SkipSkip Box

たのしいレシピ (3)


こんばんは。
珍しく週末の更新です、ぞうはなです。

うーーん、キョコさんは一応先生だけどあんまり先生っぽくないか…?





キッチンでのキョーコのレッスンは続いていた。

「なるほど…」
納得したような呟きが蓮の口から漏れて、キョーコはほっとしたように頷いた。
「違いを分かっていただけましたか?」
「うん、全然違うね。ずっと無意識だったけど出汁って大事だな」

キョーコが蓮のキッチンに入ってから1時間半。キョーコが蓮の部屋についたのは夜になってからだったので、現在時計はかなり遅い時刻を指している。
蓮は自分が最初に作った味噌汁とその後キョーコの指導を受けながらほぼ同じ材料で作り直した味噌汁を食べ比べたところだ。
「そこまで理解していただければ、初回の目的は達成です」
「すごく良く分かった。それに、自分自身もかなり前向きに取り組めそうな気がするよ」
「よかった、そう言っていただけて安心しました」

にこりと笑って返事をしたキョーコに、蓮は手にしたお椀をテーブルに戻すと真面目な顔で言った。
「これまでドラマに必要な事をあれこれ叩き込んできたけど、これはまた初めての経験だな」
「主夫としてお料理する役って珍しいでしょうね」
「いや、そういう意味じゃないよ」
「???」

キョーコが怪訝な表情を見せたので、蓮は少し笑って解説をした。
「アクションやスポーツや楽器をね、今まで演技のためにその都度習ってきたんだ」
「はあ」
「割と最近はピアノも弾いたよ。俺が演じる役が音楽教師だった」
「それは…大変ですね」
「時間もなかったからとにかくドラマで弾く曲だけを叩き込んだ。楽譜を読めるようになる時間もなかったら、ただひたすら弾いてもらって、横に座ってそれをコピーしたんだ」
「コピー…?指運びをですか??」
「そう」
それは途方もない。
そんなことで果たして本当に弾けるようになるのだろうか。けれど実際目の前のこの男性はそのやり方でマスターしたのだろう。考えてみれば自分も、そのシーンはテレビで見たような覚えもある。

「すごい…ですね……」
「今までのそういう技術は役の職業や立場を説明するためのものだったからそれでよかったけど…今回はドラマを見る誰もが体験した事のある内容だし、筋の真ん中に関わってくる。よりリアリティが必要だから、君が先生としてついてくれてよかった」
「私が…ですか?」
「そう。すごく指導がうまいから、初めて料理をする大学生の戸惑いとかやりがちな失敗が実感として分かった。それに、丁寧に手順を追って正しくやれば美味しくなるってことも。包丁だけがうまければいい訳じゃないし、学ぶ事はまだまだたくさんありそうだ」
「それは…そう言っていただけるととても嬉しいですけど…そんな大層な事でも」
「いや、自信を持っていいよ。この間テレビ局で会った時はこんなに自信なさげで大丈夫なのかと不安になったけど」

言いかけて少ししまったと思ったのか蓮は口をつぐんだ。しかしキョーコは気にすることもなく頷く。
「ごめんなさい、私もその…こんな仕事初めてなので自信がなかったのは確かなんです」
「最上さんは19歳と言ったよね。いつからこの仕事を?」
「今年の4月からなので…まだ数カ月です。だから飯塚先生がなぜこの役を私に頼まれたのかが不思議で」
「でも向いてると思うよ。集中して指導をお願いすることになるけど、今後ともよろしくお願いします」
頭を下げた蓮にキョーコは慌てて両手を振った。
「そんな!こちらこそ至りませんけどよろしくお願いします」

恐縮するキョーコを車で送り届けたあと、蓮は1人でキッチンへと戻った。
使った調理器具や食器は一緒に片付けてすでに棚へと収まっているが、片付けが終わった後にシンクや調理台をキョーコが手早くきれいにしていたことに蓮は気がついていた。
コンロに味噌汁を拭きこぼした後も既にない。調理台の奥側にはキョーコが買ってきた調味料がきれいに並べられている。蓮が料理をしないと聞いていたからか、基本的な塩コショウから味醂や醤油もある。米もあったしキョーコが下げていた袋が重かったのはこのせいか。

本当に…不安だったんだけどな。

キョーコにこぼしてしまった言葉は本心だった。
なぜ飯塚に頼んだ事が若いキョーコに任されたのか、不思議なのと同時に心配になってしまった。これまで一流の指導者に短期間で技術を叩きこんでもらってきた経緯があるからなおさらだ。
しかし今日1日で飯塚の判断は正解だったと蓮は思い直していた。そして、この先蓮の部屋で行われる予定のキョーコのレッスンをどこか楽しみにしていたのだった。


