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Catch the Wave (15)


おこんばんは、ぞうはなです。
相変わらずののんびり更新です。





社と蓮は1時間もしないうちに席を立った。

「ごちそうさま」
カウンターに会計に立った社は横の壁に貼られたポスターに目をやる。
「そういえば明日、この大会見に行くよ」
キョーコは伝票の計算をしながら顔を上げた。
「あ、そうなんですね。これお客さんに頼まれて貼ってるんです。去年もすごく賑わったみたいですね」

貼られたポスターはこの週末に行われるアマチュア向けのサーフィン大会のものだ。キョーコの店のある町から電車で3つほど行った、程近いビーチで開催される。ビーチの規模も知名度もそちらの方が上のため、この町の地元サーファー達もよく足を伸ばす場所だ。

「出場する人も多いみたいですけど、社さんは出られないんですか」
「さすがに俺はいいよ。いい年だし、趣味でやってるだけだし」
にこやかに首を振る社は横に立つ蓮をちらりと見た。
「お前も出ればよかったのに」
「俺もいいですよ。人と争うつもりもないです」

敦賀さん、出場したらあんなバカよりいい成績とりそうだけどなあ。

キョーコはレジを打ちながらそんなことを考えるが、"あんなバカ"のことを考えるとムカムカするのでやめることにした。"あんなバカ"が出場するのを自分が知っているという事もなぜか蓮には知られない方がいいような気もした。

「光たちも行くって言ってたし、見るだけで混みそうだな。蓮は行かないって言ってたっけ」
「俺はここでのんびり波に乗ってますよ」
「まあそれもいいかもな、向こうが混む分こっちが空きそうだし」

会計ボタンを押したキョーコはニコニコと言った。
「明日は地元グループの人も大会に出たり見に行ったりしますから、本当に空くと思いますよ」
「あ、じゃあお前、堤防の方のポイントに行ってみたらどうだ?」
社が金を払いながら思いついて言う。
「奥のですか?」
「そうそれ。いつも地元グループが優先的に入ってるけどさ。明日はいいんじゃないか?」

社が言っているのは、いつも尚のグループがサーフィンをしている場所のことだ。
海底の地形や向きが影響するのか、店に近いポイントとたいして離れてはいないがいつも堤防側の方が波が大きい。その分地元サーファーが多いためビジターには入りにくい雰囲気がある。

キョーコもうんうんと頷いて社に同意した。
「ああ、それはそうですね。私からもお勧めします。駐車場もありますし。波は大きめですし楽しいと思いますよ」
「…なるほど。確かにそれもいいかもしれないね」
「朝お会いできればポイントのこと説明できますし……ってごめんなさい、敦賀さんには不要ですね」

店に近いところはブレイクポイントが岸寄りだが堤防のポイントは沖側だ。
キョーコはそう考えてつい言ってしまったのだが、考えてみれば蓮だったらその場に行けばそれくらいの事は分かるだろう。

「最上さんがあっちまで足を伸ばすのは大変だろう」
「そうでもないですよ。いつも買い物はずっと先まで行ってますし」
社にレシートとお釣りを返しながらキョーコは返事をする。
仕入れもないのにわざわざ堤防の方まで行くなんてまるで蓮の追っかけのようじゃないかと、嫌がられないかとひやひやするが、なんとか平静を保った。
「ありがとう。もし時間があったら教えてもらおうかな」
「私が説明するより海に入っちゃった方が分かるかもしれませんけど」
「そうでもないな、風向きや波の変化は絶対君の方が詳しい。けど本当に時間があったらでいいから」

じゃあ、と社と蓮は出ていき、「ありがとうございました」とキョーコは丁寧に頭を下げる。

本当に蓮は自分の説明を必要としているのだろうか。
半信半疑ではあったが、朝自分が蓮の元を訪れることをうっとうしいと思わず受け入れてくれているのならばそれだけで嬉しい。
明日は海辺も空いているだろう。キョーコはなんとなく明日を待ち遠しく思っていることを自覚はしていなかったが、夜の天気予報チェックには少しだけ力が入ったのだった。


