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たのしいレシピ (13)


こんばんはー。ぞうはなです!
珍しく週末更新でお送りいたします。





「久しぶり」
「お、お久しぶりです」
ドアが開き、にこやかな蓮の顔が見えてキョーコの声は若干上ずる。

それもそうだ。
キョーコが蓮を出迎えたのは自分では入ろうとも思わない、都心のお洒落なイタリアレストラン。
キョーコにとってはかなり高級な価格設定なのに週末の夜のためかお店はいっぱいで、この奥まった個室にたどり着くまでに大勢の人の横を通り抜けてきた。今こうして姿を現した蓮だってその人並みの中を歩いて来たに違いない。帽子とサングラスと言う、蓮のまばゆいオーラを隠すには心もとなすぎる変装グッズがどれくらい役に立ったのか、キョーコはハラハラしている。

それくらい平常心ではなかったので、「久しぶりと言うけどまだ最後に会ってから一週間も経ってない」という事実にはキョーコは気がついていなかった。

「どうしたの?なんだか落ち着かない顔して」
「だ、大丈夫ですか、こんなお店でお会いして…」
「なんだそんなこと。この間だって二人でご飯食べたよ?」
「あれはだって、お仕事だって分かっていたからいいんですけど」
「はたから見れば同じだよ」

笑いながらハンガーにコートをかけサングラスと帽子を取って自分の真正面に座った蓮の正論に、キョーコは でも と思いながらも黙る。
割と最近、同じように個室で蓮と向き合ったのだが、なぜだかキョーコの心中はその時とは違って落ち着かない。不思議と蓮の姿を見ているだけで胸がどきどきするし、その大きな手が動く様などを目で追ってしまって視線も定まらない。

「ドラマ終わっても仕事は忙しいの?」
キョーコが懸命に平静を保っていると、蓮はいつもの笑みで話しかけてくる。
「敦賀さんほどではないと思いますが…映画と、あと来年先生が本を出されるのでそこそこには」
「ああ、映画は俺も聞いたな。新開監督のだね」
「そうなんです!漁港で食堂を切り盛りする女性の話でまた飯塚先生が監修をお願いされて」
「じゃあ今日は忙しいのに呼び出しちゃって大丈夫だったかな」
「大丈夫ですよ。私は敦賀さんの方が心配です」
「俺が誘ってるんだから大丈夫だよ」

話してみればすらすらと会話はつながり、キョーコはほっと胸をなでおろす。しかしキョーコの心中を知っているのか何なのか、ふとキョーコを見つめた蓮からの一言が不意に投下された。
「来てくれてよかった。会いたかったんだ、最上さんに」

どっかん、と耳元で大きな爆発音がしたような気がする。わざとなのか、何も考えていないのか。どっちしたってその破壊力は強力だ。
「またご冗談を」
「冗談抜きで、今日は楽しみにしていたから」
なんとか普段通りに返したところでドアがノックされ、ウエイターがメニューを持って入ってきた。蓮とキョーコは真剣にメニューを検討し、オーダーをするとまた向き合う。
「ここはね、パスタが自家製の生麺でピザは石窯で焼くらしいんだ」
「それは…美味しそうですね」
「君の口に合うといいんだけど」
「私そんな美食家じゃありません。なんでも美味しくいただきますよ」
「いや、美味しいご飯を作れる人は舌が敏感だよ」

会話は弾むが、キョーコは無意識のうちに話題を食事から逸らさないようにしていた。また変なことを言われたら、今度は顔に出てしまうかもしれない。顔に出たら、蓮に不審に思われるだろう。
そもそもキョーコが動揺することを言う蓮に原因があるのだが、深い意味はないのだから、と言い聞かせるキョーコは必死だ。

まもなくウエイターによって真っ赤なオレンジジュースが運ばれてきた。
「不思議ですね、敦賀さんにオレンジジュースって」
「おかしいかな?」
「ワインとかシャンパンの方がしっくり来ます」
「今日は車だからね」

笑ってグラスを少し掲げてから、蓮はキョーコをじっと見つめた。
「最上さんはまだ飲んだらダメだもんね」
「はい」
「もう少しでお酒も飲めるようになるのか。誕生日はいつ?」
「…12月25日です」
蓮の目が少しだけ見開かれる。
「本当にもう少しだね。それに、クリスマスなんだ」
「そうですね、私の誕生日聞いた人は皆そう言います」
「じゃあ、プレゼントがクリスマスと一緒にされるのか?てことも聞かれるよね」
「聞かれますね」
「実際どうだったの?」

蓮の質問は、何気ないものだった。けれどキョーコはふと目を伏せる。
「……やっぱり一緒でしたね。けど、そういうものだと思っていたから別にいいんです」
「…そう」
気を取り直すようにキョーコは笑った。その笑顔はいつものものだったが、蓮は微かな違和感を感じながらグラスを口に運んだのだった。


