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Catch the Wave (3)


こんばんはー。
ぞうはなです。
珍しく週前半の更新でーす。





いつまでも寝てていいと分かっていても案外起きてしまうものか…?


敦賀蓮は薄暗い部屋の中でベッドに座り、ぼんやりとそんなことを考えた。
ベッドから抜け出して部屋のカーテンを開ければ、外は既にだいぶ明るい。仕事の疲れが溜まっていたはずなのにこうもすっきり目が覚めてしまうとベッドの中に留まることもできなくなってしまう。
蓮は諦めて寝室から出るとリビングのカーテンを開けた。

レースのカーテン越しに部屋に差し込む日差しは暖かいが、まだ朝の外気は少し冷えるようだ。空は青く澄み渡り、雲がぽかりと浮かんでいる。木立も静かだし雲の動きも遅く、風はあまりない。
蓮はしばらくカーテンをつかんだまま外を眺めていたが、その場を離れるとバスルームへと向かった。


「そんなにぶつぶつ言うなら断れば?」
奏江は呆れたように腰に手を当てて言う。キョーコはカウンターの中で作業の手を止めずにちらりと奏江を見た。
「そうは言っても『客だ』って言われたら…」
「あんたは店主なんだから、客だって選べばいいのよ」
「けど……変な噂流されても困るし」

「まったく迷惑よ」とキョーコは眉間にしわを寄せてため息をついた。
奏江は呆れたようにキョーコを見るが、確かに注文を断ったりしたらあの男のことだ、仲間内にキョーコの悪口を言いかねないというところには同意する。

と言ってもね。
あいつの仲間はあいつの性格分かってるんだから、何言われたって気にすることないのよ。

それでもキョーコはこの店のことを大事にしているし、更に"客"には真摯に対応するのだ。
そこを相手につけこまれているのだとも言えるが、分かりつつも曲げることができないのも知っているのでどうにもできない。

「いいわ、私が届けるわよ」
「だめよ!モー子さんもう次のバイトの時間でしょ」
言われて壁掛時計を見上げれば、確かにもうそろそろそんな時刻だ。

「…仕方ないわね。ぱっと届けて帰ってらっしゃい」
キョーコが閉じ始めた紙の箱を配達用の袋に並べながら、奏江は諭すように言った。
「分かってる」
キョーコと帰り支度をした奏江は一緒に外に出る。キョーコは入り口ドアの内側に「配達中 すぐに戻ります」と書かれた札をかけるとドアに鍵をかけた。

「お疲れ様。平日に何度もお願いしてごめんね」
「もーー!いいのよ、これはビジネスでしょ。私が大丈夫って言ってる時は大丈夫なの」
「うん、ありがとう」
「また明日ね」
颯爽と歩き去る奏江を見送ると、「さてと」とキョーコは自転車に向かった。座席の後ろのカゴに持っていた袋を入れるとサドルにまたがり、海岸への道を一気に下る。

キョーコの店では近所へのランチ配達サービスを行っている。
小さなペーパーボックスにぎっしりと詰められたサンドウィッチやピラフは好評で、サービスを公にはしていないものの近くの会社や海辺のサーファーたちから注文が入る。
さすがに夏のランチ時などは店がてんてこ舞いで断ることも多いのだが、地元の人たちはそのあたりの事情もよく分かっていて、注文が入るのは主に平日だし、休みの日でも昼を外した客が少ない時間帯だ。

今日は風も穏やかで気持ちいいな。海はまだ冷たいだろうけど。

キョーコは波間に浮かぶ数人のサーファーたちにちらりと視線をやりながらペダルをこぐ。
すぐに沖に向かって伸びる堤防が視界に入り、キョーコは砂浜より一段高い、道沿いに作られた駐車場に自転車を停めた。
駐車場から覗き込めば、すぐ下のテトラポッドの辺りにたむろしている数人の男の姿が見える。

「お待たせしました」
にこやかな営業スマイルを浮かべながらキョーコは駐車場からの階段を下りる。
「おせえよ」
仏頂面で答えたのはいわゆる"イケメン"と呼ばれるルックスを持つ、線の細い男だ。
「すみません、遅くなりました。ランチボックス4つです」
キョーコはまったく動じず表情も変えずに応じ、周りの男は慣れているのか、男の不機嫌な様子にも構わずキョーコから箱を受け取っていく。
腕組みした男は見下したような視線でキョーコの動きを追った。
「ったく、怠慢なんじゃねーの、たいして客も入ってないのによ」
キョーコは男に顔を向けるときだけ営業スマイルを解除して心底嫌そうな表情を作る。
「知ったようなこと言わないで。注文受けてから作るんだから、そんなにすぐには無理よ」
「け、いつからそんな殿様商売になったんだか」
「商売も出来ないあんたに言われたくない」

