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たのしいレシピ (8)


こんばんはー。ぞうはなです。

今週の更新はこれで終わり、また続きは来週でーす。





「なにって…」
「親から電話が来たんだよ」
気圧されつつも言い返そうとしたキョーコの言葉を男はぴしゃりと遮った。

「東京の店にお前が敦賀蓮と一緒に来たってな。余計な事してんじゃねえよ!ったく迷惑な」
「なんでそれが余計な事になるのよ」
「お前がわざわざうちの店であんな野郎と飯食うからだろーが!何事なんだって俺に聞かれたって知らねえよ」

ため息をついて嫌そうに吐き出したが、キョーコの隣を歩いていた蓮の顔が街灯の光に照らされたため男は目を見開いた。
「お前…敦賀!また…なんなんだよ一体!」
イラついたような男の言葉を無視して、蓮は小さな声で隣のキョーコに尋ねる。
「知り合い?…恋人かな」
「ち、違います!そのあの幼馴染で…でもここ2ヶ月くらいは全然帰ってこなくて」
「帰って…?」
キョーコは言葉尻を捉えられてハッとすると、ぎりりと握りこぶしに力を入れた。
「…京都から東京に出てきて……一緒に住んでたんです。だけどショータローは段々帰って来なくなって」
「ショータロー君というのか」
「不破松太郎です…名前が気に食わなくて不破尚と名乗ってますけど」
「なるほど大体わかった。彼があの店の関係者か」
「はい…」
蓮はこの短い間のやり取りだけで目の前に立つ男の素性とキョーコの立場をなんとなく理解してしまったようだ。

「お店に行ったのも、今ここに敦賀さんがいるのも仕事のためよ」
キョーコは低い声でぼそりと言った。少し声が震えているのに蓮は気づき、その表情を伺おうとしたがキョーコは少し顔を下向きにしていて良く見えない。
「仕事ぉ?」
バカにしたように声を上げる尚を、キョーコはきっと睨みつけた。
「そう。私にとっても敦賀さんにとっても仕事よ」
「へぇ。仕事であんな高い飯食うのか。お前も随分いい御身分だな」
「放っておけばいいでしょ、私のことなんて。どうせ私の仕事のことなんて興味ないんだし」
「ああそうだな」
尚は頷きながらもじっとキョーコの表情を見た。しかしキョーコは同時に少し俯きがちになり、尚と視線を合わせようとはしない。

「お前の事なんて確かにどーでもいいけどな。なんで鍵替えてやがんだよ」
「私がやった訳じゃないわ。先月ピッキング被害があったからって大屋さんが全部取り替えたの。帰って来ないから知らなかっただけでしょ」
「とにかく、荷物取りに来たんだよ。お前がなかなか帰ってこねえからだいぶ待たされたじゃねえか。鍵、よこせよ」
「鍵、貸してあげるから必要なものは全部持っていって」
「ああ?」
「帰ってこないんだから鍵なんていらないでしょ」
キョーコはカバンから鍵を取り出した。尚はキョーコの手からそれを奪うように取ると「ふん」とちらりと蓮を見てアパートへと入って行く。

「すみません、敦賀さん。送っていただいた上にくだらないことに…あの、どうもありがとうございました」
深々と頭を下げるキョーコに、蓮は口に片手を当てて少し考えてから口を開いた。
「いや…全然気にしなくていいんだけど…君はどうするの……彼は?」
めらり、とキョーコの背中から黒い炎が立ち上ったような気がする。
「…あいつと同じ部屋にいたら呪い殺しそうなのでここで待ちます」