「どうだった?個人レッスンは」
翌朝のテレビ局の控室。先に到着していた社は蓮の姿を見つけるとすぐに近づいてきて挨拶のすぐあとに感想を聞いてきた。
にやにやと笑う社を一瞥すると蓮はさらりと返事をする。
「ええ、しっかり教えてもらいましたよ」
「この前はお前なんだか意地悪な顔してたけど、泣かせなかったか?」
「意地悪?」
きょとりと自分を見る蓮に、社は両手を腰に当てる。
「ああ。なんだか妙によそよそしいと言うかわざとらしいと言うか…ちょっとだけどな」
「……」
黙り込んだ蓮に社は呆れたように呟いた。
「無自覚か?」
「いや…言われてみれば彼女がかなり自信なさげだったので大丈夫かと思ったのはありましたが」
「それでああなったのか?珍しいな」
「いや…ですが意地悪をするつもりはありませんでしたし、実際にしてもいませんよ」

慌てたように弁解した蓮に社は笑う。
「まあもちろん、いつも女性には紳士的なお前が意地悪なんてしないとは思ってるけどさ」
「それにいい意味で予想を裏切られましたから」
「??どういうことだ?」
「あのドラマの台本、もらいましたよね」
「ああ、今朝事務所から取ってきた」

社は言いながら自分のカバンを開けて一冊の台本を取り出し、蓮に渡した。蓮は無言で台本を開くとぱらりぱらりとめくりながら内容に目を走らせる。
「最上さんはすでに台本を見ているようです。その上で話の展開に合わせて俺の役の心情まで理解できるようにレッスンを組み立ててくれています」
「へえ~。そこまでは要求しなかったよな」
「はい」
「頼もしいな」
「そうですねそれに…この先も楽しみになりましたよ」
「で、お前の家事スキルも上がりそうか?」
「実地で叩きこまれそうなので可能性はありますよ」
「ついでに食事もちゃんとしろ」
「してますよ」
「見え透いた嘘つくな」
2人の会話が途切れると、蓮は椅子に腰をおろして真剣な顔で台本に目を通したのだった。


「これでいいの?」
「はい、あとこのくぼんだ所はピーラーのここを使ってえぐり取ってください」
「ああ、なるほど」
シンクに向かう大男は素直にエプロンをつけ、少し背中を丸めるようにしてジャガイモの皮をむいている。ピアノを弾きこなした事からも分かったのだが、この男、経験はないものの手先はそれなりに器用らしい。

それにしてもこんな大きな男性がかなり真剣に料理をしている姿と言うのはなかなか珍しい。
テレビの画面からだけではなく直接部屋に入ったって生活感を感じない暮らしをしている男なのだからなおさらだ。

そんなことを考えながらもキョーコは水を張ったボールを用意しつつ蓮の手元に注意する。
「包丁に慣れたら皮むきも包丁でやってみましょうか」
「ドラマの後半でそれやると変化が出ていいかもしれないね」
「はい」
「ありがたいな、いろいろアドバイスしてもらって」
キョーコは照れたように笑ったが、すぐにテキパキと指示を続けた。


「しかしレシピだけ見ても分からない事が多いな」
ジュウジュウと音が立つ鍋の中を菜箸でかき回しながら蓮が言う。
「そうですか?」
「うん。一口大、と言われてもどれくらいの大きさか分からないし」
「確かに一口大って曖昧ですよね。それに「小口切り」なんて書かれてても最初は分からないかもしれないですけど…でも肉じゃがだったら今までに召し上がった事はありますよね」
「…あるね」
「ジャガイモの大きさ、どれくらいでした?」
「……覚えてないな」
「そんなものかもしれませんねえ」

キョーコは鍋の中を見つめたまま、ため息交じりに呟く。
「こういう手間って結果には見えにくいんですよね。どれだけ手間暇かけて心をこめて作っても相手に届かない事の方が多い…口に入っちゃえば当たり前の料理ですから仕方ないですけど」

そういえばそんなセリフがあったな。
蓮はつい昨日撮影が行われたドラマの一シーンを思い出していた。
蓮が演じる大学生がいきなり主婦としての役割を丸投げされて初めて台所に立つシーン。
必死の思いで作ったご飯とみそ汁は弟と妹にけちょんけちょんにダメ出しされる。
蓮は憤慨するのだが、自分でも口にしてみれば美味しくはない。家族に言われた事が悔しくて一念発起するのだが。


なんか…あったのかな?

キョーコの呟きの声の調子はもう少し深刻に聞こえた。
思わず目をやった時のキョーコの瞳が暗い色を湛えているのを見て、蓮はなぜだかとても気になってしまったのだった。




関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する