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たのしいレシピ (24)


こんばんはー。ぞうはなです。

まあたまにはちょっと甘さをプラス…(できたか?)





「今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」

キッチンでキョーコと蓮がお互いに頭を下げる。周りには数人のスタッフとカメラマンの姿があり、相変わらず照明は少し眩しい。
キョーコは隣に立つ男の顔をちらりと見上げてすぐに目を逸らした。

んん~~~~~。
なんか、むずむずするぅ…


赤面しそうな顔面を無理やり引き締めて、キョーコはスタッフににこやかな笑顔を作る。

レシピブックの2回目の撮影は、前回から一週間ほどの間を空けて行われていた。
スタッフも場所も前回と同じ。それなのにキョーコの気分は前回とはまるで違っている。

隣に蓮がいると言うだけでドキドキするのだ。
ドキドキ?それともワクワク?
楽しく嬉しいけれどなんとも恥ずかしいような、人の目が気になるような、そんな気持ち。
その顔を見たいし笑いかけてほしいけど、目が合った瞬間心臓が飛び出してしまいそうな、そんな気持ち。

もう一度キョーコは蓮を見上げた。途端にばちりと目が合って、急に目を逸らすのも失礼かと思っていたら笑いかけられて、引きつったような変な笑みが浮かんでしまう。

「今日のその衣装、似合ってるね」
撮影の準備中でがやがやとにぎやかな室内では、きっとその小さな低い声はキョーコにしか聞こえていないだろう。けれどキョーコは派手に反応してしまった。
「はっその…!!!あ、ありがとうござます」
ぺこりと下げた頭を上げたところでスタッフの怪訝な表情にぶつかり、キョーコは背中がどっと熱くなる。

落ち着きなさいキョーコ!
ああでも駄目だわ、何でこんなにたくさん人がいるのぉ…

2人っきりなら挙動不審でも蓮に笑われておしまいだが、他人に態度で表すわけにはいかない。キョーコは傍らの手順をまとめたメモを引っつかんで顔の前に持ってきた。

仕事に集中集中!!集中するのよキョーコ。
そうよ、敦賀さんだって仕事はいつだって真剣で。

きりりと真面目な表情でレシピを追うが、段々と思考はずれてくる。

そうよね…あの仕事の時の真面目さと、そうじゃないときのギャップがまた……

前回の撮影から今回の撮影までの間、蓮の仕事はぎっちり詰まっていたはずだ。だけどこの男は仕事の隙間時間にキョーコに会いに来てくれたのだ。

「疲れてるのにごめん、少しだけ元気を補充させて」
優しく囁くように耳元で言われたら、やはりNOなんて言えはしない。大体キョーコだって蓮が会いに来てくれるのは嬉しいし、触れられるのだって嫌じゃない。風のように去って行ってしまった後少し寂しいだなんて、そんなことはもちろん内緒だ。

って!また集中してないじゃない!!

うめくキョーコに、横で静かに見下ろしていた蓮がふっと笑みをこぼしたが、キョーコは必死すぎて気がつかない。
すぐにスタッフから声がかかり、作業が始まってようやく、キョーコは仕事に集中することができた。


2回目の撮影は試食風景も含んでいた。
色とりどりのオードブルやローストチキン、ケーキも並ぶ中でキョーコはちまりと蓮の横に座る。
「料理出来るようになって、何か変わりましたか?」
インタビュアーに尋ねられ、蓮は少し考え込んだ。
「食事に敬意を払うようになりましたね」
「あはは、今まではしてなかったんですか」
「なかった訳ではありませんが、食の優先順位がかなり低かったんです。忙しいのもあって」
ありがちですね、とインタビュアーは頷く。
「けど、自分でやってみて、何気なく食べていたものも人の手間がかかっているとよくわかりました。それから、人と食卓を囲む温かさも」

穏やかな笑みに周りが「ほう」と見とれる。
「ドラマは『家族』がテーマでしたが、敦賀さんはご自分の家族が欲しくなったりはしませんか?」
インタビュアーの言葉に蓮はしばらく沈黙を保った。顎に手をあて、考えたあとゆっくりと口を開く。
「最近何となく心の中でよく分からない願望があったのですが…今その言葉を聞いて、その願望ってそういう事なのかな、と自分で認識しましたね。はっきりさせていただいてありがとうございます」


