SkipSkip Box

たのしいレシピ (4)


ちはーー。ぞうはなです。

不定期加減もここまでくると開き直るってもんで。
キョコさんって和食はプロ並みですがそれ以外でもなんでもこなしそうですよね…。

ではでは、まったりと続きです。





ドラマ撮影が昼休憩に入ったあと、社はプロデューサーと少し話をしてから蓮の楽屋に向かった。
途中のベンダーでコーヒーを買い、何気なくノックをして返事を聞いてドアを開けて。いつも通りの動作だったが、一歩部屋に入ったところで目を丸くしてフリーズする。

「んなっ?なんだ?」
素っ頓狂な声を上げた社に、蓮は少し伏せていた顔を上げて不思議そうに尋ねた。
「どうしたんですか?」
「…いやごめん、なんでもない」
「なんでもないにしては驚きすぎでは…」
「あ、ああ…まあちょっと、珍しい光景だったからさ」

社はようやく金縛りの状態から立ち直ってドアを閉めると蓮の隣の椅子にたどり着く。蓮の前には黒い弁当箱が置かれていて、社の指摘はそれについてだった。
「ああ、これですか。料理レッスンの一環ですよ」
「まあ確かにお前が妹の遠足の弁当作るシーンがあるよな」
「はい。中身のメインは決まってるんですけど、サブのおかずを俺と先生とで決める必要があって。実際に食べて考えてるところです」
「先生?飯塚さんのこと?」

これまた驚いたような声を社が出したので、蓮は言葉を中断して少し笑った。
「すいません…真面目に取り組むために最上さんの事を『先生』って呼んでるんです」
「お前今までどれだけ不真面目にやってたんだ」
「そうじゃないですよ」
蓮は箸を弁当箱に渡すように置くとそばに置いたペットボトルから緑茶を一口飲んだ。

考えてみれば日本茶を飲む敦賀蓮も珍しい、と社は気がついたが、ここで話を中断すると面白い事が聞けないような気がして黙ったまま蓮の言葉を待つ。
「彼女、知識や教え方はすごいんですけど、なんというんでしょうかやや遠慮がちなところがありまして」
「まあこの間の打ち合わせでもちょっと自信なさげではあったよな。けど、若いんだから仕方ないだろう?」
「とはいえこっちもやりにくいですから。先生に徹してもらう事にしました」
はは、と社は笑うと再度蓮の手元の弁当箱に視線を走らせた。
「で、それは奏功してるのか?」
「そうですね。慣れもあるのかだいぶマシになりました。実際レッスンに入ればびしびしと厳しくされるんですけど」
「お前の料理の腕前もだいぶ良くなってきたみたいだな」
「そう見えますか?」
「見えるけど…もしかして実は食ったらまずいのか?」
「よろしければどうぞ」

弁当箱を示されて、社は一瞬迷ったが色よく焼けた卵焼きを指でつまんだ。中に青海苔が混ぜてあるのかいい匂いがする。
「ん……普通にうまいぞ」
「それはそうでしょうね、レシピは最上さんのですし手順も丁寧に教えてもらいましたから」
「けどなんだ、弁当箱の中が地味だな。これやっぱり台本に合わせてわざとか?」
「やっぱりそう思いますか…俺が弁当と聞いて思いつくおかずをそのまま詰めたらこうなったんです」
「お前の感覚と役の感覚はよく似てるんだな。やっぱり適役だ」

しみじみと言われ、思い当たる節があるらしく蓮はため息をつく。
「みたいですね。俺が台本を読む前に課題を振られるので、あとで台本を見て結構落ち込むんですよ。やらかす失敗や思考回路が自分見てるみたいで」
「家事に縁がない若い男ならみんなそうだろ。俺だって似たようなもんだよ。この弁当、確か友達にバカにされたとかで妹に陰で泣かれるんだよな」
「そうです。何時間もかけて作るんですけどね」