翌朝。
空は深い青と水平線からもくもくと立ち上る夏雲のような雲に彩られていた。
「景色と気温だけなら夏みたい」
キョーコは海を見ながらそう思う。
5月も終わるこの頃は天気がよければ日中は汗ばむほどに暑く日差しも強い。早朝の涼しさと海の水温の低さだけが、まだ夏の訪れが少し先である事を教えてくれるくらいだ。

堤防近くの駐車場にはすでに蓮の車が見える。
近づけば蓮もこちらに気がついているようで、軽く手を上げられてキョーコの顔がほころんだ。

「おはようございます!」
「おはよう。わざわざありがとう」
「そんな、お礼を言われることじゃ」
キョーコは自転車から下りて蓮を見た。蓮はいつものようにウエットスーツを着ていて、準備万端でキョーコを待っていてくれたようだ。
「やっぱり今朝は空いてるね」
「ですねえ」
普段ならこの時間、ここは地元サーファーがかなりいるのだが、今朝は2人ほどしか姿が見えない。
「けど少し風が強いですね。オンショアだから波が乱れちゃうかも」
「大会は大丈夫かな?」
「向こうは海岸の向きが違うので大丈夫じゃないでしょうか」
「さすが、詳しいね」
「いえ…」
駐車場の海側にある腰の高さほどのコンクリート塀に蓮が座ったので、キョーコは自転車を近くの端に停めた。
「君がサーフィンをしないのに海やサーフィンに詳しいのは、彼のため?」

唐突にされた質問に、キョーコは目を丸くして立ち尽くした。しばらく黙って蓮を見つめていたが、静かに頷く。
「……そうです。小学生の時からずっと、あいつの夢はプロサーファーになる事で…いつの間にか私の夢は、そんなあいつの夢を支えることになっていました」
「彼のために波を読み、天候を読み…?」
「はい、天気の事もサーフィンの事も勉強して、この海の観察を毎日して…役に立てるようにって思ってました」
「…今も?」
「まさか!」
ぽそぽそとしゃべっていたキョーコだったが、この一言だけは叫ぶように言った。
「もうそんなつもり、全然ありません!あんなバカに尽くしてた昔の私がバカだったって痛感してますから!!…でもそのおかげで夢に近付けたんです」
「夢?」
「はい!あいつ、プロサーファーになってサーフショップをやって、ていうことをよく言ってたんです。だから私段々、サーフショップに併設するカフェを開きたいなって思い始めて。あいつと一緒にできればなんて、バカみたいですけど。…結果、"カフェをやりたい"っていう夢だけが残った形で」
きゅ、とキョーコの両手が握りこぶしを作る。
黙ってそれを見ていた蓮は、キョーコの唇が引き結ばれているのを見て口を開いた。
「ごめんね、いきなり変な事聞いて」

「いえ……」
謝られる事ではないが、なぜ急にそんなことを聞かれたのか、確かによく分からない。
「不思議だったんだ。噂通りに君と彼が婚約してて、彼が裏切ったんだとしたら……なぜ君はまだここにいるんだろうって」
「こ、婚約してた訳じゃ」
「うん、それは違うって聞いたけど。それにしたって、君が裏切られたのは確かだろう。それはあの店が君のために作られたことからも分かる」
「……」
キョーコは視線を地面にやった。
蓮の言う通りだ。この町の大人たちは皆分かっている。
『最上キョーコの店は松月亭からの慰謝料代わりだ』と。


「君は相当辛い思いをしたはずだ。なのになんでこの場所を離れようと思わなかったのかなと…思ったんだ。海を見るだけで辛くはならないんだろうかって」
キョーコは顔を上げると蓮を見つめた。海を見ていた蓮はゆっくりと顔をキョーコに向ける。
「不思議と言うより…聞きたかったんだ。どうして君はそんなに強くいられるのか。……俺は逃げ出したから。海から」

「逃げる…ですか」
キョーコは腕を組み、眉間にしわを寄せる。
「なんで私が逃げなくちゃいけないんでしょう」
不満げに漏らされた言葉に、今度は蓮が目を丸くした。


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