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たのしいレシピ (2)


こんばんは!
さっそく続きなのですが、今回のお話ってずっとこんなでいくのかしら~~





ドアがかちゃりと開いた1秒後、盛大なため息に出迎えられてキョーコは困惑した。
「…そういう時はちゃんと連絡してくれないと」
「え?え?どういう…?」

最上キョーコは履歴書上では特別な経歴の持ち主ではない。
見た目だってごく平凡で、初対面で強烈な印象を与えるような事はなく、群集に埋没する容姿だと本人は自覚している。
東京に出てきてまだ2年足らず。普通に小中高を卒業し、何の資格もないままバイトに明け暮れていたが、とある転機をもって自分の適正や将来を考えることになり、偶然知った"フードスタイリスト 飯塚寛子"の仕事に憧れを抱いてスタジオに押しかけた。
ひたすら押しまくる熱意に根負けしたのか弟子入りを許可してくれた飯塚には感謝しているが、働き始めてまだ数ヶ月のこの段階で突然大仕事を振られてしまってキョーコは大いに驚いた。
それでもある程度の信頼を得られたのだと思い直し、飯塚がドラマ用に作成したレシピを何度もおさらいして今日この日を迎えている。

ただでさえ大役に緊張しているのに、仕事とはいえ日本でトップの実力と人気を誇る俳優の自宅にお邪魔することになったのだ。誰かに見られてはいないかと、マンションのそばまで来てキョロキョロしてしまい、その方が逆に怪しいと我に返って顔を赤くしてしまったりもした。
なのにそんな経緯と緊張感を必死に押し殺して玄関ドアに立った結果がため息だなんて、ひどいと思う。

「下にスーパーがあるからね、買出しから一緒にすると思ったんだよ」
蓮はそう言いながらまだ玄関の外に突っ立ったままのキョーコの両手から荷物を奪い取った。2つのスーパーのビニール袋はずしりと重い。
「まさかこんな大荷物さげて女の子に来させるなんて…」

え???

キョーコはため息が自分への失望ではないとなんとなく察して目を丸くした。
「いえでも…お忙しいでしょうからできる限り時間も有効に…」
「次回は買っておくものをリストで事前に送ってくれるか、一緒に下で買出しするかにしよう」
「ええっ!でも下のスーパーって高級スーパーで」
「材料費は俺持ちのはずだよ。気にしなくていい」

蓮はぽんぽんと言葉を投げながらも片手でスーパーのビニールを二つ持ち、片手でキョーコを玄関の中に迎え入れてスリッパを出す。
キョーコは戸惑いつつも玄関でブーツを脱ぎながらようやく室内の様子を眺める余裕ができた。
「キッチンはこっち。まずはリビングに荷物を置いて」
リビングドアを開けられてキョーコは絶句した。
前回の打ち合わせで蓮は一人暮らしだと聞いていた。これだけ活躍している俳優なのだからお金だってたくさん持っているのだろう。けれど、一人での生活にこの広大なリビングが必要だろうか。

「時間がもったいないんだろう?さっそく始めようか」
「は、はい!」
はっと気を取り直したキョーコは言われた通りに荷物を置いて蓮の後からキッチンに入る。リビングのみならずキッチンも偉い広さだ。ダイニングテーブルが置かれてはいるが、そこには見事なまでに生活感がない。

「ご自宅にお邪魔するのはご迷惑かと思いましたが…ここは先生のスタジオより広いかもしれませんね」
「そう?ならばちょうどいいね。自分で練習する事考えても、ここで教えてもらった方が都合がいいと思って」

キョーコと蓮の顔合わせ後、最初はキョーコと社の間で、そのあと蓮とキョーコの間で連絡が取られてキョーコによるレッスンの日取りと場所が決められた。最初は飯塚の仕事場であるスタジオで、という提案をキョーコがしたのだが、最終的に蓮の都合が優先されて蓮の自宅での開催が決定したのだ。

「これだけ充実してたら十分すぎるくらいです。聞いていた通りお鍋なんかも揃ってますし…でも撮影のことを考えると、あまり広々と使いすぎないほうがいいですね。あのドラマの舞台は"普通の"マンションと伺ってますから」
呟いたキョーコを蓮は感心したように見つめる。
「そこまで考えてもらえるととても助かるよ。さて先生、今日は何から始めましょうか?」

急に丁寧になった言葉づかいに怪訝な顔をしたキョーコにもひるまず、蓮はニコニコとキョーコの言葉を待っている。


この人…すごい穏やかで紳士で格好良くて演技もすごくて日本中の女性のハートを鷲づかみにしてるなんて言われているけど…やっぱりどこか不自然なような?

