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たのしいレシピ (11)


おこんばんはです。ぞうはなです。
ううう、遅くなったー。けどなんとか今週最後の更新です。





キョーコは近づいてくる男の気迫に少しひるんだ。
つい先日、似た状況で会った時も不機嫌そうではあったが、ここまで怒りを顕わにした尚に相対するのは初めてだ。最近では自分を馬鹿にするような顔や興味なさそうに流す顔はよく見ていたものだが。

「お前またそいつと一緒か」
「…余計なお世話よ。仕事だって言ってるのにそのスポンジ頭は覚えていられないの?」
尚の一言に怒りが戸惑いを上回り、キョーコは即座に言い返した。しかし尚も負けない。
「そいつの車に乗ってんのは仕事とは関係ねーだろ!」
「あんたに言われる…」

かっとなって口を開いたキョーコを、蓮はすっとあげた片手で制した。
「こんな遅い時間に一人で帰すのは危ないから、俺が強制的に送っているだけだ」
「ああ?」
「君は遅い時間に女性を一人で帰すのか。それぞれの価値観だからいいとは思うけど、俺が送ったからと言って最上さんに怒鳴ることではない」
蓮は穏やかな表情、穏やかな声で静かに言った。その顔にはうっすらと笑みさえ浮かべているのだが、なぜかキョーコは静電気のようなぴりぴりとした空気を蓮から感じる。

「それで一体、あんたはここで何してんのよ」
キョーコは蓮の言葉にほんのちょっとだけ冷静さを取り戻し、尚が現れた瞬間からの疑問を口にした。しかし望む返答が得られるわけもない。
「別に。俺がどこにいたって勝手だろ」
「そうね、勝手よ。それと同じで、私がいつどこに誰といようが勝手なのよ」
尚はむつりと黙り込んでキョーコを睨む。キョーコのセリフはごく当たり前だが、今までキョーコから尚に向けて言われたことがない内容だ。

蓮はひとつため息をつくとキョーコのほうに顔を向けた。
「こんな遅い時間に大きな声を出すのも近所迷惑だけど」
「あっすみません、そうですね。私もう、帰ります」
軽く頷いた蓮は再び尚のほうに視線を向けた。
「君は最上さんの部屋に用があったのか?」
「ちげーよ!たまたま近くを通っただけだ」
「じゃあもう用はないね」

何か言おうと口を開きかけた尚を無視するように、蓮はキョーコに向かい合う。
「じゃあ、また明日、よろしくお願いします」
「こちらこそ。明日サブメニュー決めて、本番は皆がびっくりするようなのを作りましょうね」
「うん。じゃあお休みなさい」
「お休みなさい。送ってくださってありがとうございました。それにすみませんでした…敦賀さんもお気をつけて」
「ありがとう」
蓮とキョーコは笑みを浮かべて挨拶を交わすと、キョーコは尚と目も合わさずアパートの階段を小走りで上がっていく。

蓮と尚はそれぞれが後姿を見送ったが、その姿が消えてかすかにドアの閉まる音が聞こえてから、ゆっくりと蓮は尚を見た。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「んだよ」
蓮に話しかけられて尚は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、つっかかるように短く答える。それに対する蓮の質問も短かった。
「君は最上さんの恋人?」
「ばっ!……ちげーよ」
「単なる幼馴染?」
「…あいつ、何をべらべらと……」
ぶつぶつと不満げにつぶやいた尚だが、質問を発したまま自分の顔を見て黙っている蓮に気づくと、いらいらと言葉を返す。
「ああ、そうだよ、単なる幼馴染!」
「そうか、ありがとう」

一人で頷いて納得した蓮はそのまま尚に背中を向けたが、尚はその背中に対して乱暴に言葉を投げかけた。
「待てよ。んなこと聞いてどーすんだよ。俺が恋人だって言ったらどうするつもりだったんだ?」

蓮は踏み出しかけた足を止め、ゆっくりと振り返る。その顔には馬鹿にしたような笑みが浮かんでいた。
「別にどうもしないが?単純に俺の中で罪悪感があるかないか、それだけだ」
「罪悪感?」
「そう。馬に蹴られるかどうかってこと。もっとも俺は、君の答えがどうであれ行動を変えるつもりはないけど」

じゃあ、と言うと、蓮は再び尚に背中を向けて歩き出した。尚の目の前でなめらかに光る流線型の車に乗り込み、そのまま走り去っていく。

「んだよ…!嫌味ったらしい男だな……キョーコまさかあいつ?」
ぶつぶつと漏らした尚だったが、もうその場には蓮もキョーコもいない。尚はちらりとキョーコの部屋のあたりを見上げると、苛立ちをぶつけるように転がっていた空き缶を思い切り蹴飛ばし、スマホでどこかに電話をかけながら立ち去ったのだった。


