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たのしいレシピ (20)


こんばんはーー。ぞうはなです!

こうやって順調に週の前半に更新出来た時に限って後半は…
いやいや、頑張ってまいりまーす。





ぱしん。

急に鳴り響いた音に、斜め前を歩いていた人が驚いた顔で振り返ってこちらを見る。
キョーコは恥ずかしそうに首をすくめて、止めてしまった足を慌てて動かし人波に乗った。

あぶない、あぶない。

鳴ったのはキョーコの頬、鳴らしたのは自分自身の右手だ。
だって仕方がない。仕事だというのにキョーコの頬が勝手に緩むのだ、引き締めるには痛みを与えるしかないだろう。

キョーコはプリントした地図を見ながら周辺を見渡した。
目指すスタジオは、今しがた出た駅から続く大きな通りをしばらく行った先のマンションの中にあるらしい。時間には余裕があるが、冷たい風が吹き抜ける中をのんびり歩くと凍えてしまいそうで、キョーコは少しだけ足を速める。


うう、ダメよね。
仕事なのよ仕事。そりゃあの夜以来、敦賀さんには会えてないから嬉しいんだけど…


蓮が仕事が終わった後訪ねてくれたのは半月ほど前。
なぜか尚がアパートの前にいて、気持ちがささくれ立っていたのをよく覚えている。そしてその直後、蓮から電話が来て…。

はっ!!!
もう、私また呆けた馬鹿面してたでしょー!

再び顔に力を入れるが、キョーコはまた歩きながらも思い出す。
あの夜、尚のせいでキョーコは蓮に会いたくなってしまったのだ。優しい声で話しかけてほしい、あの笑顔で笑ってほしい。普段あまり抱かないそんな気持ちが通じたのかなんなのか、蓮は魔法のようにキョーコの元に現れた。
そしてやはり、蓮との時間は楽しかった。
なぜか蓮の表情はいつもより甘かったように感じられたし、そのせいかキョーコの胸はドキドキして、平静を保つのが大変だった。いや、保てていたかどうかも今となっては分からない。

キョーコは歩きながらふと自分のおでこに触れた。

路肩に止めた蓮の車の中で話ができたのはほんの20分ほど。キョーコの仕事の話、蓮が出る映画の話、そして料理の本の話。いくらでも話していられそうだったが、翌日の仕事に影響があっては、と2人は話を切り上げたのだ。

車から出ようとしたキョーコに「最上さん」と蓮は声をかけてきた。
「はい」と返事をしながら振り向くと、蓮の黒い瞳がまっすぐに自分を見つめていて、キョーコは目をそらせない。
すると蓮は手を伸ばして、キョーコの頭をゆっくりとなでた。大きな手がキョーコの前髪をかきあげて、温かい親指がおでこをゆるゆるとなぞる。
「今日会ってくれてありがとう。すごく嬉しかった」
そう言って笑った蓮の顔は、夜だと言うのに眩しすぎたのだった。

泣きたいような不思議な気持ちになって、けれど強烈にキョーコの胸を支配したのはやはり"喜び"だった。
胸が一杯になりすぎて、なんとかアパートまで一緒に歩き、「お休みなさい」と頭を下げるのが精一杯だったのが悔やまれる。

部屋に戻るころ、キョーコの中には確信に近い思いが生まれていた。
自分にとって、蓮は特別な存在なのだ。気がついた時には既に、他の誰とも比べられない存在感で自分の中に居座っている。それはもう、否定のしようがないくらい確かだ。

だけどタイミング悪いわよね…そう思った途端、会えなくなるんだもん。

キョーコは飯塚の補佐で映画の仕事を抱え、それと平行して蓮の料理本の準備に追われていた。
そして同じタイミングで蓮は映画のロケに入り、今日顔を合わせるのは少し久しぶりだ。あんな気持ちの高揚の後蓮の顔を見たら、自分の顔がどうなってしまうのか怖い。


だけど、これは仕事なんだから!プライベートの入る隙なんてないんだから!
それに二人きりで話が出来る訳でもないんだし、気を引き締めなきゃダメなのよ!

