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たのしいレシピ (22)


こんばんは!ぞうはなです。

週半ばとなりましたが、更新です。





「緊張した?」
マンションのエレベーターのドアが閉まると、蓮がポツリと聞いた。
「少し…」
「でもさすが、手際は変わらないね」
「そうですか?でもあんなにずっとシャッターの音が聞こえると落ち着きません。正直、なに話したかあまり覚えてないくらいです」
「そんな風には見えなかったな」

蓮が笑ったところでエレベーターは地下階に着いた。ドアを開けて駐車場に出れば少し暗い空間が広がり、二人の足音が反響する。
「敦賀さんはさすが、すごいですよね」
「ん?何が?」
並んで歩きながらぼやくように言うキョーコに、蓮は首を傾けた。
「カメラが近くても、いつもと全然変わらなくて。それどころかちゃんと撮られることを考えて動いてらっしゃいましたよね」
「カメラの前に立つのが仕事だからね。キョーコちゃんが緊張するのは仕方がないよ」
「そうですけど…ひきつった顔で敦賀さんと一緒に写ってるなんて…」

二人は車にたどり着いた。助手席のドアの前に立った蓮がゆっくりとキョーコを振り返る。
「…本が出たら、写真を撮られる仕事が増えそうだね」
「??」

増える?蓮の仕事が?すでにいっぱいいっぱいな蓮の仕事が更に増えたら過労で倒れるのではないか。
そんなことを考えていたら、蓮は呆れ顔で頭をかいた。
「俺じゃないよ、君の」
「へ?なんで私??」
キョーコは素直に驚いて目を丸くして聞き返す。
「それは…今日のみんなの反応で分かっただろう」

蓮の言葉に少しだけ考えたキョーコは照れたように顔を赤くした。
「いやでも…!その、これはメイクの魔法で…」
「君の魅力が分かりやすい形で伝わったんだ」
「でもこんなの私の力じゃ」

蓮が真剣な表情でゆっくり首を横に振ったので、キョーコはなんとなく気圧された気がして黙った。
「メイクで変わるのは君の地がいいからだ。言い方は悪いかもしれないけど、人はまず見た目で興味を引かれる。本を手にとって君に興味を持って、それでようやく本職の方に目が行く」
キョーコは静かに頷く。

その理屈はよくわかる。見た目が関係ない仕事だって、美人であれば注目の度合いが高まるのは良い悪いを別にして、事実だ。

そりゃ、素の私なんて誰も気に止めないくらいの地味で特徴もない見た目だし?スタイルが良いわけでもないし、化粧の力でも借りないとってのは理解してるけど。

わかってはいるが、見た目を売りにするのではない実力勝負の仕事でそう捉えられるのは、どこか釈然としない部分もある。

「興味を持ってもらった後は確実に実力がものを言う。それがなければ長続きはしないんだ」
「確かにそうですね」
もしかしたら蓮は、見た目重視の芸能の仕事でもそうだと言っているのか。

キョーコはそこまで考えてすぐに納得した。
どんなに美形でも、芝居の下手な俳優も歌の下手な歌手も本当の意味での人気は得られないだろう。

「だから心配しなくて大丈夫。ラッキーなきっかけだと思って利用すればいいんだよ」
「はい」
今度はキョーコは素直に返事ができた。
蓮が言うのだから確かだろうと思える。せして自分の仕事の今後を考えてくれているようでうれしいし、誉めてもらえて勇気が出る。

「ありがとうございます。今日はちょっと緊張しちゃいましたけど、次の撮影にはしっかり臨めそうです」
笑顔で頭を下げたキョーコに、蓮は少し困ったような不思議な表情を浮かべた。
「うん、また今日みたいに一緒にキッチンに立てるのは楽しみでもあるんだけど…」
語尾を濁した蓮に、キョーコは不安になって反射的に下から蓮の顔を覗き込む。
「もしかして私、何かまずい事しましたか?な、何かあったら仰ってください!」

