、なかなか落ち着かない。

「見に行ってみようかな…」
お節介だとは思うのだが、蓮が店に顔を出すまでは安心が出来ないので、このまま店の中で天候が悪化するのを見守るのも落ち着かない。

それにしてもいつぐらいから荒れ始めたんだろう…?

すっかり下ごしらえに集中していてまったく気がつかなかった。
予想していなかった急変だが、今の風と波の様子を見ていれば分かる。ここの海岸は山から直接海に落ちるような地形のせいか、山のような天気の変わりやすさだ。雨が降り出せば激しくなり、風もしばらくは強いだろう。
こんな天候のときの堤防そばの海は危険なのだ。サーファーが遭難する事も、そのまま帰ってこない事も、子供の頃から今までに何回もあった。

「今から行って帰ってきても開店には間に合うし…行ってみよう!」
口に出してみると、それほど悪いアイデアでもなさそうに思える。
きっと蓮は駐車場にいるだろうから、店に早めに来ても大丈夫だと告げればいい。そう、それだけだ。

決めたらキョーコの行動は早い。
エプロンをはずしてカウンター内の電気を落とすと店の入り口に鍵をかけ、店の脇に止めた自転車にまたがり海岸への坂を一気に下りる。

坂をおり始めたところでキョーコのおでこにぽつりと水滴が落ちた。
「あ…!レインコート着てくればよかった」

落ち着いて考えてから店を出たつもりだったが相当慌てていたらしい。
これからもっと天気が荒れると蓮に伝えるのに、自分がそれに対して準備をしていないとは。けれど坂を戻るのも時間のロスだ。

濡れたって着替えればいいだけじゃない!

キョーコはそう自分に言い聞かせると、ばらばらと降り始めた大粒の雨の中、強くペダルを踏み込んだ。


雨…か?

頭に当たる感触に気づいた蓮は空に顔を向けた。
途端にばたばたと頬や鼻に大粒の雨粒が落ちてくる。海で波をかき分けて滑っているとずっと波しぶきが当たるので、しばらく気がつかなかったようだ。いやそれ以上に、蓮は波に乗ることに没頭していたのだ。
気にしてみれば雲は黒く、大量の雨をその中に含んで「今から一気に落とすぞ」と言っているようだ。
そろそろ上がるか、と蓮は思ってみたが、風が強くなるのと同時に波も高くなってきて昔のような感覚で波に乗れそうだ。海からの強い風が波を荒らすが、それも今日は気にならない。


とはいえ、無茶は禁物だし、時間は早いけど…あと1、2本で終わりにするか。
波が高くて結構体力使ってるしな。

そう考えると蓮は沖に向かってサーフボードを進め、次の波を待つ。雨の降り出しとともに浜近くに数人いたサーファー達も上がってしまったのか姿が見えない。これだけ波が大きく荒れていると沖に出るだけでも体力と技術が必要なので仕方がないかもしれないが。

小さい波をいくつかやりすごすと、少し沖で海面が大きく盛り上がるのが見えてきた。
たまにくる大きいサイズの波が、今日一番の大きさになっているようだ。蓮はタイミングを合わせて岸に向かってパドリングを始め、波がブレイクするタイミングに合わせてテイクオフする。

でかいな…

頭を超える大きな波。
蓮はかつてカリフォルニアの海岸で乗った波を思い出しながらボードを滑らせる。波のトップで大きく空中に飛び出すとボードを180度回してボトムに向かう。

ここからカットバックでつないで…そう、これはリックの得意な技だったな。


存分に板を走らせて気がつけば、堤防がかなり近くまで迫っている。
蓮は止めたボードを両手でつかむとボードの上に腹ばいになったが、その直後すぐ後ろに大きな波を受けて軽く波に巻かれた。海面に顔を出そうとして、強い力で体が一方向にぐんと引かれるのに気がつく。
海中でなんとか体勢を立て直すとすぐそばに堤防の周りに沈められたテトラポッドがあり、危険を感じて身をひねった。


しまった、カレントに巻き込まれたか…!


