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BALANCE (24)


おこんばんは!ぞうはなです。
長々と続けてきた「BALANCE」も次でおしまいでーす。





久遠はちらりとキョーコの表情を見てからまた続けた。
「俺はもう、大切なものは作らないでいようと思っていたんだ。それを失ったときの絶望は既に身をもって知ったし、この仕事はその大切なものまでも巻き込む可能性がある。仕事を続けるならば失って困るようなものは持ってはいけないし、持つのならばこんな危険な仕事は続けるべきじゃない」

久遠は一度言葉を切ると、ゆっくりと頭を横に振った。
「けれどやはり選べない。そんな事、今まで無かったのに……答えを出しかねている内に石橋君が重傷を負ったという話が耳に入ってきた。それがリックや君に重なったんだな。無性に怖くなった。だから俺は分かっていても自分を律する事ができなかった」

久遠の言葉は独白に近いのかもしれない。きっと「石橋君」というのが今回怪我をしたという宝田組の関係者で、「リック」は亡くなった久遠の親友であろう。説明もなしに口にするとは久遠らしくないような気がする。いや、それほど知っているわけではないのだが。
キョーコはそう考えながらも久遠がまだ悩んでいるのだと痛いほどに実感していた。自分がほいほいとルームシェア話に乗ったことが、もしかしたら久遠の苦悩を深めているのだろうか。

「最上さんのせいじゃないよ」
「へ?」
急に間近で声をかけられて、キョーコは伏せていた顔を上げ、目の前の久遠の顔に気づいてびっくりした。
「ひゃっ!」
「君は…あの部屋から出て行こうなんて思ってる?」
「ちっ、いやあの、その、久遠さんのお仕事に悪影響ならその…!」
「バカだな、今君が出て行く方が悪影響に決まってるだろう」
「ええええっ?」

目を丸くしたキョーコにくすりと笑いかけると、久遠は元の位置へと戻った。
「決めたよ。もう二度と同じ事はしない。自分に嘘をつくのもやめる。大切なものができたら、全力で守ればいい、それだけだ」
キョーコは久遠の言葉を聞きながら視線を海へと向けた。

しばし2人の間に沈黙が降りる。そして少しの静寂の後、2人が口を開いたのは同時だった。

「ああ、だけど」
「大丈夫です!」

キョーコはすぐに口をつぐんだが、久遠が首を少しかしげながら「大丈夫って?」と聞いたので、再び口を開いた。
「私、頑丈ですし、健康だけが取り柄ですし、なにせ悪運がすっごく強いんです!小さいころから色々ありましたけど、なんだかんだと乗り越えてここにいます!私、絶対簡単には死にませんよ」

しばらく呆気にとられた表情でキョーコを見つめていた久遠だが、やがて表情をほころばせた。
「そうか…ありがとう。なんだか勇気が出るよ」
「いえその…」
「だけど意外だな」
「??何がですか?」

今度はきょとりとキョーコが久遠を見る。久遠は笑いながらその疑問に答えた。
「だってそれ、君が俺と一緒にいてくれるってことだよね。俺、引かれるか怖がられるかすると思ってたんだけど」
「あ……」
キョーコは久遠の言葉を理解してぶわわわわと真っ赤になった。自分でも顔が熱くなっている自覚がある。

「で…出て行った方がいいんですかっ!?」
「まさか。君の意志を尊重するけど、もちろん居てくれた方が断然嬉しい」
「わ、私だって久遠さんが悩んでるようなのが心配でたまらないんですよ!ほ、放っとけないじゃないですか!」
「そうか…ありがとう……けど、君が感じるのは心配だけかな。それならそんなに気を使わなくていいんだ」

キョーコは前のめりで必死に弁解していたのだが、久遠がぽそりと呟いたことにうぐ、と詰まった。
「…それだけじゃないです……私もその、敦賀さんに勇気をいただいていて、毎週会えるのが楽しみになるくらいだったんです。それを励みに頑張っていたって言ってもいいくらい……だからその、あの朝声をかけていただいてすごく嬉しかったです」
「本当に?」
「本当です!…そりゃ、声をかけられた当日は何がなんだか分からなくて戸惑いましたけど!でも、こうして結果として考えてみたら、その…思い切ってみてよかったって思ってるんです」
「そう……」
「今までこうしてたくさん助けていただいた分、恩返しさせてください!もし本当に久遠さんが、私がいるのがいいって言うならば、気が済むまで一緒にいますから!」
「…それって俺の気が済んだら一緒にいたくないってこと?」

少しだけキョーコのほうに頭を近づけて聞いた久遠の表情はやや寂しげに見えて、キョーコは自分の言い回しが失礼だったかと慌てた。
「ちちち、違いますよ!そうじゃなくって…だって久遠さんだってその、いつかは…」
「まあおあいこかな」
手を振り回しながらのキョーコの言葉を遮るように、久遠はにっこりと笑う。
「俺も君に恩を売って一緒にいるように仕向けたからね…利害関係が一致するから君が俺の部屋にいるって言うのは間違いじゃない」
「で、ですから~…!」
「今はルームシェアの同居人。それで十分だ。君がそれで納得してくれているなら」
「納得してますよ」
やや不服そうにキョーコは答えた。すっかり久遠のペースに振り回されて、考える前に感情で返答してしまっている事が納得できない。

