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たのしいレシピ (5)


こんばんはーー。ぞうはなです。
申し訳ありませんがこれから年末年始、不定期ぶりに磨きがかかりそうですので、よろしくお願いいたします~~。





撮影スタジオは撮影が行われるときは賑やかだ。
出演者とスタッフが行き交い話し声があちこちで上がり、ライトが当てられてセット内は明るい。
だが蓮が出演するこのドラマの撮影では、かなりの確率でそこに『匂い』が加わる。今日は特に鼻腔をくすぐるスパイシーな香りに、スタジオに入る人のほとんどが「あ、今日はカレーだ」と呟くくらいだ。


このドラマでは蓮が演じる大学生が兄弟のために作る料理が重要な役割を果たす。
それで、当初の予定では毎回のドラマに出てくる料理は飯塚がメニューを決めて料理そのものも用意することになっていた。
しかし蓮が飯塚やキョーコの力を借りて本格的に調理を学んでいると聞いた監督が方針を変換し、毎回の料理は実際に蓮が調理するように変更されている。ドラマに出てくる料理は本当に蓮が作っているいうことを話題づくりに利用する事にしたのだ。

そんな事情のため、蓮は通常のドラマよりも早めにスタジオに入り、セットとして組まれたマンションのキッチンで毎回苦労しながらも料理を作り上げている。
いくら自分で作るとはいえ、そのための時間をたっぷりと取るにはスタジオの都合上も蓮や他の出演者のスケジュール的にも難しい。そこで料理の中でサブ的な役割をキョーコが担い、蓮の手が回らない部分を見事に補っていくのだ。その手早さは慣れている主婦の域を超え、まるでプロの料理人のようだ。
最初は毎回顔を出していた飯塚もすっかりキョーコに一任するようになってきている。

「おかげで調理シーンも自然に撮れたな」
映像を確認しながら監督が呟く。
今回の話は年の離れた小学生の妹が段々と兄である蓮の必死さを認めるようになり、手伝いたいと一緒にカレーを作るという筋だ。調理をしている蓮に子役が興味を示し、どうせならと準備とともに撮影もしてしまう事になった。
まだ自分もそれほど慣れてはいないのに、一緒にエプロンをつけて年の離れた妹に包丁の持ち方を指南しながら野菜を切るシーンはほほえましい。

そしてふと目を上げれば次のシーンまでの間にあれこれを仕上げている蓮の姿がある。
実際に手際が良くなっている事は少し見れば分かる。手順に迷いがなくなってきたし、包丁で刻む音のスピードも上がっているようだ。

しっかしなあ。

監督は心の中で呟いた。
まな板に向かう蓮とその横に立つキョーコはまさに『以心伝心』といった感じだ。蓮がどうしたいのか、キョーコは常にそれを理解していて、見事な連携でサラダだのスープだのが作り上げられていく。
それに蓮は毎回そうやって料理を作り上げるのがとても楽しそうなのだ。

蓮って全然そういうタイプに見えなかったけど、意外だよなあ。案外料理が向いてるのかね。

考えている間に料理は終了し、監督は次のシーンを撮影すべく出演者たちの方へと足を向けた。


「最上さんって調理師学校出身とか?」
撮影の合間に、食卓の上の準備をしていたキョーコに話題を振ったのは小道具スタッフの一人だった。
「いえ、そういう学校には行ってないんです」
「へーー。それにしては技術がすごいよね。でもそれならどういう経緯で飯塚さんのところで働き始めたの?」
「押しかけたんです」
「押しかけたからって採用してくれる人には見えないけどな。厳しそうじゃん」
「ですねぇ。ただ、調理が手伝えるアシスタントは必要だったみたいで」
「採用試験なんかあった?」
「試験はなかったんですけど、ああ、そういえば、実際にやって見せたことはあります」

そして3分後、セットから下りたキョーコの周りには人だかりができていた。
衣装を着替えて控え室から戻ってきた蓮は不思議そうにそれを覗き込み、人だかりの中に混じっている自分のマネージャーに尋ねた。
「何やってるんですか?」
「ああ、キョーコちゃんの実演」
「実演?」
ふと向けた視線の先にはキョーコが腕まくりをして右手に包丁、左手に大根を持って立っている。

「ではいきます」
言うなり大根の上下を切り落として筒状にすると、掛け声と同時にものすごい勢いで大根を剥き始めた。

「…かつら剥きだ……」
「は、早っ…」

キョーコの操る包丁からどんどんと白く透けた太い筋が下へと伸び、大根は小さくなっていく。
ある程度剥けたところでくるくると丸め、キョーコはそれを掲げた。
「大根のバラです」
おおおーーー、とどよめきと同時に拍手が起こる。

「お前、自分のことのように誇らしげだな」
隣に立つ蓮の顔を見上げて社がぽつりと言った。
「…そんなことありませんよ。でもやっぱりすごいですね」
「ああ。お前の指導を任せて正解だな」
「はい」
蓮が満足げに頷くと、社は蓮に見えないようにこっそりとにやついた。


