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たのしいレシピ (10)


こんばんはーーー。ぞうはなです。
だいぶ間が空いてしまいましたが、息も絶え絶え続きです。





「その日は既にいっぱいでして…そうですね、ええ、15日だったら3時間確保できます。はい…ああ、なるほど」
蓮の楽屋では社が電話でやり取りをしている。年末のせいか、いつもより社は忙しそうに見える。
蓮の次クールのドラマと来年出演する映画は既に決まっているので、今調整がされているのは来月あたりのトーク番組やバラエティだろうか。

蓮は付箋がいっぱいついた手帳をめくる社の姿を目の端に入れながら、飯塚が作った料理のレシピをチェックしていた。

連続ドラマの最終回、父親の海外単身赴任先に突然飛んで行ってしまった母親が父と一緒にこれまた突然帰宅するクリスマスイブ。
前日に「明日帰るから」という電話を受けた蓮は、兄弟の予定を確認して全員が揃う事を知るとクリスマスのご馳走を一人作り上げる。

最終回に蓮が作る料理は今までで最高の品数だ。それにローストチキンやらケーキやら、手の込んでいるものも多い。
見栄えも気にしなければいけないし、まさに今までキョーコから習った事の集大成といえるだろう。しかし、品数と手順は多いがざっと内容を見る限りできないことはないと蓮は認識していた。

「最終回、何作るんだ?」
電話を終わらせた社が機械破壊を防止するゴム手袋をはずしながら蓮の手元を覗く。
「パーティー料理ですね。メインはローストチキンです」
「丸焼き?」
「ええ」
社は蓮の持つレシピに目をやり、一度目を離してから再度近くまで寄ってまじまじと覗き込んできた。
「この細かい書き込みって…お前の字じゃないよな。キョーコちゃん?」
飯塚がパソコンで作ったレシピの行間に、緑の字で細かく書き込みがされていることに社は気がついたのだ。
「ええそうです。飯塚さんが作ったものにコメントを入れて渡してくれるんです。こちらで決めなくちゃいけないメニューのヒントも」
「すごいな、お前の急激な上達はキョーコちゃんの努力の賜物か」
「本当にそうですよ、感謝してます」
蓮の脳裏にレッスンの時のキョーコの表情が浮かぶ。いつも必死に、懸命に、全力で蓮の指導をしてくれる。1人で取り組む5倍くらいの濃度と速度で蓮に知識とスキルがついていくのはやはり、どう考えてもキョーコの手腕だろう。

「じゃあ寂しいな、もうすぐドラマが終わりで」
蓮の表情を見た社がなぜか真面目な顔で言った。
「……そうですね」
「なんだ、そうでもないってか?それとも忘れてたのか?その事実を」
返事が少し遅れた蓮に、社はいぶかしげな顔をする。
「いえ、そういう訳ではないですけど」

あと2回。

キョーコが蓮の部屋に来るのはあと2回だ。そんなことはだいぶ前から十分認識している。
2回のレッスンが終われば最終回のパーティーのシーンで一緒に料理を作り、そこまででキョーコの仕事は完全に終わる。

「お前1人暮らしだし、理由つけてもう少し個人レッスン続けたいくらいだよな」
黙り込んでしまった蓮を茶化すように社が笑う。
「…まさかそんな」
ようやく絞り出した言葉はどこか苦しげなもので、社は再び笑みを引っ込めた。
「…蓮、キョーコちゃんと仕事抜きで友達になったらどうだ?」
「友達ですか?」
「ああ。年も近いんだし、おかしくはないだろ。大体2人で食事に行ったりしてるし、撮影のときも傍から見ればすごく仲のいい友達だ。仕事が終わったらそれまでだなんて、そんなことも決まってないだろう」

確かにそれは願ってもない事だけど…

蓮はレシピに目を落としたまま考え込んでしまった。

ドラマのために部屋に来てくれているキョーコ。
キョーコにとっては今の蓮との関わりは100%仕事だ。
蓮がたまに吐き出す言葉に対しての反応を見ても、きっとキョーコにとっての自分の存在はそれ以上でもそれ以下でもない。彼女自身が仕事とは関係ない自分とのつながりを望むだろうか。

そう、彼女には…同棲相手がいる。

キョーコの口ぶりでは2人はうまく行っていないようだが、本当のところは蓮には分からない。
先日キョーコのアパートで会った男は、キョーコが自分と一緒にいることに対して苛立ちを感じているように見えた。
キョーコが少しでも自分に好意を持っていてくれているならば動いてみる価値はありそうだが、なにやら望み薄な気がする。断られたときのダメージを考えると、胃が痛むような気がした。

