SkipSkip Box

たのしいレシピ (21)


こんばんは。ぞうはなです。

また間空きましたが、続きです。
しかしまたもや20話を超えたなー。





「ではよろしくお願いしまーす」
通常のキッチンよりもかなり明るい照明の中にスタッフの声が響き、蓮とキョーコは並んで立ってお互いに軽く会釈を交わした。

「まずは味噌汁からですね」
「はい、実際に作る手順どおりに進めていきましょう」
スタッフにキョーコが答えると蓮が鍋に水を張り、手早く煮干の頭を取っていく。
「丁寧にやるんですね」
インタビュアー役のスタッフが驚くと、蓮が笑った。
「全部入れてもいいんですけど、頭と腸を取った方が上品になるんです…って、受け売りですが」

蓮が中心になって作業は進むが、すぐ横で絶えずシャッターを切る音が響くためキョーコは少し緊張していた。
蓮はさすがプロ、ドラマの撮影のときも落ち着いていたがこういう写真の撮影も慣れたもののようでまったくいつもと様子が変わらない。時にカメラに目線を送りつつも穏やかな微笑を絶やさない。

「千切りもお上手ですね」
「ここだけの話、最初は何回か指の皮を削ぎました」
「普段お料理は?」
「ドラマの話をいただいて、初めてちゃんとやりましたね」
「それでこの手際ですか!」
素直に驚くインタビュアーに、蓮は笑って横を見る。
「先生がいいんですよ」
急に話題を振られて、次の段取りを考えていたキョーコは慌てて両手を振った。
「とんでもない、敦賀さんの習得が早いんです」

「理屈をきちんと説明しつつスパルタで教えてもらいましたから、助かりましたよ」
キョーコの言葉を無視するように蓮は言葉を足す。
「最上さんは優しそうに見えますけど指導はスパルタなんですね」
うなずくインタビュアーにキョーコは少し遠い目をした。
「最初に聞いたスケジュールがかなり無茶なものだったんです。料理だけじゃなくて家事全般主婦のようにこなせるようにしたいって。普通に考えて1ヶ月で全部って無理がありますよね?」
ぶつぶつとこぼすキョーコに、蓮は調理の手を止めて笑顔でキョーコを見る。
「だけど始めてみたら敦賀さんの吸収が早くて…ついうっかり、次々叩き込んでしまいました」

「叩き込んだって。やっぱりスパルタだったんですね」と笑うインタビュアーにキョーコは少し赤面したが、蓮はキョーコを見つめたまま微笑んだ。
「本当に最上さんが先生で助かりました。役の気持ちの理解まで手伝ってもらいました」
その笑顔はいつもの微笑よりも甘く眩しくて、キョーコだけでなくスタッフの女性達も一瞬時が止まる。
そばで見ていた社は「あれ無意識かねえ…まったく、だいぶ素直になってるのはいいんだけど、周りへの被害もひどいのは困るな。…罪作りなやつだよな」と内心でため息をついた。

はっと我に返ったインタビュアーが無意識に頬を押さえつつ急に話を変えた。
「そういえば敦賀さんは『最上さん』って呼ぶんですね。敦賀さんの方が年上ですし仲も良かったみたいなので『キョーコちゃん』なんて呼んでたりしなかったんですか?」
唐突な質問にキョーコが驚いた顔をするので、インタビュアーは言葉を足す。
「ごめんなさい、さっき敦賀さんのマネージャーさんが『キョーコちゃん』って呼んでるの聞こえたんです。だけど敦賀さんはそう呼ばないから何でだろうって思っちゃって」

ああ、と頷いて蓮が肩をすくめる。
「いくら年下でも俺の先生ですからそんな気安く呼べないですよ。レッスン中は先生って呼んでましたし」
「ちょ…敦賀さん!」
キョーコが慌てて遮るが、蓮はにこにこと続けた。
「だけどそうか、もう先生と生徒の関係ではなくていいから、かしこまらなくてもいいのかな?」
「前から必要ないと申し上げてますが」
「そうだけどほら、けじめがね」
「大丈夫ですよ、敦賀さん仕事に関することは非常に真面目だってよく分かりましたから」
「…それは仕事以外は不真面目だと言っているように聞こえるけど?」
「他意はありません」