「ふわぁーーーー!お兄ちゃん、すごい!!」
歓喜の声を上げたのは子役の少女。
台本に書かれた台詞のとおりだが、そのきらきらと光る瞳は演技ではなく本人の感情がそのまま出たものだろう。

エプロンをつけた蓮が笑っているすぐ横のダイニングテーブルには、真ん中で圧倒的な存在感を放つローストチキンと、彩り豊かなその他の料理がぎっしりと並べられ、さらにキッチンとの間のカウンターにもテーブルに入り切らなかった皿が乗っている。
「こんなにたくさん、食べきれるかなあ?」
「父さんと母さんも帰ってくるから……にしても、ちょっと作りすぎたかな?」

うれしそうに机の上を眺めていた少女が、はっと気がついたように顔を上げる。
「お兄ちゃん、ケーキは?」
「あるよ」
「それもお兄ちゃんが作ったの?」
「うん」
蓮が頷くと同時にインターホンのチャイムが鳴る。
「あ、お父さんたち帰って来た!!」
部屋から少女が駆け出していき、そして「カット」の声がかかった。


「早く食べたーーい!」
「こら、食べるのが目的じゃないよ」
「だって本当においしそうだもん。敦賀さんこれ全部作ったの?」
「ほんとだよね、すごいな」
次のシーン撮影との合間、子役の少女はダイニングテーブルに張り付いて食べたそうにしている。周りのスタッフもその様子をほほえましく見ながら蓮を賞賛した。
いつもこのドラマの撮影では兄弟たちが食卓を囲んで実際に食べるシーンがあり、少女はそれをかなり楽しみにしているのだ。すっかり蓮の料理のファンになっていると言ってもいい。
「いつも通り、最上さんの手助けを受けてますよ」
「それにしたってなー。ほんと、集大成って感じ」
「そうですね、俺もそう思いながら作りました」
「これで最後だもんね」
「ええ」
頷きながら蓮はセットのそばで待機しているキョーコの方を見た。

「しっかし飯塚さん、結局後半はあんまり顔出さなかったな」
スタッフが蓮につられてキョーコに視線を送りながら言う。
「最上さんがいますから、現場にくる必要なかったんじゃないですか」
「それもそうだな。飯塚さん今大人気で忙しい人だから、キョーコちゃんがいてくれてよかったよ」


「これで終わり、かあ…」
キョーコはぽそりと呟いた。
ドラマにおける料理専門の裏方である自分は、今日の撮影で最後の仕事となる。
「でもさっきのシーンでケーキ出したときの皆の反応、すごかったな」
くすくすとキョーコは笑う。撮影が始まるだいぶ前に冷蔵庫にしまわれたケーキは本番まで共演者の目に触れる事はなかったのだ。キョーコと蓮による小さなサプライズと言ったところか。

「それにしても全然残らなかったな」
キョーコはセットから下げられた皿や調理に使った器具を給湯室で片づけながら呟いた。
毎回食事シーンの撮影が終わると出演者やスタッフがわらわらと集まってきて料理の残りの試食会が始まる。今日は特に最後のためか撮影がしばらく中断し、なにやらパーティーのような様相を呈していた。
自分が作った料理を「美味しい」と言って食べてもらえるのは嬉しい事だ。やはりこの仕事は自分の天職だと思える。けれどだいぶ慣れたこの現場も今日で最後。そして蓮の部屋でのレッスンも。用意した料理が無くなるとともにそれが実感され、キョーコは言いようのない寂しさを感じていた。

「っと、ぼんやりしてる暇はないわよ」
腕まくりをして片づけに取り掛かったキョーコだったが、人の気配を感じて振り向いた。
「敦賀さん?」
「お疲れ様、最上さん」
「お、お疲れ様です。あの、撮影は…?」
「ああ、今他のシーンを撮ってるから俺は休憩中」
ああ、と安心したように呟いたキョーコの元に、蓮はゆっくりと近づいてくる。
「本当にありがとう。おかげで撮影もうまく行ったし、すごく楽しかった。君が帰ってしまう前にお礼が言いたくて」
「そんな、わざわざありがとうございます!私もすごく楽しかったですし、すごく勉強になりました」
「そう?それなら俺も嬉しいな」

蓮は笑顔を見せたが、すぐに表情を戻す。
「あの…この間話そうと思ってたんだけど」
「はい?」
少し首をかしげたキョーコに、蓮は意を決したように口を開いた。
「君にお願いしたい事があるんだ」


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