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たのしいレシピ (9)


おこんばんは、ぞうはなです!

しかしどの話でも無自覚な2人。もどかしい続きです。





「あの、どうぞ…」
湯気を立てるコーヒーと、小皿に入ったクッキーをテーブルに置かれて蓮は頭をかいた。
「ありがとう…ごめんね、かえって気を遣わせちゃって」
「いえそんな!……こちら、こそ…」

キョーコの語尾が小さく消え、蓮はとりあえず手を伸ばしてカップに口をつけた。カップを戻しながらキョーコの様子をちらりと伺い、少し考えてから口を開く。
「不破君、だっけ?…彼はこの間のお店の人なんだね。ご両親が経営してるとか、そんな感じかな」
「あ、はい!仰るとおりです」
「それがなぜ、君と一緒に東京に?さっきの彼の口ぶりだと東京の店にも関わっているようには思えなかったんだけど」
「ええ、あいつは店を継ぐのが嫌でこっちに逃げてきたようなもんなんです」
「…最上さんも一緒に?」

あーー、と声を上げ、キョーコは自分の前においたカップに手を伸ばした。
「バカだったんです、私」
「??」
首をかしげた蓮に、キョーコは苦笑を浮かべてコーヒーを一口飲んだ。
「私は小さいときからあいつの家に預けられてて、一緒に育ったようなもんなんです。あいつが店を継ぐのを嫌がっていたのは昔から知ってて…東京で自立したいって相談されて、頷いちゃったんですよね」

なぜかよく分からないが、蓮の胸の奥が小さくギシリと嫌な音を立てた。それを表に出さないような、のんびりとした口調で蓮は問う。
「それで一緒に住み始めた?」
「はい。あいつはファッションに興味があってそっちの仕事がしたいって言ってて。京都のお店は老舗の料亭で、色々しがらみがあるのは私自身よく分かってましたし、自分のやりたい事だってあるだろうって共感したんですよね」
「でもよくご両親が許したね。彼も…君も」
あはは、とキョーコは頭をかいた。笑ってはいるが、目の奥にどこか諦めの色が浮かんでいる。
「あいつのご両親はもちろん反対しましたけど、結果として飛び出す形になって…私が一緒ですからって説得した面もあります。まあ私は母親しかいませんし、その母はずっと私をあいつの家に預けっぱなしなくらいですから」
「そう…」

蓮には返すべき言葉が見つからなかった。
キョーコは自らの意思であの男と東京に来て、一緒に暮らしているのだ。男が目の前に現れたときから予想はしていた状況だが、実際に本人の口から聞くのは格別の破壊力がある。
「一緒に暮らし始めたけど、あいつはこっちで仕事見つけてきて、古着屋でカリスマ店員とかってチヤホヤされてたみたいで…段々ここに帰ってこなくなって今みたいな感じになっちゃったんです。結局私は生活の面倒見るための家政婦で、もう用済みってことでしょうね」

「君は…」
さばさばと語るキョーコのいつも通りの明るい口調も無理しているように感じられる。蓮は口を開いたが、キョーコと視線があって少しだけ躊躇った。
「君はいいの?…彼を追いかけなくて」
「冗談じゃありません」
予想外に強い口調が返って来たので、蓮は目を丸くしてキョーコの顔を見つめてしまった。
「私は自分の進む道を見つけましたし、飯塚先生のおかげで仕事もできてます。あんな奴に関わる必要はないんです」


「かえってお引止めしてしまいまして申し訳ありませんでした」
玄関で靴を履く蓮に、キョーコは本当に申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「いや、俺こそ図々しく上がりこんじゃってゴメンね」
「いえそんな、とんでもないです」
「でもなんだか新鮮だったよ」
「新鮮…ですか?」
「うん。ほら、最上さんは俺の先生だからね。先生と生徒って関係で、君のプライベートは全然知らなかったから…ちょっとだけ覗けたみたいで少し嬉しい」
「ま…」
キョーコは目と口を真ん丸く開けて絶句する。蓮はくすりと笑うと「じゃあ、また明後日にお願いします」と軽く頭を下げ、玄関ドアを開けた。
「こ、こちらこそ」
サンダルに足を入れかけたキョーコを蓮は上げた手で軽く制する。
「ここでいいよ。しっかり鍵しめてね」
「は、はい!あの…ありがとうございました!」

蓮はドアを開けた手をぴたりと止めて振り向いた。
「君が料理、特に和食が得意なのは…お店を手伝ってたから?」
「え…」
虚をつかれたように目をぱちくりさせ、しばらく黙ってからキョーコは頷いた。
「…そうですね、あいつのご両親には面倒見ていただきましたから、少しでも役に立ちたくて。褒められたくて、包丁も料理も接客も覚えたんです」
「そうか。なるほど、その経験が今の君の仕事につながってるんだね」
にこりと笑うと蓮は廊下に出る。
「おやすみなさい」
「おやすみなさいませ!」
玄関ドアは静かに閉まった。


蓮は表に出ると冷たい風に少しだけ首をすくめた。
さりげなく周りを見回すが、さすがにコーヒー1杯飲んでいる間にあの不破という男は立ち去ったようだ。蓮は路上駐車となってしまった車に乗り込むとすぐにエンジンをかける。

