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たのしいレシピ (12)


こんばんはっ。ぞうはなです。

うぬぬ、遅れがちな更新ですが今夜もなんとか続きです。





「なんでしょう、私にできる事でしたら」
ぴしっと伸びた背中ときりりとした表情を見て、蓮は切り出し方を間違えた事に気がついた。

しまった、完全に仕事だと思われた…

「いやそんなにかしこまらなくていいんだ。俺の個人的なお願いだから」
「個人的な?な、なんでしょうか」

キョーコの表情にうっすらと戸惑いが混ざり、蓮はそれを確認するとうなずいて口を開いた。
「今言った通り、俺は最上さんのレッスンがすごく楽しかった。それはきっと、先生が最上さんだったからなんだ」
「そんな、とんでもない」
「お世辞でもなんでもなく、俺は心からそう思ってる」
「は…ありがとうございます」
蓮が真面目な顔で言い切ったのを見て、キョーコは今度は少し恥ずかしそうに照れた表情になる。

「それでね」
話がそれないよう、蓮は少し急くように言葉をつないだ。
「ドラマのために君に教わるのはもう終わりになってしまったけど、これからも会ってもらえないかな」

「………」
キョーコは表情を消して黙りこくった。段々と眉間に皺が寄り、視線が上がり、考え込むような表情になる。蓮は辛抱強く10秒ほど待つと、再び口を開いた。
「先生としてじゃなくて…友達として」
「ともだち?」
「うん」
「なぜ…?」
「言っただろう、君と一緒にいると楽しいんだ」
「レッスンが、ではないんですか」

蓮はようやくキョーコの思考の変遷が分かって表情を崩した。
普通、仕事と関係なく会ってくれと言われたら、それはもう告白に等しいと受け取られてもいいような気がする。けれどキョーコはそんな事は思いもしないのだ。蓮が自分の事を料理や家事の先生としてしか認識していないと、信じている。
潔いと思うが、少しも勘違いしてくれないのはそれはそれでややショックではある。いや、落ち込んでいる暇はない。

「もちろんレッスンも楽しかったんだけどね。俺にとってはそれ以外の時間も大切だった。君とご飯を食べに行くのも、またいろんなものを一緒に食べたいと思うくらい楽しかった。食事は空腹さえ満たせればいいと思っていた俺が、ようやく一緒にご飯を食べたいって人と巡り合えたんだ」
「そ…そんなまたオーバーな…」
蓮の気持ちが伝わったのか、キョーコはどこか気圧されたようにしどろもどろだ。
「オーバーじゃない、素直な気持ちだよ。だからこれからも、会ってもらってもいいかな」
「は、はい。その…もちろんそれはその、私も敦賀さんとお話しするの楽しいですし!」

「ありがとう」
安心したように息を吐いてお礼を言ったその顔は、これまで見た中で最上級に嬉しそうな、少し照れくさそうな、なんというのだろうか、まぶしすぎて見ている方が赤面してしまう笑顔だ。

顔が熱くなるのを自覚したキョーコが取り繕おうと口を開けた時、給湯室の外側から声がかかった。
「蓮、出番だってさ」
遠慮がちに顔をのぞかせているのは眼鏡のマネージャー。

「わかりました」
蓮はちらりとそちらを確認して返事をすると、キョーコに向き直った。
「本当にありがとう。ごめんね、慌ただしくて。また…連絡するから」
すっと差し出された手をキョーコがおずおずと握ると、キョーコの手は柔らかく、けれどしっかりと大きな手で包み込まれた。
「じゃあ、また」

笑顔で去って行く蓮を見送ると、キョーコは何やら複雑な笑みを浮かべた社と目があった。
「俺からもお礼を言わせてキョーコちゃん。本当に蓮がお世話になりました」
「いえそんな、それが私の仕事ですから!…でもあの、本当にお役に立てましたでしょうか」
「役に立つなんてレベルじゃないよ!あの蓮が料理するなんて撮影が始まる前は予想もできなかったんだよ。なのに今じゃ主婦のようなこなし方になったって評判なんだ。家でも練習ついでに自分の簡単な食事は作ってるみたいだしさ。ほんと、キョーコちゃんのおかげだよ」
「そんな、もう敦賀さんも社さんもオーバーですよ」

笑うキョーコに社は真剣な顔で首をゆっくり横に振る。
「キョーコちゃんはこのドラマの蓮しか知らないだろうけどね。あいつは本当に空腹中枢がマヒしてて、放っておくと食べないんだよ。食べたとしても味にも栄養にも無頓着でさ。これも何かの縁だし、見捨てないでやってよ」
「見捨てるだなんてそんな!」
「いやほんとに。それにあんなに楽しそうな蓮の顔、俺も初めて見たかもしれないな。あいつは演技でいろんな顔するから、素の感情がどうだったかって分からなくなっちゃうんだけどね」
「あーー…」