ぽんぽんと交わされる会話を呆気に取られて見守っていたインタビュアーは笑った。
「すごい!さすがお料理だけでなく会話も息ぴったりですね」
「そうですね」
にこりと答える蓮に、キョーコは黙って手を動かす。
「それで敦賀さん、最上さんのことここではなんて呼びましょうか?」

まだその話題!とドキドキを懸命に抑えるキョーコをじっと見て、蓮はおもむろに口を開いた。
「キョーコちゃん?」

キョーコがぴきんと固まり、蓮のやや照れくさそうな笑顔を目にした女性スタッフから小さな悲鳴が漏れる。
やがてキョーコの顔全体が真っ赤に染まり、インタビュアーも少し赤面した。
「すごい、最上さん顔が真っ赤ですよ!さすが敦賀さん…威力絶大ですね」
「あれ?嫌だった?」
しれっと顔を覗き込んでくる蓮にキョーコはざざざと後ずさるとしどろもどろに返答する。
「ち、ちが…!嫌とかじゃなくてですね…その、びっくりして」
「はは、ごめん。でもこの方が親しみがあっていいね。ね、キョーコちゃん」
「ふあっ!」

がちがちに固まったキョーコに蓮は小さくため息をつくと声をかけた。
「さて、料理の方を終わらせないとね」
「はっ!そうでした!!」
キョーコはその一言に直ちに意識を戻すと、そのあとはテキパキと続きの作業に没頭したのだった。


「今日は以上でーす」
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
スタジオ内に挨拶の声が響き渡る。

照明が落とされ、キョーコはほうっと息をついた。
「いやでもさすが、すごい手際ですね」
スタッフの感嘆の声に、エプロンを外しながら蓮が答える。
「現場ではもっと短い時間でやりましたからね。今日は余裕があった方です」

ダイニングテーブルの上には蓮とキョーコが作り上げた様々なおかずが盛られて並べられている。全ての撮影が終わり、料理はスタッフたちの試食によって平らげられる予定だ。
「敦賀さんと最上さんのコンビネーションもすごかったですねー。また次回もよろしくお願いします!」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
「またよろしくお願いします」
それぞれが頭を下げて、蓮は次の仕事があるからとキッチンを出る。キョーコも帰ろうかとスタッフの方を伺ったところで蓮から声をかけられた。

「キョーコちゃんはこのあとは?」
撮影の間だけだと思っていたのに、すっかり蓮はキョーコの呼び方を変えてしまったようだ。それは決して嫌な事ではなくむしろ嬉しいのだが、呼ばれるたびに心臓が飛び跳ねるので寿命が縮まりそうだ。
「一度職場に戻ります」
「じゃあ近くまで送るよ」
「い、いいですよ!敦賀さんまだお仕事ですよね」
「それほど距離もないし回り道にもならないし時間にも余裕はあるよ」
「で、ですが…」
「気にしないで。15分後にここ、でいいかな」
「は……はあ」
いつも以上に有無を言わせない口調。こういう時の蓮は普段と同じような微笑みだが、逆らっても無駄だとキョーコは学習している。
「分かりました…ありがとうございます」
何か少しの違和感を感じながらも、キョーコは頭を下げるといつもより速くうつ心臓をかかえたまま着替えのために提供された部屋へと急いだ。


「早かったね」
「着替えただけですから」
部屋から飛び出したキョーコだったが、既に蓮は私服に着替えてそこにいた。
「じゃあ行こうか」
「あ、はい…あれ、社さんは…?」
「ああ、電話がかかってきてるから、先に下に行って待ってよう」
蓮の視線を追えば、廊下の隅で耳にスマホを当てて会話をしている社の背中が見える。
「はい」

待たなくていいのかな?と思いつつもキョーコは蓮に従った。
2人は揃ってスタッフに退出の挨拶をすると廊下に出る。スタッフにきっちりとお辞儀をした後、なんだか蓮からの視線を感じた気がするが気のせいだろうか。

キョーコは蓮の言動に跳ねまわる自分の心臓の制御に気を取られ過ぎて、やや注意がおろそかになっていた。



関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する