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女優冥利


おこんばんは!ぞうはなです。

相当ひっさしぶりな短編。
本日は2周年リクエスト募集でいただいた、黒糖様のリクエスト。ちょっとずれたような気もしますが、いってみましょう。
お題は最後に発表です。





「敦賀蓮さん入られますー!よろしくお願いしまーす!!」

撮影スタジオ内に大きな声が響き、スタッフがわらわらと動き回る中を長身の俳優 敦賀蓮がセットに向かって足を進めた。
蓮本人も後ろから着いてくるマネージャーの社もやや硬い表情で、スタッフと挨拶を交わしてもその緊張感は崩れない。

蓮はグレーのピンストライプのスーツをぴっちりと着込み、髪も撫で付けるように整えられて役柄がサラリーマンである事が分かる。
しかしスタジオ内に組まれたセットは病院の病室を思わせるもので、白い壁と水色のカーテン、室内に所狭しと置かれた機械類が見える。医者役の俳優と看護師役の女優が蓮に挨拶をするが、こちらも蓮のぴりっとした雰囲気に飲まれたのか緊張の面持ちだ。
セットの中のベッドには既に誰かが横たわっているようで、機械が規則的に刻む「ピッピッ」という電子音も聞こえているが、蓮はちらりとそちらを一瞥しただけですぐに監督の元へと向かう。


やがて撮影シーンの打ち合わせがセットのそばで始まった。
「敦賀君が入るタイミングはさっき言った通り。プレッシャーをかける訳じゃないけどできれば一発で終わらせたい。大丈夫かな?」
眼鏡をかけた監督が一通りの説明の後静かに問うと、周りは一斉に無言で頷く。本番の掛け声がかかり、蓮はネクタイの結び目を確認するように手をやると静かに大きく息を吐いた。

緊張感が高まる中、静かな開始の合図とともに撮影が始まった。
演技には関係無いはずの社も自分の心拍数が普段より上がっている事を確認しながら固唾を呑む。おそらく周りにたたずむスタッフも同じ気持ちだろう。


病室には一台のベッドが置かれ、そこには一人の少女が横たわっている。
少女の口元は酸素を送り込むマスクで覆われ、体につながれているであろういくつもの管が、あるものは点滴のボトルへと伸び、あるものはベッド周りに置かれた機械へとつながっていく。

少女は青白い顔で目をつぶり、苦しそうに呼吸している。
ベッドの横にたたずむ白衣の男は少女の主治医であろう、しかめ面をしているが今は少女を見守るだけだ。

そこへ、病院にはふさわしくない全力疾走の靴音が廊下から響き、ドアが勢いよく開けられた。
「めぐみ!」
息を切らせながら病室に飛び込んできた蓮は、そのままベッドへと駆け寄った。後ろから困り顔の看護師が続いて入ってくるが、医師の顔を見てそっとドアを閉める。
「めぐみ!!」
ベッドに取り付くように跪いた蓮は悲痛な表情でベッドに横たわる少女の顔を見る。

「嘘だろう……」
小さく吐き出された言葉は、目の前の光景を現実と受け止められないような、そんな響きを含んでいる。
「なんで…だってほんの10日前に回復に向かってるって…あんなに元気に話して、笑ってたじゃないか…」

蓮は険しい顔でベッドの横に立つ医師を見上げた。蓮の表情を見た医師が頷いて静かに口を開く。
「電話でお伝えしたとおりです。3日前に急に意識を失って」
「再発ってことですか?もうだいぶ病変だって小さくなったって…!」
「違います」
医師の声はきっぱりとはっきりとしていたが、少し震えているように感じられた。

「これは再発なんかじゃない。……重大な副作用、そう考えるのが自然です」
「薬の?」
「はい」
「なんでそんな危険な薬を!」
「遠藤さん…その話は後です。めぐみさんは、あなたが駆けつけるずっと前に亡くなっていても全くおかしくない状態です。あなたが来られるのを待っていたんですよ」
「めぐみ……」

蓮は少女の布団をそっとめくると、その白い手を両手で包んだ。
「ついていてあげられなくて…ごめん。でもまだ……」
ぎゅう、とその手を握ると、少女の眉毛がピクリと動く。
「めぐみっ」
「おに……」
薄っすらと開いた少女の瞳が傍らの男を捉え、小さな声が口からこぼれる。しかし声を出した事で喉が痛かったのか、少女は咳き込むように顔を背けた。しかしその体は咳をする事すら苦しいのか、表情が歪んで呼吸が乱れるだけだ。
医師が少女の意識が戻った事に驚いて一歩前に出たが、無言で蓮に制されて元の位置に戻る。

「大丈夫だ、辛いならしゃべらなくていいから」
心配そうに顔を覗き込む蓮に、少女はぎこちなく笑うと微かに首を横に振った。
「ごめ…おに…ちゃん……おしごと…」
少女は言葉を絞り出すと苦しそうに浅い呼吸を繰り返す。その額にはうっすらと汗がにじんできた。
「そんな事気にしなくていい。仕事より何よりめぐみのことが大事だから。…体辛いか?」
「ううん…おにいちゃん…きてくれ…から……」
「安心していいよ、ずっとそばにいるから。…だから、だから早く元気になろう」