暗い中で光るコンソールをぼんやりと眺めながら、蓮はキョーコの表情を思い出していた。

『あんな奴に関わる必要はないんです』

あの男に会った時のキョーコは怒っているのか悲しんでいるのか判断がつかなかった。けれど部屋に入ってからきっぱりと言い切ったキョーコは、少なくとも不破に未練があるとか、そんな風には見えなかった。

そう思いたいだけかもしれないけどな。

ふ、と短く息を吐くと蓮はシートベルトを引き出し、ミラーを確認してからウインカーを出してギアを入れ、静かにアクセルを踏み込んだ。

キョーコの前に突然現れた男の存在がこれほど自分を動揺させたことに蓮は自分で驚いていた。
自分でキョーコに言った通り、自分とキョーコは単純に「先生と生徒」という関係だ。その中でキョーコのプライベートを自分が知る必要はないし、キョーコだってそんな事を語る訳がない。
だけどきっと自分はどこかキョーコのことを知っているような気分になっていた。
それは、かなりの頻度でキョーコと時間を共有していたためか。それともレッスンのためにという理由がありながらも自分のプライベートな空間にキョーコを招きいれていたためか。キョーコが真剣に自分のためにあれこれ考えてレッスンを進めてくれたためか。

どれもこれも当てはまるけど…違うな。前提として、俺の感情があるからだ。

12月に入り、ドラマの撮影はそろそろ終わりを迎えようとしている。
最終回に家族が集まるクリスマスパーティーのシーンがあるため、キョーコとのレッスンは最後の撮影ギリギリまで行われる予定だが、それでも終わりまでそれほど時間はない。

参ったな…俺は一体どうしたんだ。大体、最上さんの気持ちは結局分からないままだしな…。

キョーコのこれまでの人生は大部分があの不破と言う男とともにあり、東京に出てきてからは一つ屋根の下で暮らしていた。その事実が蓮に落ち着かない気分を抱かせる。
脳裏に不機嫌そうにキョーコと言葉を交わす若い男の姿がよぎり、蓮はひとつ息を吐き出すとアクセルを踏みこんだ。


一方のキョーコの部屋。
キョーコは蓮に言われた通りにドアの鍵とチェーンをかけると部屋へと戻ってきた。
小さめのテーブルの上には空になったカップが2つ並び、先ほどまで大きな男が座っていた場所はぽかりと空間が空いている。
キョーコはカップをぼんやりと眺めながらすぐ横のベッドに腰掛けた。

なんでこんなタイミングで待ち構えてるのよ?

キョーコは、尚があまり部屋に戻ってこなくなってから一度、こっそりと尚が勤める古着屋に様子を見に行ったことがある。
ちょうど客がいないタイミングで覗いた店内には、尚ともう一人の店員らしき姿が見えた。
その店員は美しく色気のある女性で、女性が座って何か作業をしている横で尚はカウンターに寄りかかり、女性の長い髪をくるくると弄びながら何かを話しかけていた。

その後、2人にばれないように店の客の会話を何気なく聞いたりして、キョーコはその女性店員がこの店の店長だと言う事を知った。そして、店長は店の入るマンションに住み、もう一人の店員である尚も最近はその部屋に出入りしているらしいと言うことも。

私は…ショーちゃんに捨てられたんだ。

小さいときから逆境に負けずに過ごしてきたキョーコだったが、その事実から目をそむける事は出来なかった。
どう好意的に解釈しようとしても、一緒に東京に出てきたはずの尚は部屋に帰ってこなくなったし、たまに帰ってきた時でもまともに話をしようともしない。話しかけても面倒くさそうな返事が返ってくるだけだ。


もう諦めたつもりだったけど…直接顔見るとなんか…考えちゃうな。

会うと思っていなかったタイミングで尚に会った。
向こうはなぜか終始不機嫌で、取りつく島もなかったが、もう少し自分の感情が大きく振れると思っていたキョーコは案外自分が冷静だったことに今さらながら驚いていた。

なんでだろ?

悲しさとか怒りとか、負の感情は確かに一瞬で湧いてきた。
けれど思ったよりは。
そこまで考えたところで穏やかな蓮の笑顔が頭に浮かんだ。

ああ…そうか、敦賀さんが一緒だったから?

久しぶりに尚の顔を見ても普通にしていられたのは、もしかしたら蓮の存在が大きかっただろうか。
小さい時からずっと、尚の事しか見てこなかった。我ながら視野の狭い人生だ。
けれどあんなに格好いいと憧れていた男は、日本一のイケメンと、抱かれたい男No1だと言われている超人気俳優の前では霞んで見えた。

そりゃそうよね…だって敦賀さんよ?
日本中の女性が憧れていると言ってもおかしくない人よ?
それによく分かったもの。敦賀さんは見た目が格好いいだけじゃなくて、人間としてもすごい人よ。

仕事とはいえそんな男の部屋に毎日のように入り浸り、2人きりで料理をし、食事をし。
自分の部屋まで車で送ってもらって今日などは自分の部屋でコーヒーを飲んだのだ。
尚に会ったのが蓮と一緒の今日だったと言うタイミングの悪さをキョーコは一度は呪ったのだが、むしろ蓮がいてくれてよかったのではないかと、考える内にキョーコの心には感謝の念がこみあげてきたのだった。



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