「嘘ついてごめんね」
唐突に言われて、キョーコは驚いて振り返った。

海沿いの倉庫街の中にある小さな公園に人気はない。夜の空気は冷たく澄んで、対岸の明かりはキラキラとキレイだ。
キョーコは長丁場の撮影後、蓮に連れられてこの公園に来ていた。
「嘘って?」
海際までたどり着いたキョーコを囲うように蓮はフェンスに両手をついた。
「家族がほしいって言った話の時」
「あ」
思い当たってキョーコは声を上げる。
「それはだって、当然じゃないですか」

家族がほしいと思っていると蓮が言ったとき、当然ながらインタビュアーはそういう存在がいるのかと蓮に尋ねた。
「いえ、そんな具体的な誰かはいないですけど。ただ、ドラマの食卓にあったような、あの幸せがいつか欲しいなと、そう思ったってことです」
蓮がさらりとそう答えたため、インタビュアーは「なんだあ」と落胆半分安堵半分といった表情を見せていた。

「ほんとははっきり言ってしまいたいくらいなんだけど」
「だだだ、駄目です大変なことになっちゃいます」
蓮が自分の両脇に両手をついているため、2人の距離は近い。少し顔を上げれば綺麗な形の顎と思いのほかしっかりした首から肩のラインが見えて、今日はどれだけ心拍数を上げればいいのかとキョーコは少し恨めしく思った。
「…うん。分かってる。君にも迷惑かかっちゃうし、変な邪魔が入るのもいやだ」
「わ、私なんてどうでもいいんですけど」
「こうしてゆっくり2人で会うこと出来なくなっちゃいそうだし」

いやそうではなくて。キョーコが言いたいのはもっと違うことだ。
蓮が出るドラマもその他の番組も、『蓮が出演する』ことに価値があると言っても過言ではない。それくらい人気があって実力もあって引く手あまたな俳優なのだ。
ドラマでやるどんな役も「エリートの冷たさが素敵」「優しい微笑みに溶けちゃいそう」とテレビの画面にかじりつく女性が大勢いるのだ。
そんな蓮が自分みたいな存在を「好き」だなんて、それが蓮の一時の気の迷いだとしたって、世間に許される訳がない。

「つ、敦賀さん?」
「うん?」
もっと気にしなきゃいけないことが、と言いたくてつい名前を呼んだら、蓮が少し腰を曲げて目の前に顔が来たのでキョーコは叫びそうになった。
「そんなおびえた顔しないで」
「びっっっくりしたんですよ!」
「今日撮影中、ちょっと嬉しそうに見えたのは気のせいだったかな」
蓮の声のトーンが少し落ちる。キョーコは慌てて口を開いた。
「気のせいじゃありません!私今日も敦賀さんとお料理できたのがすごく嬉しくて…!でも周りにスタッフさんたくさんいらっしゃいましたしどんな顔していいか…」
「ほんとに?」
「ほんとです」

蓮のおでこがこつりとキョーコのおでこに当たる。
キョーコは頭がくらくらして立っているのがやっとだ。
「よかった」
至近距離で本当にホッとしたように言われて、キョーコはどぎまぎと言葉を返した。
「あの…ち、近くないですか」
「恋人の距離はこれくらいがちょうどいいよ。今までのは友達との距離」
「友達…」
「そう。今日の撮影のときのは先生と生徒の距離かな」

なんとなく分かるような分からないような。

「…恋人の距離ってこんなに近いんですか」
「そうだよ。なんでだか分かる?」
「わかりません」
蓮は顔をほんの少しだけ引いてくすりと笑った。
「教えてほしい?」
「………いいです」
「そう言わないで」
ふいと逸らしたキョーコの頬に蓮の手が触れて、顔の位置を元に戻される。
また正面に、と思った瞬間蓮の顔が近づいてきて唇に軽い感触が落ちた。

「………なっ!」
「いつでもキスできる、この距離がいいよね」

ぐらりと傾いだキョーコの体を受け止めて、蓮は満面の笑みでその体をしっかりと抱きとめた。


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