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Catch the Wave (5)

こんばんはー。ぞうはなです。
思ったよりまったりと進むこの話…。





桜があっという間に咲いてあっという間に散ると、日に日に海岸は賑やかになってくる。
とはいえまだ海の水は冷たいままなので、サーフィンを楽しんでいるのは冬の間も波に乗っているサーファー達だけではあるのだが、風は心地よいため海岸にいる人の数は増えてくる。


同じ時間でも明るいと気分が違うわよね。

すでに完全に姿を現している太陽の光を浴びながら、キョーコは自転車のペダルをこいでいる。冬場は真っ暗で寒い時間だが、これからどんどん明るく暖かくなる。もっとも真夏などはこの時間でも汗をかくので気持ちいいとは言い難いが。
海岸沿いの道から国道へと上がる坂道の少し手前にある駐車場に差し掛かると、キョーコは自転車から下りてよいしょとスタンドを立てた。丘から緩やかに吹き降ろす風が海へと抜け、空に浮かぶ雲は輪郭がはっきりとして気持ちがいい。

キョーコは駐車場から海岸へと下りる階段の上に立つと思いっきり背伸びをした。
海にはまだ、地元のサーファーが一人波を待つだけで静かな波の音が聞こえる。


今日は波がいいのに人が少ないかな…しかも土曜日なのに。
さて、静かだしちょっとだけ休憩していこうかな。

キョーコがそう考えて階段に足を踏み出したとき、駐車場に入ってくる車の音が聞こえた。
何気なく振りかえると止まったのは1台のワゴンで、すぐに運転席から一人の男が下りてくる。キョーコはその顔を見て、「あ」と小さく声を漏らした。

海を見ながら車から歩き出した男もキョーコに気がついたようだ。キョーコが自分を振り返っているのを認めると小さく頭を下げ。
「おはようございます、敦賀さん」
キョーコは笑顔で声をかけた。男はゆっくりと歩いてキョーコに近づいてくる。
「おはようございます。早いですね」
「敦賀さんもお早いですね」
「ええ、朝の方が波もいいし空いてるし。これでものんびり来た方です」
言いながら蓮は傍らに停められた自転車に気がついた。自転車は前のカゴにも後ろのカゴにも野菜が満載だ。
「もしかして買い物帰り?」
「はい。今日の分の仕入れです」
「それは…大変ですね」

蓮はキョーコの横に立ち、海の方に視線をやった。キョーコは蓮の顔をちらりと盗み見ると、少し躊躇ってから口を開く。
「あの…敬語じゃなくていいですよ」
「え?」
意外な事を言われた、という顔を蓮はする。
「いえだって、私の方が年下ですし、お客さん皆さん気さくに接してくださるので」
「ですけど…」
「あー…その、お客さんに敬語を使われると私の方が逆に気にしちゃうというか…」

ごにゃごにゃと恥ずかしそうに言うキョーコに蓮はくすりと笑った。
「そっちの方がいいと言うなら…俺も気楽に話すけど」
「ぜひそうしてください!」
食いつき気味に言われ、蓮はまた笑う。

「それにしても仕入れってこんなに早い時間にしてるんだ」
「はい!けど市場で仕入れてくる八百屋さんはもっと早いんです。真っ暗な内からですからね」
「けど…君はこれから1日厨房で格闘だし」
「お客さんが来てくださって忙しいのは嬉しいことですよ!」
「商売人の鑑だな」
くすくすと蓮は笑う。自分は何かおかしいことを言ったかとキョーコは少し赤面するが、顔を上げて海を見た。

「今日は午前中いっぱいくらいは波がよさそうです!上げですし、風も穏やかですし、楽しそうですよ」
蓮はにこにこと話すキョーコの顔を見つめて、首をかしげた。
「君も…サーフィンをするの?」
キョーコはきょとんと蓮を見返す。
「いえ。昔ちょっとだけやったことありますけど、そんな全然です」

キョーコの答えに、蓮は少し経ってから口を開いた。
「けど……それにしては波に詳しいよね」
ああ、とキョーコは苦笑気味に頷く。
「小さいころからずっとここにいますから。毎日見てるから分かるだけです」
「…そうなのかな。サーフィンやらない人がそんなことに詳しいなんて、ちょっとびっくりしたんだけど」
「そうですか?でもお店のお客さんは海水浴の方よりサーファーの方の方が多いですから。聞きかじりです」