蓮はキョーコと目を合わせたまま、しばし静止した。それから下ろしていた右手を中途半端に上げてまたしばらく止まった後、自分の顔にひたりと当てる。
「違う…君がまずかったことなんてひとつもない」
「でも」

食い下がるキョーコに、蓮は顔に手を当てたまま大きく息を吐いた。
「違うよ……ごめん、ここの部屋に入った瞬間君が目に飛び込んできて、俺は後悔したんだ」
「後悔??」
「君はきっと今まで、食べ物を扱う仕事だからって化粧をしてなかったんだよね」
「あ、はい…そうですけど……?」
「俺はその君の素朴な外見も好きで…だから普段は化粧をしようがしまいが何も気にならなかったんだけど」

どこか情けない顔で頼りない声を出す敦賀蓮と言うのは新鮮だ。
ちょっと可愛いかも、なんて思いかけてキョーコは慌ててその感想を打ち消すが、それにしても蓮が何を言いたいのかがよく分からない。誉められているような気はするのだが、なんだかよく分からなくて素直に喜べない。

「ここまで大人っぽく綺麗になるとはね。君のその姿を人前にさらしたくない、そう思ってしまったんだ」
「……へ?」
「今日の照明の男に言い寄られてただろう」
「い??…言い寄られてなんかいません!ただ、お勧めの店があるから今度皆で行きましょうって…」
「きっかけを作ろうとしてたんだよ。証拠に、撮影後も何かと話しかけてきてただろう」

ええええ~?

キョーコは思い起こしてみた。確かに照明のスタッフ男性に話しかけられはしたが。そんな意図があったかどうか…そもそもそんなつもりでいないので、まったく判断がつかない。
困ったキョーコを見て蓮も理解したのか、顔に当てた手を離し、その手をそのままキョーコの頬に伸ばしてきた。

「君とは友達でいて…少しずつ距離を縮められればいいと思ってたけど、のんびりしてたらダメみたいだね」
「は…?」
「今日、痛感したんだ。君を放っておいたら後悔するって」
大きな手で頬を包まれたキョーコの鼓動はどんどん速くなる。その手だけではない、真剣な眼差しが思考力を奪っていく気がする。
「君からは…良い答えはもらえないかな。俺ともう少し距離を詰めてほしい。できれば他の男が入り込めないくらいに」

ぼふん、と音がしそうなくらい急激にキョーコの顔全体が真っ赤に染まる。
「今日君と会った時に君が向けてくれた笑顔が…期待してもいいかなと言う気にさせられたんだけど…単なる俺の錯覚かな」
「い、いやあの…あのですね」
「うん」
返事をした蓮はどこか期待に満ちた顔をしている…ような気がする。
「この間…うちに来てくださった事ありましたよね」
「夜に行った時?」
「はい。あの時…実は敦賀さんが電話を下さった時、アパートの前でショータローに会ったんです」

ぴくり、と蓮の腕が動いた。キョーコは慌てて言葉を継ぐ。
「何しに来たのかよく分からないんですけど仕事から帰ったら立ってて」
「……うん」
「あいつはすぐに帰ったんですけど…やっぱりあいつの態度に腹が立って、部屋に帰ったら急に敦賀さんの顔が思い出されて」
「うん」
「……敦賀さんに会いたいって思っちゃったんです」
キョーコの体はぐいと引き寄せられ、気がつけば温かく包まれていた。

「俺は君に会いたくて夜遅いとは思いつつも結局君の家に車を走らせてしまったんだけど…よかった、君も同じように思ってくれてたんだ」
「はい。顔を見られてすごく嬉しかったし、少しでも話せてそれだけで楽しかったし」
「ねえ、キョーコちゃん」

その声は耳元から聞こえて、キョーコの背中にぞくりと震えが走る。それは決して不快なものではなく、どちらかといえば喜びに震えているようなそんな感覚。
「俺を…生徒でも友達でもなくて君の恋人にしてくれないかな」

この状況で否定って不可能じゃないかしら。

ふとそんな考えが思い浮かんだのだが、もちろんキョーコは自分の意思で首を縦に振った。



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