「まあお前が決めることだ。ただ俺は、今までお前の周りにいた女の子たちとの関係とはちょっと違うように思えたからさ。いい友達になれるんじゃないかと思っただけだよ」
「そうですね…俺もそう思います」

自分の周りに自ら寄ってくる女性たちは、大体が自分と付き合いたいと思っているか、自分に憧れてくれているか、そのどちらかだ。仕事での付き合いであってもそれを口実に距離を縮めようとしてくる女性はなんとなくわかる。だからどうしても自分から距離をとらざるを得ないのだ、自分が相手をなんとも思っていないから。仕事に支障が出るから。だけど。

馬鹿か、俺は…
それは自分で最上さんのことを何か思っていると認めているようなものだぞ……

考え込んでしまった蓮を、社は半分呆れたような、半分哀れむような表情で見つめたが、懐で鳴り出した携帯にあわてて対応したのだった。


最後から2回目のレッスンは、いつも通り順調に行われた。

「本当にローストチキンはぶっつけ本番で大丈夫?」
「大丈夫ですよ、大体さすがに練習で丸ごと焼いたら、何日もチキンばっかり食べることになっちゃいますし」
「それはそうだけどね」
「温度と時間さえ間違えなければオーブン料理はそんなに難しくはないですから。前にグラタンやりましたよね」
レッスン中もその後の車の中でも、蓮とキョーコの会話の中心は料理のことだ。先日掃除におけるアルカリ性と酸性の話で盛り上がった後など、蓮はあまりの色気のなさに少し落ち込んだりもしたのだが、今は楽しく話ができればそれでいいかと開き直っている。

「だいぶ寒くなったね」
「ですね」
車を降りると、強い風が耳元を通り抜けていく。
髪を押さえて少し顔をしかめたキョーコに、助手席のドアを閉めた蓮が不意に聞いた。
「クリスマスのご馳走をたくさん習ったけど、最上さんはプライベートでもクリスマスに鶏を焼いたりするの?」
「いえいえ」
キョーコはふるふると首を振るとにっこりと笑った。
「クリスマスと言っても普通に仕事ですし、パーティーする予定がある訳じゃないですし」
「…そうなの?」
「敦賀さんはクリスマスはパーティーですか?」
「いや、俺も仕事」
「ドラマの撮影はもうすぐ終わりなのに、お忙しいですね」
「次のドラマの撮影がもう始まるんだ。年末年始はスペシャル番組も多くて」
「少しは休まれてますか?」
「丸1日の休みはここのところ記憶にないな」

さらりと言った蓮に、キョーコは目を丸くした。
「倒れちゃいますよ!」
「大丈夫、案外隙間の待ち時間が多かったりするんだよ」
「それじゃ体が休まりません」
「落ち着いたら休むよ、半日くらいなら休めるから」
「…お仕事だから仕方ないんだとは思いますが、本当に忙しい俳優さんのスケジュールってものすごいんですね」
「最上さんのレッスンがすごくいい気分転換になってるから今は本当に楽なんだ」

またもやさらりと言われた!とキョーコは内心どきりとした。
しかしすぐに立て直すとちらりと蓮を見る。
「本当ですか?そういう意味でお役に立てるとは思ってなかったんですけどお世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないよ。楽しくて楽しくて、もうあと1回で終わりだなんて寂しくてね」
「…あー…確かにあと1回ですねえ。でも撮影もありますし」
「ねえ最上さん」
ふいに立ち止まった蓮の口調が少しだけいつもと違う気がして、キョーコは無意識に背筋を正した。隣を歩いていた蓮が体をキョーコの方へと向け、じっと見つめてきたのでなぜだか心臓の音が大きくなってしまう。

「もしよかったら」
しかし発せられた蓮の言葉は間近で聞こえてきたクラクションの音に遮られた。
遠慮のない大きな音の方にキョーコと蓮が顔を向けると、2人がいるすぐ先、路肩にハザードを出して停められた車が見える。運転席の男は戸惑い気味に二人を見ていて、そしてその男が握るハンドルの真ん中のクラクションに手を伸ばしているのは助手席の男だ。

「ショータロー…!また何しにきたのよ」
唸るようなキョーコの声が聞こえた訳ではないだろうが、助手席の男は運転席の男に何かを告げると車から降りる。車はゆっくりと走り去り、車から降りた尚は明らかに友好と正反対の表情を浮かべて二人の方に近づいてきた。




おにいちゃん、そっと背中を押してみる。


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