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たのしいレシピ (17)


こんばんはです。
ぞうはなです。

ううう、ずるずると更新タイミングが予定からずれていく…





「最上さん、ちょっといいかしら」
飯塚がキョーコに声をかけたのは、新年の仕事始めからそれほど日が経っていない1月のはじめ。映画で食堂のメニューとして登場する料理についての打ち合わせが終わったタイミングだった。

「はい!」
キョーコは目の前の資料やノートを急いでかき集めて揃えると席を立ち、飯塚が自分の作業に使っている部屋に飯塚とともに入った。椅子を勧められ、キョーコはデスクをはさんで飯塚と向かいあって座る。
「もう聞いたかしら、本の話」
「本ですか?…来月発売の本ではなく?」
「あら、まだだったのね」

首をかしげたキョーコに、飯塚は傍らに積まれた中から一束の書類を取り出した。
「それじゃなくて、敦賀君の本の話よ」
「敦賀さんの本…ですか?」
「そう。先月末に終わったあのドラマ、反響がすごくてね。レシピブックを発行することになったの」
「あ、本当に出るんですね。要望が大きいってニュースは見ましたけど」
「そうね、番組放送中も局に意見が多く寄せられて、構想はあったみたい。だけどネタばれにもなるから、放送終了後の企画になったようね」
「あーー、なるほど」
キョーコは頷きながら飯塚から差し出された書類を受け取った。

「けど、飯塚先生のではなくて敦賀さんの本として出るんですか?」
「ええ。だってレシピの数としてはあなたと敦賀さんが考えたものの方が多いでしょう。私は全体監修として入ります」
飯塚の言葉に納得し、キョーコは書類をめくり視線を走らせる。

「ドラマの料理を回ごとにまとめて…なるほど、本当にドラマと連動したレシピブックになるんですね」
「そう。だから、あなたにお願いするわ」
「はい…?」

書類から目を上げてビックリ顔で固まるキョーコに、飯塚は呆れたように肘をついた。
「あのドラマの実際のレシピの仕上げと仕込みは全部最上さんに任せてたでしょう?」
「それはまあ…そうですけど」
「だから敦賀君とあなたの共著という形にしてもらったの。プロデューサーも納得してたわ」
「は……えええええぇ??」
「やだ、大きい声、驚きすぎよ」
「ご、ごめんなさいっ」
顔を少ししかめた飯塚に、キョーコは顔を赤らめて頭を下げる。

「レッスンも順調だったみたいだし、ドラマの現場でも息がぴったりだったって聞いたわよ。敦賀君も慣れたあなたと一緒の方がリラックスできていいでしょ」
「へ、一緒に??何をですか」
ドラマのレシピは全てキッチリと記録して、蓮もキョーコも持っている。本にするなら分量や手順などの体裁を整えて出せばいいはずで、写真だって自分が作ったものを…
「敦賀君の本を出すのよ、単純なレシピ本な訳がないじゃない」
「は…ということは」

飯塚は立ち上がるとキョーコの持つ書類の束の一番上の紙をぴしりと指差す。
「ほら、ターゲットは敦賀君のファンであり、料理にも興味のある若い女性層でしょ」
「ということはつまり、敦賀さんの写真集とレシピブックの間くらいのものになるってことですか」
「その通りよ。載せる料理の写真は敦賀君が実際に作るし、作業風景もふんだんに入るわ」
飯塚は満足そうに頷くと再び椅子に座ってキョーコをまっすぐに見た。
「実は敦賀君サイドには先に話が行ってるの。あちらからはOKが出ているそうよ、あなたとの共著についても」
「そ…そうですか」
「それで最上さんにも確認取りたいんだけど、受けてくれるかしら、あなた個人への仕事として」

キョーコはぴしっと背筋を伸ばした。
飯塚の言っていることはよく分かる。今まで数ヶ月間ここでしてきた仕事はすべて、飯塚のアシスタントとしての仕事だった。蓮のドラマだって元々は飯塚への依頼だ。
つまり今回が、初めてちゃんと自分の名前が表に出る仕事となる。
「はい。私もドラマでの仕事の集大成になりますし、喜んで受けさせていただきます!」
「そう、よかったわ」

飯塚は微笑むとキョーコの手から資料を受け取り、思い出したように言った。
「ああそうそう、写真は主に作業風景を撮るってことだから、あなたも出ることになるわ。よろしくね」
「え…えええっ?わ、私もですか?」
「そうよ。ドラマの現場の再現ですって。裏話的なものも載るみたいだし」
「いやでも私そんな……だって、敦賀さんのファンの方が見られる本なんですよね?私なんて邪魔なだけじゃないですか」
「あら大丈夫よそんなこと。何よりそういう形での本にするって事はあちらの希望でもあるんだから」
「………」
キョーコは口をぽかりとあけて絶句してしまった。
「よかったじゃない、敦賀君に気に入られたみたいだし。先方には私から伝えておくから」

飯塚の部屋から退出したキョーコは、ドアを閉めると眉をひそめた。

昨日の電話のときは敦賀さん、一言もそんな事言ってなかったじゃない…!
どういうことどういうこと?
そりゃ仕事もらえるのは嬉しいんだけど…だけどっ!