「その内君が俺と一緒に暮したいって望んでくれたらもっと嬉しいかな。一緒にいる理由が利害関係じゃなくて愛情なら満点だ」
「は…?え、な、なにを……?」
「やだなあ、本当に鈍いのか、いや頭のいい君の事だからこれも実は計算なのかな」
「違いますよ!!だってあんまりに突然すぎて何がなんだか…」
「大丈夫、整理する時間はたくさんあるし、聞きたい事があれば何にでも答えるよ」
「は、はあ…」

久遠は苦笑しながら頭をかいた。
「どうもよくないな…こんな世界はこりごりだなんて言いながら、俺がヤクザみたいなことしてる」
「そうですか?でもヤクザはこんなに親切じゃ…」
ふるふると首を振って否定しようとしたキョーコのおでこを久遠は人差し指で軽くつつく。
「そう思っていると付け込まれて騙されるんだよ。境遇に大いに同情するような素振りで小さな恩を売って、断れなくする。まるでその人の恩人であるかのように思わせる。あとは言葉巧みにずるずると、引きずり込むだけだ」

むむ、と黙り込んだキョーコはすぐに言葉を返した。
「けど、本当に騙そうとしていたらその手口を暴露したりしませんよね」
「分からないよ、そう言って自分だけは違う、というのが新しい手口かもしれない」
「ううもう、キリがないし分かりません!」
「ひとつ分かった事があるよ」
久遠は朗らかにそう言うと、シートに背中をあずけて車のエンジンをスタートさせた。


「なんですか?」
「貸しだの借りだのはその内すり減って行くけど、愛や情はそうでもないってこと。分かってたはずなのに忘れてた。君とどういう関係が築けるのか、ちょっとワクワクしてるのが自分でも不思議なんだ」
不意に見せた久遠の笑顔は、なんだかついさっきまで見せていた表情よりも少し幼く見えて、キョーコはつられて笑った。
「私はそれ、知ってましたよ…まあ、そう思っていて裏切られる事もあるんですけど」
「それでもきっと、知らないよりはずっといいんだ。そう思うよ。さて、部屋に戻ろうか」
「あ、私、ミキサー買ったら試したいと思ってたレシピがあるんです!試食に付き合っていただけますか?」
「じゃあ帰りに食材も買って行こうか。パンの材料もかな?」
「はい!」
2人は顔を見合わせて笑いあう。

車が動き出すと思い出したようにキョーコが久遠を見た。
「そういえば何でも聞いていいって仰いましたけど」
「うん、気になる事があったら何でも聞いて。ああ、職務上の機密事項は答えられないけど」
「いえ、多分違うと思いますが」

一呼吸置いてからキョーコは切り出す。
「敦賀さんが撃たれたあの早朝のことなんですけど…なんであんな時間にあんな場所にいたんですか?」

一瞬、久遠の眉がピクリと上がった。しかしそれには気づかずにキョーコは続ける。
「あの辺事務所らしきものもないし住宅街なのでいきなり発砲があったのが不思議だったんです」
「ああ……そうだね」
「?」

先ほどとうって変わって久遠の声はやや沈んでいる。何かまずい事を聞いただろうかと改めて久遠の顔を見ると、久遠はちらりと横目でキョーコを見てまた正面に視線を戻した。
「…金竜会の捜査のためにちょっと必要があってね」
「……」
沈黙は催促だ。キョーコが黙って自分を見ているのを感じて、久遠はひとつため息をついた。
「組員自身より、周辺を探った方が情報が簡単に手に入る事が多い」
「……」
「それであの日は、あのマンションまで人を送ってきていた」
「あんな時間にですか?それに…なんでそれで撃たれたんですか」

久遠はもう一度、今度は盛大に息を吐き出した。
「金竜会の組員の女…まあ、恋人に探りを入れてて、彼女がホステスだったので仕事終わりに少し飲んで、それで送って行ったんだ」
「……もしかして、その女性の恋人に襲撃されたんですか」
「……」
今度は久遠が沈黙を返した。先ほどとは違ってそれは肯定を意味する。

「ふぅん…まあ敦賀さん、ぶっきらぼうですけどもてるでしょうし、女性には優しそうでしたし」
「いや別に、何かあった訳ではないよ」
「何もないのにいきなり撃たれたりはしませんよね」
「いや本当に何もなかった。ただその男の宝田組長の襲撃を過去に何回も潰してるからその恨みもあって」
「女性の扱いも慣れてらっしゃるようですし」
「…最上さんもしかして妬いてくれてるの?」

キョーコは冷たい目で久遠を一瞥し、即答した。
「妬いてません。ただ、おもてになるんだなと思っただけです」
「…今後はしないよ」
「やっぱり何かあったんですね」
「いやだから…」

久遠を冷たい視線で黙らせながら、キョーコは内心不思議だった。

あれ?私本当に妬いてるの?

そんな自分もなんだかおかしくなってキョーコはくすりと笑った。



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