キョーコはがさがさと荷物を探りながらも考えてしまった。
実はキョーコ自身、元々蓮のことを好きではない。いや、特段嫌いではないのだが好く訳にはいかない事情があるのだ。
けれど、自分は蓮と会うのは今日で2回目、前回も今回もまだ短い時間しか会っていない。
直接会って話した蓮は確かに物腰が柔らかく、横柄でもない。けれどなぜだろう、なんとなく不穏な空気と言うか、見た目通りに受け取れない何かが蓮の表情にはあるのだ。

胡散臭い。

キョーコはその言葉をぽこりと思い浮かべて納得した。
ああそうだ、蓮の笑顔は胡散臭いのだ。

だがこれは仕事だ。
たとえ自分が蓮の事を好きになれなくても相手が胡散臭い笑みを浮かべていようとなんだか見下されているかも知れなくても、自分は仕事でここにいて、果たすべきことがある。

「これつけていただけますか」
キョーコはしゃがんだまま荷物の中から紺色のものを取り出して蓮に差し出した。

「エプロン?」
「はい。主婦の必需品です」
「主婦…まあ、確かにね」
蓮は苦笑気味に笑うと布を受け取って広げる。
「こんなものまで準備してくれたんだ、ありがとう。こういうのも全部請求に含めて欲しいな」
「これは買ったんじゃなくて縫ったのでお金かかってませんから」
「縫った?」

蓮は身につけようとしていたエプロンを目の前に広げてまじまじと眺める。
「こんなの、自分で縫えるのか」
「洋服作るよりはずーっと楽です。布と糸とミシンさえあれば型紙なくてもできますよ」
「ふぅん、それもドラマのネタとして使えそうだな。ミシンってどんなのがあればいいのか後で教えて」
「は…?はい……」
キョーコは蓮のセリフに呆気に取られたが、慌てて自分もエプロンをつけてキッチンに物を広げ始めたのだった。


「で、今日は何を作るのかな」
「飯塚先生が作ってくださったプロットどおりに進めますので、今日はご飯を炊くのと味噌汁です」
「おかずは?」
「いきなり何品も作れないですから、最初は惣菜と缶詰ですね」
なるほど、と蓮は頷いた。
「急に張り切ってあれもこれも作らない辺り、結構冷静な役柄だな」
「いや、確か最初は全部作ろうと材料を買い込むものの途中で諦めて近所のコンビニに行くみたいですけど…台本見てらっしゃらないですか?」
「うん、まだもらってないんだ」
「そうなんですね。ではまずはまったく何も先入観がないまま始めましょうか。ご自身がやった過程や印象を覚えておいてください」
「…了解」

キョーコが見守るなか、蓮は食材や調理器具と格闘した。
『ご飯と味噌汁』という当たり前すぎる、そこにあるのが当然のような料理(?)であっても予想以上にまともにはできないことを蓮は実感していた。

米はキョーコの手によってあらかじめプラスチック製の米びつに入れられていたが、「2合炊いてください」と言われて軽量カップを手にしばし立ち尽くしたし、米は洗っても洗っても水が白くにごるし、炊飯器には目盛りがたくさんついていて解読に時間がかかる。
味噌汁に至っては、鍋に水を入れてから次に何をするのか、頭の中で何回もシミュレーションしたりどこかで見聞きした料理シーンを何とか思い出して恐る恐る進めたため、味噌汁と思わしきものが出来上がった頃にちょうどご飯が炊き上がるという、タイミング的にはばっちりだが一体この一品にどれだけの時間と手間をかけたのかとうんざりするような状況だった。

「お疲れ様でした。いかがですか?」
ねぎらうように聞かれて、蓮はふと思った。自分の調理は無様なものだと思うが、キョーコはその様子を真剣に見ていて、決して笑ったり蔑んだりはしていなかったように見える。

そのせいか、素直な感想が口をついて出る。
「うん…思ったより大変だった」
にこり、とキョーコは笑った。
「そう思っていただけたのが現時点での成果ですね」
「え…そう?」
「そうです。まず、かなり大変だってことを知る。これが大事です」
ぐっとこぶしを握ったキョーコに蓮も笑顔になる。
「なるほど、確かにそうだ」
「ですよね。では、食べてみましょう」

キョーコが蓮の作ったご飯と味噌汁を手早く盛り付け、2人は向かい合わせでダイニングテーブルについた。
「いただきます」
蓮はおそるおそるご飯を口へ運ぶ。
考えてみれば真面目に自分で食事を作り、それを自分で味わうなど、初めてのことかもしれない。

「どうですか?」
真剣に問われて、蓮も真剣に味わう。
「思ったより普通だけど…食感が良くないかな。少しべったりしていると言うか」
「そうですね。水加減はよかったと思いますけど、とぎ過ぎてしまってお米が割れてるんです」
「あれはとぎ過ぎなのか」
「はい、3回くらいでいいですし、力を入れ過ぎない方がいいです。周りの汚れを落とすくらいの気持ちで」

キョーコの言う事はいちいちもっともで、しかもその説明はするりと蓮の中に入ってくる。
蓮はいつしか身を乗り出してキョーコの言葉に身を乗り出していた。


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