腕時計を思わず見るが、まだ夕刻。
いつもの蓮のスケジュールを考えると連絡がつくまでしばらくかかりそうだ。

そう考えてからキョーコははたと我に返って自席に戻りかけた足を止めた。
蓮が忙しく、仕事が不規則なことはよく分かっているので、キョーコから蓮に連絡を取ることは滅多にない。けれど蓮は忙しいにも関わらずこまめに電話をかけてくれる。
レッスンとして時間が確保できるという状況が終わった今、落ち着いて会うことはなかなか難しいのだが、時間が許せばキョーコのアパートまで車で来て、30分だけ車の中で話をしてまたすぐに帰るということもあった。

そうよね、敦賀さん忙しいから…なのに無理してくれてるよね。
けどこれが実現すれば、仕事としてだけど、会える機会が増えるってことよね。
それは素直に嬉しいんだけど。


蓮は「まずは友達として」と大胆に宣言してからは、キョーコの気持ちや尚との関係を聞きだそうとすることもなく、いたって紳士的に本当に"友達"として接してくれている。
いや、宣言後はなにやらこそばゆくなるような意思表示は大小様々に会話の端はしに織り交ぜてくるし、急に髪や頬に触れてきたりして、キョーコがドキドキすることは非常に多いのだが。


私なんだか…敦賀さんの好意に甘えてない?


この場合「好意」なの?それとも「厚意」?
くだらないことで悩みながら自席に戻り、今日は蓮からの連絡はあるだろうかとソワソワする気持ちでキョーコは携帯電話を見つめたのだった。


「あ、飯塚さんから話いったのか」
『今日伺いましたけど…なんで今まで内緒にしてたんですか?』
その日の夜遅く。キョーコが口を尖らせている様子が電話越しでも声から分かり、蓮は笑いながら答えた。

「内緒にしてた訳じゃないけど、飯塚さんから君に話が行くのが正当なルートだろう?」
『それは…そうですけど…』
「君が事前に知っていたら、それこそ飯塚さんも不思議に思うよ」
『はあ…』

まだ納得のいっていない様子のキョーコに、蓮は少し口調を変える。
「もしかして、俺の本の仕事は嫌だった?」
途端に慌てたような返答が返ってきた。
『ま、まさか!そんな事ないです!!だって自分の名前でお仕事できるの初めてですし、仕事とはいえ敦賀さんと一緒にまたお料理できるのも楽しみですし』
「だよね、俺もすごく楽しみだ。…本当はプライベートで時間とってできるといいんだけどね」
『お忙しいんですから仕方ないですよ!』
「うん、仕方がないのは分かってるんだ。けど最近、ちょっと気分的にはわがままになってるかもしれない」
蓮は少しため息混じりに呟いた。

『わがままって…?』
不思議そうに問われて蓮はすぐに答える。
「これだけ必死に仕事してるんだから、たまには君とゆっくり会う時間が欲しい…そんな風に考えちゃう、わがままだよ」
電話の向こうでキョーコはしばし沈黙した。数秒経ってからようやく声が返ってくる。
『そ、それはわがままではないとは思いますがでもあの…』
「大丈夫、ちょっとしたら君と一緒に仕事できるって分かってるから。しばらく我慢するよ」
『は、はい…』

キョーコはまたしばらく黙ったあと、恐る恐る聞いてきた。
『あの…今回のお仕事、本当に私がお受けして良かったんでしょうか…?』
戸惑いが80%含まれた声に、蓮は「ああ」と苦笑する。
「君の事だから、そういう反応すると思ってた。俺が気を遣って君の名前を出したと思ってるんじゃないかと」
『だってあのドラマは元々飯塚さんへの依頼でしたし』
「安心していいよ、うちの事務所に話が来た時点で最上さんの名前は出てたから」
『そうなんですか?』
「そう。プロデューサーの構想に、君と俺とで料理を作る画があったみたいだ」
『そうですか……それならよかったです』

ほっとした声を出すキョーコとその後たわいもない会話を続け、蓮は「おやすみ」と電話を切った。
座っていたソファの背もたれにどしりともたれると、大きく長く息を吐きだす。

まったく…本当になんと言うか、なかなか甘えたりしてはくれないものだな…

まだどこか遠慮しているような他人行儀なような。
キョーコが礼儀正しくそうそう人に甘えたりしない事はよく分かっているつもりだが、何かよそよそしくてもどかしい。

いや、慌てずにゆっくりいこうと決めたはずだ。

キョーコ相手にプレッシャーをかけたら、なんだか逆効果な気がしてならない。
そう、こうしてうまい具合に一緒の時間も確保したのだ、もちろん2人きりにはなれないだろうが。

慌てるな、慌てるな。

蓮は自分に言い聞かせるように呟いて、また息を吐きだした。


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