この極端な気持ちの振り子を今日は何回揺らしただろうか。
それでも結局、スタジオが近づくにつれて気分が高揚し心拍数が上がってしまうのはどんなに言い聞かせてもどうにもならなかった。

「私も着替えるんですか?」
食材のチェックが終わったあと、キョーコはスタジオの一室に入るとそう声を上げた。
「お渡しした資料に書いてありませんでしたか?お二人の衣装は本の中で紹介されるんですよ」
不思議そうにスタッフに問われてキョーコは赤面した。考えてみれば自分は料理の部分は熟読して準備も万端だが、それ以外の部分はざっと流して読んだだけだった。
いや、ここまで把握していないと言うことは文字を追っただけで頭には入ってなかったのだろう。

「すみません、料理のことで頭がいっぱいで…」
「ふふ、大丈夫ですよ。サイズは問題なさそうですし、衣装はこちらで決めさせていただいたので着替えてもらうだけですし」
「はあ、ありがとうございます」
恐縮するキョーコに女性スタッフは笑ってかけてある衣装のひとつを手に取った。

「じゃあ、早速着替えてメイクもしちゃいましょうか」
「メ、メイクも?」
目を丸くしたキョーコに構わずスタッフはキョーコにハンガーを渡す。
「照明に負けないようにポイントを少し。クッキング風景に合うようにナチュラルにしますから」
「は、はい」
「敦賀さんが見える前に一通り段取り合わせしましょう」
「か、かしこまりました!」
びしっと敬礼すると、キョーコは受け取った衣装を慌ててハンガーからはずし始めた。


「さて、キョーコちゃんもう来てるかな~?」
ニコニコとスタジオに入ってきたのは社だった。後ろから続く蓮は少し呆れた表情を隠そうとしない。
「嬉しそうですね、全く」
「顔に出せないお前の代わりだよ」
「そんなこと頼んでませんが」
「じゃあお前が飛び上がって喜ぶんだな」
「本当にやっていいんですね」
「できるもんならな」

マンションのリビングにあたる大きな部屋には立派なアイランド型のキッチンが設えられ、白い壁と明るめの木の色で統一されたシンプルな空間となっている。
そのキッチンで数人の女性が話をしているのだが、その姿を見ていた社は思わず足を止めた。
「あれ?…まさか……あれ…」

社の声に、蓮も視線をキッチンに向けた。
中心に立ち、エプロンを着けた女性が隣の女性に身ぶりを交えて何か説明をしている。
二人の視線を感じたのか、顔をこちらに向けたエプロンの女性がぱっと表情をほころばせる。
「敦賀さん!」
確かにそれはキョーコだった。しかし普段よりも大人度が5割増し、色っぽさも5割増しだったため、社もそして蓮までも一瞬声が出ない。

「おはようございます、敦賀さん。今日はよろしくお願いいたします!」
駆け寄ってきたスタッフの声に、蓮はようやく思考力を戻して頭を下げる。
「よろしくお願いします」

何もなかったように蓮はキョーコにも声をかけて着替えのために別室へと向かった。
「蓮…キョーコちゃん何であんなことに?」
「…分かりませんが」
ぼそぼそと会話を交わす蓮にスタッフが声をかける。
「衣装はこちらです。軽くメイクもしますので着替えたら声かけていただけますか?」
「わかりました。あの…」
「なんでしょう??」
蓮が問いかけるとスタッフは嬉しそうに答える。

「最上さんもどなたかがメイクしたんですか?」
「ああ、私です」
蓮の問いにスタッフの女性は小さく手を上げた。
「撮影の照明は強いので、こちらでさせていただいたんですけど。アイメイクを少ししっかりしたら美人さんでびーっくり!」
「そうですね、俺も普段見てる最上さんとちょっと違って驚きました」

おいおい、"普段見てる"ってなんだよ。

すかさず社は心の中で突っ込みを入れる。
しかしスタッフは「キョーコさんはドラマの撮影のときはノーメイクだったんですか?」と疑問に思わなかったようで、そのまま蓮は着替えに入ったのだった。

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