確かにそうだ。
キョーコもじかに蓮と話して、初めて蓮の素顔を見たような気がした。
自分が好きだった尚がずっと一方的にライバル視して嫌っていたので、しょっちゅう尚がテレビ画面に向かって投げつける「きざっちい、格好つけやがって」という言葉を鵜呑みにして、少し前まではなんとなく苦手意識というか、尚の敵で嫌な奴という先入観を持っていたのだ。
けれど実際に会ってみた蓮は紳士で大人で、穏やかで、年下の自分の指導を素直に受け入れ、新しい料理を考えるときは真剣で、そしてちょっと茶目っ気もあってたまに意地悪で。

「私その…敦賀さんってもっと冷静で感情を外に出さない方かと思ってたんです」
「うん、俳優としての蓮はそうだね」
「だけどレッスンでお会いするともっとずっと人間味があふれてて、だけど真面目で尊敬できる方だって思いました」
「キョーコちゃんが相手だからってのもあると思うよ」
「え?それはどういう…」
「今キョーコちゃんが言ったのって結構当たっててさ。あいつ他人に対してはちょっと距離を置くところあるんだ。けどさ、キョーコちゃんと料理してる蓮って本当に楽しそうで、年相応って言うか、ああこいつ、まだ若かったんだよなあって」

呆然とした表情で自分を見るキョーコに、社は苦笑いに近い笑いを浮かべて頭をかいた。
「蓮の近くにいる俺さえそう思うくらいなんだよ、ほんとに」
「……そうなんですか」
「蓮が心開く相手って珍しいからさ。だって俺も付き合い長いのに、最近ようやっと蓮の本音がたまに聞けるかなーってそんな感じなんだよ」
うんうんと頷く社はなんだかとても嬉しそうだった。


「だから、これからもよければ友達として付き合ってやってほしいな」

社の言葉が頭の中を回る。
キョーコは吊革につかまって電車の窓に映る自分の顔をぼうっと見ていた。
社は給湯室での蓮とのやり取りを聞いていたのだろうか。いや、社が近づく足音は直前に聞こえた。2人はそれほど大きな声を出したわけでもなかったし、ほとんど聞こえてはいなかったはずだ。

あの敦賀さんと友達にって…なんか変な感じ。

キョーコは自分の周りに立っている乗客をちらりと見回す。
もし今自分がこのあたりの人に「私、俳優の敦賀蓮さんと友達なんです」と言ったって、頭がおかしな人だと思われるだけで誰も信用なんてしてくれないと思う。それくらい現実味のない提案だ。
そもそも一般の人は俳優と一緒に仕事をすることだってないのだが、もし仕事で知り合う機会があるとしてもそのまま友達になるだなんて事、妄想こそすれど本当のことになるとは考えないだろう。

だけどどこか、どこかそれを誇りに思い喜んでいる自分がいる。

だって…あんな顔見せられたら。

自分が頷いた時の蓮の顔。
どんな女性だってあんな笑顔を見せられたら間違いなく勘違いしてしまう、そんな神々しい笑顔。

敦賀さんって…一緒にいると楽しいし、あの仕事に対する姿勢なんてものすごく勉強になるし。

ぶつぶつと理由を並べてみるものの、キョーコはもう一度あの笑顔を思い出して心臓がどきどきと打つのを自覚する。

ちょっとキョーコ!分かってるじゃないの、友達よ友達。
でも…友達?なんかほんと…本当かなあ。

はあぁぁぁ、と大きくため息を吐き出したキョーコは隣に立つサラリーマンの視線を感じ、咳払いして背中を伸ばし電車に揺られていった。


「…そういえばさあ、キョーコちゃんってまだ19だったよな」
「そうですけど…なんですか、いきなり?」
その日の夜遅く。
撮影が終わって帰る車の中、助手席の社がしばらく続いていた沈黙を破った。

「いやだってさーー。キョーコちゃんとプライベートな付き合いするのはいいんだけど、相手が未成年だとある程度気をつけなくちゃいけないよな」
「…社さん、なにかよからぬ事考えてませんか?」
冷たい声を出した蓮に、社はにやりと笑って「へえぇぇ」と声を上げた。
「そういうことを想像するってことはやっぱり……って違うよ。いや、もし誰かに何か言われてもキョーコちゃんが成人してれば問題は何もないなって思っただけ」
「別に何も言われませんし、そういう関係じゃないですよ」
「分かってるけどさ。うーん、キョーコちゃんの誕生日っていつ?」
「…知りません」
「それくらい聞いとけよ~~」

呆れたように社は頭の後ろで両手を組み、窓の外を見る。
はいはい、と蓮は流しながらも、「でも本当に、最上さんの誕生日はいつなんだろう?」という疑問に囚われていた。



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