SkipSkip Box

たのしいレシピ (18)


更新間隔があいてて申し訳ありませんーーー。
ぞうはなです。

早速続きと参ります。





「……」
「………」

仏頂面に相対するのは仏頂面。
通常、知り合い同士が道でばったりと顔を合わせたならば会釈をして通り過ぎるなり、声をかけて立ち話するなり、都合が悪ければ見なかった振りをしてすれ違うなりのやり方があるはずだが、その2人は気心が知れすぎているせいか、はたまたどちらかに明確な意図があるのか、目を合わせると声を上げることも立ち去ることもせずにらみ合うことを選択した。

「はっ。今日はあの男はいねえんだな」
ようやくせせら笑うような声を上げたのは、なぜかキョーコのアパートの前に仁王立ちしていた不破尚だ。キョーコはその言葉に眉間の皺を一本増やすと、呆れたようにため息をついた。
今日は1日忙しくて、夜遅くなってようやく自分の部屋にたどり着いたのだ。これ以上余計なことで神経を使いたくない。大体この男は暇なのだろうか。なぜこうも嫌がらせのように自分の部屋の前に立つのだ。いや、もしかしてあからさまな嫌がらせか。

「…敦賀さんとのドラマの仕事はもうとっくの昔に終わってるの。いつまでくだらない事言ってるのよ」
「ふん、まあそりゃそうだよな、仕事でもなきゃなあ?」

なぜだかふんぞり返っている尚に、キョーコは冷たく一瞥をくれた。しかしすぐにおでこに手を当てると俯いて、己の情けなさを嘆くように呟いた。
「まったく驚くほどくだらない嫌がらせ…ほんと私、見る目なかったんだわ……」

「なんだよ、なんか言ったか?」
いぶかしげな尚の言葉に我に返ると、キョーコは面倒くさそうにしっしと手を振った。
「なんでもないわ、こっちの話。それで何なのよ、もうここには来なくていいわよ。目障りだわ」
「んな?何だお前、偉そうに!」
「何がよ」
キョーコは冷たい表情で腕を組むとじろりと尚を見つめる。
「私が契約して私が家賃を払ってる部屋よ。あんたは単なる居候に過ぎなかったの。それなのに勝手に出て行ったんだから何のかんの言う権利なんてどこにもないでしょ」
尚も負けじとキョーコを睨みつけた。
「へえ。お前いつからそんな偉そうになったんだよ、キョーコのくせに」
「あんたこそなんでそんなに上から物を言うのよ、松太郎のくせして」
「…その名前を口にするなって言ってんだろ」

「はあ……やっぱり実力がある人ほど謙虚って言うのは本当なのね。あんたみたいのは中身がないからよく吠えるんだ」
キョーコが呆れたように首を振ると、尚はあからさまにむっとした。
「なんだそれ、誰の受け売りだよ」
「違うわよ、見てれば分かるってだけ。私が一緒に仕事する人は、皆さん実力がすごいのに謙虚で礼儀正しいわ。……だからあんたみたいに威張りくさってるのが馬鹿みたいに見えるの」
「誰のことを言ってやがる?」
「特定の誰かじゃないわ。あんたみたいなの方が珍しいのよ」

尚はじっとキョーコを見たが、ふんと鼻を鳴らして馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「…どうせあの男だろ。お前は男慣れしてねえからな、ちやほやされるとすぐ舞い上がるんだ」
普段なら、キョーコは「なによっ」とかっとなって反論しただろう。しかし尚の顔を真剣な表情で見つめ返すと、言い返すこともなくじっと考え込んだ。
「…もしそうだとしても……」

途中で言葉をとめたキョーコに、尚はいらいらと「なんだよっ」と文句を言うが、キョーコはどこか遠くを見ているようだ。
「一度気がついたら…そうよね、気がついちゃったら知らなかった頃には戻れないのよ」
「何の話だよ」
尚は一歩キョーコに近づき、怪訝な顔でその少し呆然としたような表情を覗き込む。キョーコは目の前の尚に気づかないように考え込んでいたが、はっと顔を上げて尚の存在に気がつくと一歩後ろに下がった。
「何よ」
「"何よ"じゃねえよ、俺にわかるように説明しろ」
「必要ないわ」
「ああ?」