実際に海に入らなければ何がサーフインに向く波かなんて分からない。
蓮はそう思ったのだがそれ以上の質問はやめた。気のせいかもしれないが、キョーコはニコニコしつつもそれ以上聞かれたくないような、そんな気がした。

「さて、私店に戻りますね」
「ああ、気をつけて」
「敦賀さんもお気をつけて楽しんでください。よろしければお店に寄ってくださいね」
「うん、多分後で行くよ」
今日は石橋くんがいるからね、と蓮は心の中で付け加える。光が蓮にはっきり告げた訳ではないが、光の態度や周りの冷やかしかたを見れば光の気持ちは大体わかる。

けど確かに、石橋くんが、いやあの店に集まる客の多くが彼女に好意を抱く気持ちは分からなくないかな…

蓮は先月初めてここの海を訪れてから数回キョーコの店を訪れていた。
どれだけ忙しくても常に元気な笑顔を浮かべ、精一杯客をもてなそうとするキョーコには、接するだけで元気をもらえる気がする。

今だってね。

ほんの少し話しただけで、なんだか爽やかな気分だ。自分も頑張ろうと、そんな気持ちにさせられる。
ふと振り返ると、キョーコの姿は既に坂の途中にあった。重い自転車を立ちこぎで上る姿は大変そうだったが、それでも何故か軽やかに見えた。


「パスタランチおまたせいたしました」
「千織ちゃん、注文いい?」
「はい、ただいま!」
「お待たせいたしました、3名さまこちらにどうぞ」

昼はとうに過ぎていたが、キョーコの店の混雑はようやくピークを過ぎたくらいの状態で、まだまだ大盛況だ。

「こんにちはー。っと、まだ満席だね」
「いらっしゃいませ!少しだけお待ちいただけますか」
「うん大丈夫」
ドアを少しだけ開けて顔を出した光と千織の間で短いやり取りが行われる。光たちはしばらく外で待った後、出て行った客と入れ替わりに店内に入ってきた。

「こんにちは」
先頭で店に入りにこにこと挨拶をした光が一番奥のテーブルに座る男の姿を見て一瞬眉をひそめる。しかしすぐに表情を戻し、何もない風に隣のテーブルについた。

「今日は結構すごいね」
「開店直後からばたばたです。急きょ天宮さんにも来てもらいました」
注文を取りにきた奏江は普段どおりのクールさだが、若干疲れが出ているようにも見える。
「そっかー。今日天気いいしね。えと、全員日替わりランチで」
「日替わりランチ4つですね。ご飯大盛にしますか?」
光が同じテーブルに着く社と蓮、雄生を振りかえると、全員が頷く。
「うん、じゃあ全部大盛で」

奏江が下がってから社が少し驚いた顔で蓮を見た。
「お前なんだ、この店でだけは食うことにしたのか?」
「…いやまあ、なんとなく腹が減っただけです」
「この間も大盛にしたよな」
「社さん来いひんかったその前の時もですよ」
雄生がすかさず補足する。へえ、と社は蓮を見るが、蓮は涼しい顔で外を眺める。

と、蓮たちの隣の席の一団ががたがたと立ち上がった。途端にカウンター席にいた女性が声を上げる。
「あーーもう行くの?まって、うちらも」
テーブルから離れようとした男が渋い顔で口を開いた。男は整った顔立ちだがあまり愛想はよくないようだ。
「後からくりゃいいだろ」
「もう終わってるし一緒に行くって」

男は女性の前に置かれた皿を一瞥する。
「終わってねえだろ、まだ」
「えぇ~~、だってもうお腹いっぱい。ねえ?」
若い女性はお腹のあたりをさすると、隣に座ったもう一人の女性に同意を求めた。
「うん」
こちらの状況も似たようなもの。2人の食べた皿はサンドイッチの1/3くらいが残ったままだ。

「…食いきれねえのに頼んでんじゃねえよ」
男の語気は荒くなる。
「この店初めてじゃねえなら量だって分かってるだろうが。食えねえなら最初から減らせよ」
「…ご、ごめん尚…」
「…うまい飯をまずそうに食う奴の気がしれねえよ」
呟いてから男はさらに不機嫌そうに「会計!」と吐き捨て、投げるように金を払うと足早に店を後にした。

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