ふと思い出したように社は尋ねた。
「そういえば蓮、これいつ作ったんだ?ドラマでは確か朝5時半起きで頑張るんだよな」
「今朝6時に起きてやりました。手伝いがあったからなんとか1時半で終わりましたけど」
ちょっと待て、と社は右手の手の平をぴしりと蓮に向ける。
「手伝いって……」
「昨日の夜は包丁の使い方を教えてもらっていて、今日は弁当を作ることになったのでそのまま」
「泊めたのかっ!?」
大声を出した社だったが、出番を告げに来たADが楽屋のドアをノックしたため続く言葉は飲みこまれた。


「お忙しいのに申し訳ありません」
車の脇で深々と頭を下げるキョーコに対し、蓮はため息混じりにドアを開けながら答えた。
「何を言ってるの。俺が頼んで君に来てもらってるんだ、しかも不規則な時間に。行ってやってるくらいの気持でいてくれないと」
都内のビルの間の細い道。飯塚のレシピ本の撮影を行っていたスタジオのそばでキョーコは蓮の迎えを受けている。

「いえですがお仕事としてさせていただているんですから当たり前のことで…」
「いいからほら乗って」
「は…はい!」

重厚な音を立ててドアが閉められると、運転席に戻った蓮によって車はなめらかに走り出した。
「今日のお弁当、いかがでしたか?」
「うん、君が言っていた意味がよく分かった。冷めてから食べるものは少ししっかり味がついていたほうが美味しい」
「ですよね…でも、本当によろしいんですか?」
「何が?」
蓮はちらりと助手席を見た。
キョーコは相変わらず少し恐縮したような、困ったような顔をしている。

「ただでさえもお忙しいのに、味とか下ごしらえの部分はドラマには出てこないような…そこまで必要なんですか?最初の予定よりお教えすることが増えてしまっているので、お時間が大丈夫かと」
「ああ、そのことか」
蓮は軽く笑ってから頭をかく。
「いいんだ。というか、深い部分からの理解が必要だって俺が思ったから。ちゃんと基本から知りたいんだ」
「そうなんですか?」
「そう。俺の役は最初、母親の主婦としての姿を軽んじているからね。それがいかに大変で大事な事か知る…おれ自身も経験した方がより演技に真実味が出る」
「…もう敦賀さんは本質のところを理解されてるように思いますけど」
「まだまだ全然。それにこれからは料理だけでなく家事全般教えてもらわなくちゃいけないから」
「それはもちろん構わないんですけど」
「それにもうひとつ、個人的な理由があるよ」
「個人的な理由??」
「そう」

蓮は顔をキョーコの方に向けた。
「君に教えてもらうと楽しい」
「………は?」
たっぷりの間をおいて、キョーコは顔に「言っている事が分かりません」と貼り付けて変な声を出した。
「今まで知らなかった世界を覗くのは興味深いことと知ってはいるよ。けどきっと、こんなに楽しいのは君が先生だからだ」
「……そ、それは恐縮です」

嬉しそうじゃないな。

蓮は落胆半分、興味半分で思った。
蓮が今まで接してきた女優やタレントやスタッフだったらもっと社交辞令的な言い方であっても「敦賀さんってもしかして私の事…」なんて頬を染める女性が95%だ。

キョーコは残り5%に入るらしい。
それも「軽い男ではないか」という警戒を抱く訳でもなく、本当に恐縮している。

こうやって腰が低く控えめなのはもしかしたら自己評価が低いのだろうか。
けれどそれにしてはレッスンが始まるとスパルタな一面も見せる。

一緒にいて楽しいのは事実だし…正直、部屋に入れても変に誤解したりしないからやりやすいんだけど。


そう考えてちらりとキョーコを見ると、キョーコはまだ蓮の真意を計りかねているのか腑に落ちない顔をしている。

「今日は煮魚だっけ」
「そうです!肉じゃがよりも難しいんですよ。いやでもやり方さえ覚えてしまえば大丈夫ですけど」
話題をレッスンに戻せばぱっと表情を変えて嬉しそうに今日の課題を話してくれる。

仕事と割り切っているからこうなのかな?

そんなことを思いながらも、蓮は終始笑顔のまま自分の部屋への道をたどったのだった。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する