少女の表情が曇る。その目にはいっぱいに涙がたまってきた。
「ううん……ごめんなさい……」
蓮の全身に電流が走った。目の前の、少し前までの姿からは想像もつかないほど憔悴した妹は、自分の死期を悟ったと言うのか。

「ごめん…おにいちゃん……私…頑張れなかった」
全身の力を振り絞り、少女は歯を食いしばるようにして一言一言ゆっくりと言葉をつむぐ。少女の手を握る蓮の手に、力がこもった。
"一緒に頑張って治そう"と妹を励ましてきた数年間が頭の中を駆け巡る。
「ダメだめぐみ!諦めるなんて」
「……ありがと…おにいちゃん」

少女は苦しそうに何回か大きく息をする。口元のマスクが曇り、目じりから涙の筋が枕に落ちた。
「…もっと……もっと生きたか……」

静寂が病室を支配する。蓮は呆然と妹の顔を見つめた。そこには穏やかな表情が浮かび苦痛の色は消えているが、命の息吹も感じられない。
ベッド脇の機械の音がそれまでのものと変わることで蓮に現実を突きつける。
「なんで…なんで……!」
呟くと、蓮はぎゅうと握りしめた拳で自分の膝を思い切り殴りつける。鈍い音が響き、医師も看護師も、動く事も言葉を発する事もできないまま、ただそこに立ち尽くしたのだった。



「お疲れ様です、敦賀さん!」
「……最上さん…お疲れ様」
夕方のテレビ局の廊下。
キョーコは元気に挨拶をした相手の先輩俳優から驚いたように見つめられて困惑した。

「どうかされましたか?」
「いや、何でもないよ」
首をかしげてまじまじと蓮を見たが、二言目を発するは前にしっかりといつもの笑顔になり、誤魔化されたようだ。

「今そこで社さんにお会いしたんですけど、『すごくいいタイミング!』て喜ばれました…なんででしょうか?」
キョーコはちらりと後ろを振り返りながら不思議がったが、蓮が笑いながらそれに答える。
「ああ、昨日でクランクアップだったからだね」
「昨日?…もしかして、あの特番ドラマですか?」
「そう。君のおかげで俺も全力を出せた」
「そんな私なんて何も」
「だけどそのために、君にはクランクアップまで会わないって社さんにも宣言してたんだ。だから『いいタイミング』」
「は?」

キョーコは呆けたように口を開けた。
自分が特番ドラマの撮影で蓮の妹役を演じたのは数週間前。自分はドラマ冒頭で死んでしまうため、ほとんど出番はなかった。蓮が撮影を続けていたのは知っていたし、お互い仕事でしばらく顔を合わせない事だってあるからさほど気にしてはいなかったが、まさかわざと会わないようにされていたとは。

「君が死ぬシーンがあまりに衝撃的でね…役とはいえ、妹を死に追いやった、薬の重大な欠陥を知りつつあえて隠ぺいした製薬会社と医者たちに本気で憎悪を覚えた。復讐のドラマだから、悲しみと怒りを持続させるために『生きてる』最上さんの存在に触れないようにしたんだ」
「え…そんな?…なんだかその……こ、光栄です」
蓮のセリフにしばらく戸惑ったキョーコだったが、誉められていると認識し、急に目をキラキラさせてびしりと敬礼する。
「ふふ、本当に君のおかげだ。ありがとう」
「そ、そんなお礼を言われる事では」

照れて頭をかくキョーコをしばらくじっと見つめた蓮は、急に右手を伸ばしてキョーコの頭に触れた。
しばらく頭をくしくしと撫でると、それからその大きな手はキョーコの頬に伸びて顔の半分を包み込む。

「な……つ、敦賀さん?」
周りをスタッフやタレントが通る中での蓮の不思議な行動に、キョーコはおどおどと声を上げた。
「うん、よかったいつもの最上さんだ」
「????」
「いや、演技だって分かっていてもこうして目にするまで夢見てるみたいで」
「お、オーバーですよ」
「いやだって…セットに入るまで自分で歩けなくてスタッフに抱えられてたって聞いたよ」
「いやそれはあの、苦しさとか痛みを想像したら自己暗示みたいになっちゃって」
「最上さんは俺より先に死なないで?俺は君を看取るより看取られたい」
「ちょっ!なんて物騒なことを!大体そんな、私まだ元気ですし大丈夫ですよ」
「いや老けてからも。俺の方が年上だし女性の方が長生きするだろうから大丈夫だとは思うんだけど」
「あの敦賀さん、一体何のお話を…???」
「ああ本当、頼んだよ」

演技に関して蓮からもらう賛辞としてはおそらくこれ以上の物はないのだろうが、最上キョーコはなんだかどこか引っ掛かって素直に喜べなかったのだった。





黒糖様のお題は、「蓮さんがキョーコさんへの恋心を意識することなく、 差し引いて真面目に演技で引きずられて感服する」でした。

黒糖様、リクエストありがとうございました!遅くなりまして申し訳ありませんでした!!

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