まあまあ、と仲間がとりなしながらキョーコに代金を渡す。
キョーコはまた仏頂面をきれいに笑顔に変えて、ランチボックスを入れていた袋のポケットからコインケースを取り出してお釣りを返した。
「毎度、ありがとうございます」
「や、いつもどうも」
苦笑気味の仲間の男は2人の言い合いに慣れているようだ。
「尚、その辺にしとけよ。尚だってこのランチボックス気に入ってんだろ?」
「誰が!この辺ろくな店がないから仕方なく食ってやってんだよ」
「食っていただかなくて結構よ」
キョーコは尚の手から箱を奪おうとしたが、尚はいち早く身を翻す。
「んだよ、金払ったら俺のもんだろ」
「いやね、素直じゃない。食べたいなら食べたいと言いなさい」
キョーコは蔑みの表情を浮かべるとツンと顔を背ける。
「じゃあ、またよろしくお願いしますね」
尚が何かを言う前に残りの3人に笑顔で言い残すとキョーコはさっさと階段を上っていった。


ふーっ!

体の中に溜まったどろどろとした何かを吐き出すようにキョーコは大きく息をついた。
「さ、戻らなきゃ」
呟いてサドルにまたがり、いつものように何気なく海に目をやる。ちょうどそこには盛り上がる波に合わせてパドリングする、一人のサーファーの姿が見えた。

うわあ…

キョーコはペダルに足を乗せたまま動きを止めてしまった。
少し遠い波の中腹でサーファーがテイクオフする。見慣れた光景だが、なんだかいつも見ているのと違う気がする。

波と…シンクロしてる…

キョーコの目にはそう見えた。まるで波が喜んでサーファーを運んでいるような、そんな錯覚を覚える。
サーファーはサーフボードを存分に走らせると波が消える端っこでボードから下りた。同時にキョーコは我にかえったように視線を外し、店に向かってペダルをこぎだした。


行きは気持ちよく下る坂道は、当然帰りは上りになる。
キョーコが軽く息を切らしながら立ちこぎで店の敷地に入ると、店の入り口の前に人が立っているのが見えた。
「お待たせしました!」
キョーコが自転車を下りながら声をかけるとその人物が顔をキョーコの方に向ける。

「おーう。配達お疲れさん」
そこにいたのは黒崎だった。いつものようにカメラを肩から下げ、口の端にタバコをくわえている。
「待ちました?」
「んにゃ、ちょうど今来た」
キョーコが駆け寄ってドアの鍵を開ける間に黒崎はのんびりとタバコを消して携帯灰皿に入れた。

「どうぞ」
ドアを引いて黒崎を店に入れるとキョーコはドアを閉めてカウンターの内側に入った。大きな配達用バッグを定位置に収めて手を洗うとエプロンの紐をぴしりと締める。
「さてお待たせいたしました、コーヒーですか?」
普段は「ああ」と頷く黒崎から、今日は返事がない。
不思議に思ってキョーコがカウンターの上に身を乗り出すと、黒崎はカウンターの端の席に座って自分のカメラをいじっていた。真剣な表情で背面のモニタを見つめてなにやら操作をしている。

真面目にお仕事…かな?

キョーコはなんとなく声をかけるのがはばかられて乗り出した身を引っ込めた。
黒崎がプロのカメラマンであることをキョーコは知っているが、普段見るのはこの店でのんびりとコーヒーを飲み、たまにケーキをつつき、光などの他の客と世間話をしたりからかったりする姿だけだ。
作品も見たことがあるのだが、どうにも黒崎の真剣な仕事姿は想像がつかない。

少ししたらまた声かけてみよう。

時計をちらりと見れば、ランチの終了時間だ。
キョーコは表に出しているランチメニューの黒板を下げようとドアに向かった。
すると、いつの間にかドアの外には男性の姿が見える。キョーコはドアを開けると「いらっしゃいませ、どうぞ」と声をかけた。

「あ、はい」
答えたのは最近見た覚えがある見上げるほどに大きい男で、キョーコは笑顔のまま即座に記憶を探ったのだった。


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