キョーコはもう一歩下がった。
「必要ないの。あんたにいちいち説明する必要もないし、関わってる時間がもったいないわ……私遅くまで仕事して、今日は疲れてるの。これ以上疲れたくないから、帰ってくれる?」
「お前なあ…!」
「帰って」
尚は改めてキョーコを見た。
肩にかけたトートバッグの紐を両手でぎゅうと握り締め、反対の肩が前に出て、体は斜めに自分を避けるように引かれている。
その表情は硬く、瞳の色は険しい。

自分がこの部屋を出る前、どんなに遅くなっても「おかえりなさい、ショーちゃん♪」と満面の笑みで迎えた少女とはまるで別人のようだ。
もっとも、尚はそんな脳天気でふわふわしているキョーコが嫌で部屋を出たのだから、今の変化は決して悪くはない。だが、そのキョーコの変化の元凶だと尚が考えているものの存在が、やたらと気に食わないのだ。

「私のことなんてこれまで通り放っておきなさいよ」
「別に、今でも関わろうなんて思ってねえぜ」
「じゃあ私の前に現れないで!」
「俺の勝手だ」
キョーコの叫びが終わる前に、尚はぴしゃりと言い放った。それからじろりとキョーコを見て、ぼそりと呟くように言う。
「東京支店の店長のおかげで親父たちがうるせえんだ。心配してるから連絡しとけよ」
「んな…!何で私が?あんたの不始末じゃない」
尚はくるりと背中を向けると無言で立ち去った。

「なんなのよ…おじさんたちに心配かけてるのは一方的にあんたでしょうが!」
やり場のない怒りを呟きに逃がし、キョーコはアパートの階段へと向かった。

「ああ、嫌だもう!なんでこう、疲れてる時に嫌な気持ちを沸き起こすのがうまいのかしら、あの馬鹿は!」
ぷんぷんと怒りながらキョーコは自室のベッドにどさりと腰を下ろした。
落ち着いて考えれば考えるほど、自分には尚に責められたり馬鹿にされる要因はないと思え、どんどん腹が立ってくる。

ううん…違うわ…本当に腹立たしいのは自分よ。

キョーコは ふう、とため息をついた。
最後に蓮とともに尚に会って以来しばらくは尚からの接触はなく、キョーコはその存在を気にすることなく過ごしていた。そして反対に、蓮との接触は多かったので必然的に一緒にいない時でも思い起こすのは蓮のことだった。
その状態で尚と相対すれば分かる。蓮と尚はあまりに違いすぎるのだ。

あんな馬鹿を好きだったって…20年も好きだったって……
こういうのを「黒歴史」って言うのかしら。

尚を好きだった過去を後悔するということは、すなわち今現在関わっている男性の方が『良い』と言うことになる。
キョーコはそのことにも気がついていた。

そりゃ…そうよね…
日本中の女性から憧れられる俳優さんで、見た目だけじゃなくて演技もすごくて。ううん、演技だけでもない。

興味を持って見てみれば、その才能の多彩さは本当に驚くほどだ。

それにそれに…

その先を考えると急にキョーコの頬は熱くなる。
年下のキョーコのレッスンを真剣に受けてくれたあの顔。キョーコの誕生日を祝ってくれたときの柔らかくまぶしい微笑。
電話から聞こえてくる甘く優しい声。


会いたいな……せめて声が聞きたい…


ぼんやりと考えてしまってからキョーコはハッと我に返った。

ななな、なに言ってるのよキョーコ!
最近こまめに連絡くれるからって…ず、図々しいでしょまったく!

ちらりと時計に目をやれば、すでに時刻は22時を回っている。
蓮の仕事は最近少しだけ落ち着いて、日をまたぐようなことはそれほど多くないと、そんなことを数日前の電話で聞いた記憶がある。

だから!だからと言ってなんなのよ!
もう、お風呂入って寝よう!明日も早いのよ!!

そう考えながら念のため携帯を開いてみると、そこには着信履歴が1件残っている。今日職場を出るときには通知はなかったから、ここに帰ってくるまでの間に着信したことは間違いない。

うそ…全然気がつかなかった!

慌ててぽちぽちと操作すれば、電話をしてくれたのは今考えていたまさにその相手。時刻もほんのついさっき、おそらく外で尚と言い合いをしていた頃だろう。キョーコは慌ててリダイアルをすると、どきどきしながら呼び出し音を聞いた。



関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する