「一緒に行ってほしいんだけど、ダメかな?」
蓮がそうキョーコに尋ねたのはそれから2日経った夜の、恒例となった蓮の自宅でのレッスンの後だった。

「え…でもまたどうして?」
「ああいう店に1人で行くのもなんとなくおかしい気がするし、君の解説も聞きたいし。京都出身って言ってたよね」
「はあまあそれは確かに」
心なしかキョーコは迷っていると言うか、戸惑っているように見える。やはり失敗だったかと蓮はうっすら思いながら、確認の言葉をつけたした。
「ああごめん、無理だったら社さんに一緒に行ってもらうから大丈夫だよ」
「む…無理じゃないんですけど」

キョーコは視線をさまよわせてから少し考え、それからようやく口を開いた。
「分かりました、レッスンの一環と言う事で、ご一緒させていただきます」

そういうつもりもなかったんだけどな…

蓮は少しだけ落胆する気持ちを出さないようににこりと笑った。
「ありがとう、でもそんな仕事とは思わずに気楽に付き合ってほしいな。そう、食費が一食分浮くってくらいの気持ちで」
「そんなっ!大体いつもこうしてレッスンの後に私もいただいていて…食費だったらいつも浮くことになってるのに申し訳なくて」
「これだけ作って俺一人で平らげるのは無理だからそれは全然申し訳なく思わないでほしいな、むしろ助かってるんだ」

2人の前には空になった皿がいくつか置かれている。
今日のメニューは和食から離れてカルボナーラのパスタと温野菜のサラダ、コンソメスープだった。
和食だけでなくパスタ作りでもキョーコの手際は相変わらずだったのだが、「飯塚先生のレシピ通りにやってるだけですから」とキョーコの謙遜は相変わらずだ。温野菜のサラダのドレッシングはキョーコの助言で素晴らしいものになったと言うのに。

蓮がキョーコに提案したのは、京都の有名な料亭旅館が東京のとあるラグジュアリホテルに出している店に一緒に行かないか、というものだった。
普段着の食事に使うには躊躇われるほどの高級懐石で、ホテルの中とは思えない立派な中庭や、随所に和風の趣向が取り入れられつつもモダンな個室で本格的な和食が楽しめる事で有名なところだ。
蓮は建前上「そういう料理が家庭料理とどれほど違うのか、たまに高級な店に行く事もあるが100%付き合いで料理を楽しむ事は難しいので、料理目的で行って味わってみたい」という理由を出したが、本心としてはなんとかしてキョーコに感謝を伝えたいということがあった。さらに本人ははっきり自覚していなかったが、「レッスンや撮影ではなくキョーコと一緒にいる口実が欲しかった」という気持ちも多少含まれている。

なんとか約束を取り付けられたのは喜ぶべきことだろうが、キョーコは仕事として頼まれたと思っているようだ。
口実が口実だから仕方がないとはいえ、ここまで頻繁にプライベートなエリアに入ってもらい、2人きりで過ごす時間も長いというのにこれっぽっちも意識されていないというのは男としてやはり傷つく。

いやいやいや、今までの彼女を見てそういう子だって分かってるはずじゃないか。
大体仕事の関係者に好意をもたれたらやりにくいっていつも思ってるだろう、俺は。

蓮はなんとか自分に言い聞かせると、表面上は穏やかに喜び、「じゃあ予約は俺の方でしておくね」と、この先断れないように念押しをすることも忘れなかった。


「おおお、お疲れさまです!」
周囲に聞こえないように控えめな音量で、しかし真っ直ぐに相手の顔に視線を据えてキョーコは言うと、深々と頭を下げた。
「お疲れ様、ごめんね付き合ってもらって」
「いえそんなとんでもない!こ、光栄にございます!」
なにやら緊張で言葉が仰々しくなるが、キョーコの前に立った蓮は濃い色が入ったサングラスの向こうで目を細めてくすりと笑う。


蓮が会食の約束を取り付けたその当日。
2人は目的の店が入っているホテルのロビーで待ち合わせていた。キョーコは遅刻を恐れて待ち合わせの15分前に到着したのだが。

高級店が入るホテルはやはり高級で、落とされた照明と高い天井、恭しく客を迎える従業員とどれもが高級そうなソファやテーブル。場違い過ぎてやや居心地の悪さを感じていたキョーコだったが、蓮を待つためにちょこりとソファに座ると違う緊張感が一気に押し寄せてくる。

もう何回も会ってるって言うのになんでこんなに緊張するのかしら??
ああだって、待ち合わせして会うなんてまるで デ、デートみたいなって……バカねキョーコ、何を思い上がったくだらないこと考えてるのよ!
敦賀さんは純粋に和食の真髄を知りたくて誘ってくれたんだし!

だけど、とキョーコは息を吐き出した。

確かに今東京で食べられる懐石料理としてはトップレベルだと思うけど……なんでこの店を選んだんだろうなあ、敦賀さん…
最近京都から東京に進出して話題になってたから…しょうがないか。
そうよね、ここは東京なんだし私があれこれ悩む必要はないんだし、堂々としてればいいわよ!

落ち着こうと深呼吸をしてふと顔を見上げると、長身男性が尋常でないオーラを振りまきながらこちらに向かってくるのが見える。
キョーコは殊更深く息を吸って吐くとすくりと立ち上がって待ち合わせの相手を迎え、そうして2人は目的の店へと向かったのだった。


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