先ほどのキョーコの声の震えは泣きそうだった訳ではなく怒りのせいだったようだ。蓮は少しだけほっとする。
「じゃあ付き合うよ」
さらりと言い放った蓮に、キョーコは暗いオーラを消して慌てたように両手を振った。
「んな!何言ってるんですか、ダメですよ!!送っていただいただけでも申し訳ないのに、もう遅い時間ですし明日もお仕事でしょうし」
「だけど…少し心配だし、彼がここに来るまで君も暇だろう?」
「暇…まあ確かにそうですけど」
「折角ここまで送ってきたんだから」
のんびりとアパートを見上げ動く気配のない蓮に、キョーコも少し戸惑いながらも並んで待つことにした。

しばらくして大きめのスポーツバッグを持った尚がアパートの入り口に現れた。
「鍵」
一言だけ発して手を出したキョーコをジロリと睨むと、尚はその手の平にちゃりんと鍵を載せる。
「…なんでまだいんだよ、あんた」
キョーコの横に静かにたたずむ蓮を尚は不満げな顔で見るが、対する蓮は涼しい顔だ。
「ちゃんと部屋まで送り届けようと思ってるだけだよ」
「ふん、物好きだな」
尚の言葉には反応せず、蓮はキョーコに視線を移した。それを察してキョーコは再び頭を下げる。
「すみません、敦賀さん」
「いや。じゃあ行こうか」

普段であれば蓮はアパートの外まではキョーコを送るものの、アパートの中までついてくることはない。だから今日の蓮の行動は不自然でもある。けれどこの状況でのキョーコの心情を察してくれているのだろうか、キョーコはそんな気がして反論することなく頷いた。

尚はまだ外に立っていたが、キョーコは尚を見ることなく背中を向ける。その背中を自分の体でガードするように蓮が続き、二人はアパートの階段へと姿を消した。
尚は少しの間人の姿が消えた階段を睨みつけていたが、すぐに踵を返し暗い街の中を歩き始めた。

「本当にすみませんでした、ご迷惑をおかけして」
「全然、迷惑なんかじゃないよ」
2人は2階の部屋のドアにたどり着いていた。キョーコが頭を下げ、蓮がそれに答えると不意に沈黙が訪れる。
キョーコが下げていた視線を恐る恐る上げるとばちりと蓮と視線があった。

「あ、あのっ、よろしければ部屋でお茶でもいかがでしょうかっ?」
思わず口にしてしまってから、キョーコは内心で激しく動揺した。

ば、ばかっ、何言ってるのよキョーコ?
いくらそのまま「さよなら」って引っ込みにくいとは言っても、こんな遅い時間にわざわざ送ってくれた敦賀さんを引き止めたら逆に迷惑でしょう!
まあ大体、こんなしょぼいアパートの部屋に上がろうなんて思わないわよね…

しかし蓮の口から出た返答は予想外のものだった。
「…あ、じゃあちょっとだけ」

こうして、なにやら思うところはお互いにあるものの、キョーコは初めて自分の部屋に蓮を招き入れることになったのだった。


クリーム色のカーペットの上に胡坐をかいた蓮はきょろりと周りを見回した。

なんで…「ちょっとだけ」なんて言っちゃったのかな。
帰るつもりだった…よな?あの、不破と言う男が現れなければ。


レッスンのために自分の部屋に先生であるキョーコを入れるのと、こうして自分がキョーコの部屋に上がり込むのとは全く意味が違う。緊張感も。
大体、こんなところを誰かに見られたり写真に撮られたりしたら大騒ぎになるし、そんな軽率な事は今までした事もなかった。


だけど…放っとけなかっただろう。

なぜ放っておけなかったのか、なんてことは自分でもよく分からない。
けれどキョーコの様子は普段と違い、あの男を目の前にして明らかに動揺していた。そして何よりも、そんな2人の様子を見て自分が心中穏やかではいられなかったのだ。


そう…このまま帰ったら寝られそうにない。そう考えたら間違ってはいなかったかな。


それに自分はすでにこうして部屋に入ってしまった。
この先は気を引き締めつつも成り行きに任せるしかない。そう思ったところでキッチンからキョーコが戻ってくる気配を感じ、蓮は少し身じろぎして背筋を伸ばした。


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