「年末までずっと仕事?お正月は?」
楽しい食事を満喫した帰り道、当たり前のようにキョーコの家まで車を走らせながら蓮は聞いた。
「大みそかはお休みですし、年始も4日からですね。ちゃんと休ませてもらってます」
「そうか、でも年末は忙しそうだね」
「本の写真を年内に撮り終わらないといけないらしいんです。でもいつも思いますけど、敦賀さんの方が大変そうです」
「俺の仕事は不安定だからね。忙しいのがありがたいことだと思うよ」

そっか、とキョーコは運転席の蓮を見る。
芸能人はサラリーマンと違って決まった時間に仕事をするような職業ではない。求められなくなれば仕事はなくなり、食っていくのもままならないと聞くし、常にテレビに顔を出せるのは業界の中でもほんの一握りだ。

その中のトップグループでひた走っているような人だもんね。
ホントつくづく、なんでこんな人と2人でご飯食べに来てるのか、不思議になっちゃう。

そんなことを考えながら蓮の顔を見ていると、ふと蓮の顔がこちらを見て目があったのでキョーコはドキリとした。
「どうしたの?」
「べ、別に何も!!」
「そう?何か言いたい事があったら遠慮なく言ってくれていいよ」
「ありませんよ、言いたいことなんて」
車の中は暗くてキョーコはホッとした。それに蓮は運転中だからこちらをまじまじと見る事はない。

なぜ自分は今日、これほど蓮に対して反応してしまっているのだろうか。
半分は理由が分かっている。先日までは"仕事"だったのが、今は完全にプライベートだから。
だがその先がよく分からない。なぜプライベートで蓮に会うと自分はドキドキするのか?

これは…なんだかちゃんと分からない方がいいようなそんな予感がするわ。

完全に自分の気持ちと向き合ってしまったら、取り返しのつかないことになるような。
そんな悪い胸騒ぎがする。

「少し遅くなっちゃってごめんね」
蓮の声とサイドブレーキを引く音でキョーコは我に返った。
「いえ、そんな!送っていただいてもうそれだけで」
顔を上げればそこは自分のアパートの前だ。キョーコが慌ててシートベルトを外すと、既に蓮は助手席側に回り込んでドアを開けてくれている。
この手際の良さも何もかも。蓮のすべてが原因だ。

「本当にありがとうございました。お食事も御馳走になってしまって、送っていただいて…」
アパートの前でキョーコは深々と頭を下げる。
「いや、全部おれがやりたくてやってる事。ただ、もし誘われるのが迷惑だって思ったら遠慮なく断ってほしい」
蓮の言葉にキョーコは下げていた頭をがばりと上げた。
「まさかっ!私だって敦賀さんにお会いするととても楽しくて!だから迷惑だなんてことあり得ません!」
「ほんとに?ほんとなら、嬉しいんだけど」
「ほ、ほんとですよ」

また恥ずかしそうな嬉しそうな笑みを正面から見てしまい、キョーコはそのあまりの神々しさにフリーズする。

「また年内に誘ってもいいかな。…時間今日みたいに遅めになっちゃうかもしれないけど」
「その、敦賀さんのお仕事とかそういう都合がよければっ」
「ありがとう。また連絡するね」
蓮は少し躊躇ったが、その大きな手をキョーコの頭に乗せてぐしぐしと撫でた。
「ありがとう」
もう一度お礼を言うと、蓮はキョーコの頭に乗せた手を自分の方に軽く引き寄せた。キョーコのおでこが蓮の胸に触れるくらいまで引き寄せられると手はすっと外される。
小さく手を上げて蓮は歩き去る。その後ろ姿をぼうっと見送ったキョーコの顔は、蓮がエンジンをスタートするくらいでようやく真っ赤にゆで上がった。

蓮の車が走り去ったあとしばらく立ちつくし、我に返ったキョーコの目にアパートの入口が飛び込んでくる。
不意にキョーコの脳裏にここでしばらく暮らした男の顔が大写しで蘇ってきた。そして同時に、分析するのをやめようと思った自分の気持ちが、すとんと理解できてしまう。


そう…そうなのよね。
この気持ち…東京に出てきた頃に抱いてた、暖かい気持ち。

もう捨て去ろうと思っていた他人に対するこの気持ち。
それは憧れであり、期待であり、いくばくかの執着でもあるかもしれない。


…愛しい気持ち。

ついさっきまで顔を見ていたら嬉しくて、でもこうして離れると悲しくて。
期待がある分不安で、楽しい反面切なくて。

ダメ、ダメだってば。


かつては唯一無二の存在であった幼馴染は、蓮と比べれば驚くほど霞んで見える。
つまりは蓮と言うのはそういう人なのだ。そんな人にこんな気持ちを抱いたら。その後の事を考えると身震いするほど恐ろしくなる。

ほんと、ダメだってば。

楽しかった時間を後悔するように、キョーコは肩を落として階段をのぼりはじめた。


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