海には、押し寄せる波と逆行して岸から沖に向かう強い流れが発生する。波が激しいとこの流れも強くなるのだが、どうやら蓮はこれに巻き込まれたようだ。
蓮は海面に顔を出すとリーシュコードが体に巻きついていないことを確認した。激しい流れに抗うことも出来ず、しばらくしてなんとかサーフボードをつかんでその上に腹ばいになったが、岸はあっという間にかなたに去っていく。
蓮は教科書どおり岸に向かって直角にパドリングをはじめ、やがて流れから抜けた。

強烈な流れから抜け出して一息ついた頃には岸は遠く霞んでいた。蓮が沖への流れに巻き込まれて流されたためだが、雨が叩きつけるように降り始め、雨粒と波しぶきを風があおり上げているせいもある。
蓮はサーフボードに腹ばいになったまま状況を確認した。

雨と風は相変わらず強く、波も大きい。
岸は遠いが見失ってはいない。
気温も水温も低いが、着ているウエットスーツはフルスーツで体温は問題ない。
岩やテトラポッドとの接触はなく、怪我や痛みも感じない。

体力はだいぶ消耗している…焦らず確実に戻ればいいな。

白くかすむ海岸を視界に入れて、蓮はゆっくりと腕で水をかきだした。


荒れ狂う波をかき分けていくのは体力を消耗する。
波に乗ればよさそうなものだが、どんどんと流されるため自分の目的地にたどり着くのはかなり大変なことだ。
とはいえ、荒れた海でサーフィンをするならばこのくらいは自己責任。蓮は慌てることなくゆっくりと確実に岸へと向かっていた。


こういう状況になったら…もっと色々考えると思ったんだけど。

蓮は昔を思い出していた。
海から戻ってきた動かないリック、その冷たい体にすがり付いていたリックの恋人のティナ。さすがにその時のことを考えると目の前がぐらりと揺らぐし心臓が激しい音を立てるが、以前のような絶望感はだいぶ薄れている。それが不思議だった。
リックの死に責任と後悔を感じ、自分も海で死ねるならそれでもいいと思ったこともあったが、今の自分は帰ることしか考えていないし、帰れるとどこかで信じている。

その理由は……


岸が近づくにつれて雨は激しくなってくる。
蓮は波に巻き込まれないよう慎重に進んだ。それにしても先ほどから、浜辺に見えるものが気になって仕方がない。波打ち際にぽつんと、人影のようなものが見えるのだ。まさかこんな荒天の中、人がいるわけもないのだが、あんなところに岩はなかったと思うし、先ほどから少し沖に向かって動いているような気がする。

やがて蓮はもう少しで足がつくというところまで来て、先ほどから気になっていたものがなんであるかを認識した。
認識してもまだそうと信じられなかった。それは最初に疑った通り、人だった。

「もしかして…最上さんか!?」
大声で呼びかけてみるが、聞こえているのかどうかも分からない。波に乗って一気に浜に近づけば、それは確かにキョーコだった。
膝まで水につかり、寄せる波の中懸命にふんばってこちらを見ている。

蓮は腰の深さのところでサーフボードから下り、ざぶざぶと波をかき分けてキョーコに近づいた。
「最上さん…こんなところで何を?波にさらわれたらどうするんだ!」
「…敦賀さん……ごめんなさい…よかった、無事でよかった…!」
弱々しい笑みを浮かべて見上げてくるキョーコは、髪も顔も服も何もかも雨と波でびしょぬれだ。

「最上さん…もしかして俺を待って?」
「沖にちょっとだけ姿が見えて…助けを呼ぼうかと思ったんですけど離岸流からは抜けていたようだったので……」
話はかみ合っているようだがキョーコの目の焦点はどこかぼんやりとしている。改めてちゃんと見ればその顔面は蒼白で、唇は紫を通り越して土気色に近くふるふると震えている。

蓮は自分の手の平をそっとキョーコの腕に当ててみた。
「最上さん、一体君はいつからここにいたんだ?」
「……よく覚えてません」
厳しい口調の蓮に、しばらく間を空けてからキョーコが答える。その腕はひんやりと冷たかった。

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