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Catch the Wave (9)


おこんばんは。ぞうはなです。
ようやく主役がでばってきました。





凪だな…

蓮はぼんやりとそんなことを思った。海に入ったときはそこそこの波が立っていたのに、何本か乗ったら急に風もやんで海が眠っているように穏やかになってしまった。

サーフボードにまたがって海面に浮かんだまま蓮は空を見上げた。
4月も中旬に入ったこの日は朝から空気がぬるく、空は深い青だ。浮かんでいる雲も輪郭がはっきりとしていて夏空のように見える。

急に蓮の中に違うビーチの光景が甦ってきた。深い深い青色の空、輪郭がはっきりした白い雲、白い砂と海岸沿いの道に続いていく背の高い緑色。そして同時に胸の奥に鋭い痛みが走る。

違う、ここは違うんだ。

慌てて陸地に目をやる。砂浜の奥にテトラポッドと更にその一段上には日本らしい住宅街が見えて、息苦しかった呼吸が少し楽になった。

俺はまだ…まだ駄目なのか。
それに………結局、海はつながっているんだ。

沖の遠くに目をやると、蓮は一度上がることにした。
先ほど視界の中に入った駐車場に人影が見えていた。もしかしたらあれはキョーコかもしれない。キョーコと言葉を交わせばこの胸の痛みが和らぐようなそんな気がして、蓮は「この凪の理由がもしかしたら彼女から聞けるかもしれないし」と無理やりに別の理由をつける。

蓮が砂浜に近づくころ、駐車場には人影が増えていた。どうやら先にいた人と後から来た人は会話をしているようだ。

石橋君かな?

2日連続この時間にここに来るとは、光もキョーコと話したいのか、と小さいため息をついて海からサーフボードを抱え上げた。


「何してんのよ、こんなとこで」
「…別に」
駐車場に後から来たのは蓮が考えていた人物とは違った。必然的に会話の調子もまったく違う。
海を眺めていたキョーコと後からそこにやってきた尚の雰囲気は一触即発といったところか。

「で、お前は何してんだ」
「散歩」
「こんな朝早くに?ババくせえ」
「いいじゃないのよ何だって。自分だってこんなジジくさい時間にここにいるんだから」
「は、サーファーが朝早いのは普通だろ。それよりお前」
「なによ」
「メニューからあれは外せよ」
「あれ?あれって何のこと?」
訝しげな顔でキョーコはぶっきらぼうに問う。いつもこうなのだ。この男はぞんざいな口調で、それで伝わって当然だと思っている。

それで以心伝心の夫婦みたい、なんて喜んでた昔の私を殴りたいけどね。

ムカムカとこみ上げる何かを感じながらキョーコは返事を待つ。
「…だよ」
「え?」
「何回も言わせるな!プリンだよ、プリン!」
耳元で怒鳴られてきーーーんと耳鳴りがする。

「怒鳴らないでよ!」
反射的に怒鳴りながらもキョーコは尚の台詞を頭の中で反芻する。
「プリン…?なんで…?」
「あんなの客に出すなんて頭おかしいんじゃねーのか」
「なんでよ、あんただって昔は喜んで食べてたじゃない」
「ばっ…!喜んでねーよ!仕方なく食ってやったんだ!」
「…結構好評なんだけど?あれ。あんたの下らない意見でメニューから外すって言うんなら、当然責任取れるんでしょうね?」
「お前が俺の名前を出せるんなら好きにすりゃあいいんじゃねーの?」
腕を組んで呆れたように尚を睨みつけていたキョーコだったが、その一言で顔色が変わる。
「な…」

そこへのんびりとした声が響く。
「おはよう、最上さん」

はっと振り返ったキョーコの目に、ウエットスーツ姿の蓮が駐車場への階段を上がってくるのが見えた。
「お、おはようございます!」
「君は……よく向こうにいる…」
蓮がちらりと堤防の方に目をやり、尚を見つめた。
「不破君だっけ。おはよう」

ふん、と尚は口の端を吊り上げた。
「あんた今、俺やっぱり有名人だなんて思ったでしょう、恥ずかしいわね」
即座にキョーコは尚の表情を読みとって鋭く指摘する。
「うるせー」

ぷいと顔を背けた尚に蓮が穏やかな口調で問う。
「今日は海に入ってないの?」
「別に…波がいいときだけでいい」
「まあ確かに、今日は凪いじゃったからね」
「…にしてもあんた地味だよな」

地味?

キョーコは耳を疑った。
Tシャツとジーンズで立っているだけで周囲の視線を集めてしまう男を捕まえて地味とは、どういう意味なのか。まさか自分の方が目立つとか、そんなことを言いたいのか、この身の程知らずが。

怒りのボルテージが一気に上がったキョーコを無視して尚は言葉を重ねる。
「乗り方が地味。アップスだけで全然技入れねーしさ。もしかしてまだ初心者?」
「ありがとう、わざわざ見ててくれたんだ」
「ちっげーよ!たまたま通りかかった時に目に入っただけだ!」

尚はやや慌てて否定した。蓮は脇に抱えたサーフボードに視線を落とす。
「…ブランクがあるからね。感覚取り戻してる最中だよ」
「へぇ。おっさんになってからまた始める奴もいるんだな」
「ああ、そうだね」
突っかかる尚に対して蓮は爽やかな微笑みで穏やかに返した。キョーコは尚をたしなめようと思うもののなんとなく迫力に押されて口を挟めない。
「ならおっさんらしくノンビリやるんだな」
尚は言い捨ててくるりと踵を返す。
「ちょっと…!」
一体ここに何をしに来たのだとキョーコは憤慨するが、尚はじろりと2人を睨みつけただけで去って行った。

やれやれ、と蓮はサーフボードを車の脇に下ろし、キョーコをちらりと見た。
「なんだか随分と楽しそうだったね」
「た、楽しそう!?とんでもない!誤解です濡れ衣です!」
「でも、さっきの君が素の君じゃないかな。お店にいるときの振る舞いとは違うよね」
「……」
ぐう、と黙ってしまったキョーコに、蓮は息を一つ吐いた。
「ごめんね、別に悪いと言ってる訳じゃないんだ。ちょっと驚いただけ」
「おどろ……?」
「いつもニコニコしてる君が、こういう面もあるんだって」
「お、お恥ずかしいところを…できれば忘れてください!」

キョーコは恥ずかしいというよりもばつの悪そうな顔で頭を下げる。
「彼氏なの?」
「へ?」
「不破君。ちらっと噂を聞いたけど、それは抜きにしてそう思った」
「ち!!違いますよ!あれは単なる幼馴染で」
「婚約者じゃなくて?」
「…違います、噂でそんなこと言われてるかもしれないけど、それも誤解なんです。本当に単なるただの幼馴染ですから」

ふうん、と蓮は納得してからにこりと笑って口を開いた。
「けど気をつけた方がいいよ。君の噂を知ってる人が今みたいなやり取り見たら、『復縁した』と思うだろうから」
「冗談じゃないですー!」
キョーコは大慌てで両手を振って否定した。



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