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BALANCE (23)


こんばんはー。ぞうはなです。
会話が…会話が長い(ここまで蓮/久遠がしゃべらなかった反動が…)。





「え…?」
きょとりと自分を見るキョーコの顔から目を外さず、久遠はキョーコの髪をするりと梳くとゆっくりと手を離した。久遠は視線を落とすと自分に確認するようにゆっくりゆっくり言葉を口にする。
「君の借金が残っている内は、俺が敦賀蓮としてあの場所にいる内は、と自分に言い聞かせていた。まだ大丈夫、まだ君と顔を合わせる機会はある、と」

どういうこと…?久遠さんが私と会いたいって思ってた?いや、まさか!

キョーコは現実感のないふわふわとした頭で必死に考える。
敦賀蓮としても、久遠ヒズリとしても、自分のことや気持ちをここまで語るのを聞くのは初めてのことだ。そしてどうやら信じられない事に、単純な親切心だけでキョーコに部屋を提供したのではないと、久遠はそんな事を言い出している。

「だけど不破が現れて君の借金返済は終わり、捜査も思ったより速く進展して、そしてあの夜、ちょうどいい事件が起こった」
「それって車が海に落ちた…あの事件ですか」
「そう。あれは俺に対して恨みをつのらせた金竜会の男がやった事だった。とっさの判断で、そのまま姿を消す事にしたんだ」
「やっぱりあの車には敦賀さんが乗ってたんですね」
「本来なら組長が乗ってないと意味が無いけどね。なんの権限も持たない一組員を殺したって組にダメージは無い。自分が捕まるだけの愚かな行為だ」
あっさりとなんでもない口調で言い切る久遠に、キョーコは住む世界の差を感じて驚いた。

「潜入捜査が終わった後は関連があった人間の前からは一切姿を消すのが当然だ。…今までもずっとそうしてきた。自分のルールとしてもね」
「はあ…」
それはそうだろう、とキョーコは納得したが、久遠はハンドルにもたれかかるように体を前に倒して大きくため息をついた。

「そうして本来の姿に戻って…どうしてだろうね、なぜか君の事を思い出してしまって。中途半端な状態だったからかな。もう大丈夫だろうか、苦労してないだろうか、くじけてないだろうかって」
「あ…ありがとうございます」
「俺が勝手に思ってただけだけど」
「でも…」
「結局、君が宝田組の関係者じゃなかったからと理由をつけて、勝手に自分のルールを捻じ曲げて、君との再会に賭けたんだ」
ハンドルにもたれた体勢のまま、久遠が顔をキョーコの方に向けた。目が合ってしまってキョーコの心臓がまたもやどきりと音を立てる。

「君が俺のことなんて気にせず通り過ぎたら忘れようと決めた。けれど君が少しでも俺を気にしてくれたら…」
ドキドキする心臓をなんとか静めようとしながらキョーコは黙って久遠を見る。久遠もキョーコの目を見つめたまま言葉を継いだ。
「久遠ヒズリとして君との関係を築いてみようと」

キョーコはあの早朝の奇妙な出会い、いや再会を思い出していた。道端にたたずんでいた久遠の姿を見たときに自転車を停めてしまったのは自分だ。それほど、キョーコは蓮がふつりと姿を消してしまった事を気にしていた。その場にいた久遠の姿に蓮を重ねてしまった。

「あの時私、敦賀さんが植え込みに倒れこんでいたことを思い出していたんです」
「それを思い出して欲しくてあの場所にいたから、正解だったかな」
「そうだったんですか…?でもなんで私なんか」
「なんか?なんかって自分で言うのはおかしいな」
久遠は少しだけ体を起こして心底不思議そうにキョーコを見るが、キョーコは眉間に皺を寄せて海辺を散歩する犬を見た。

「おかしくないです。あんなぼろアパートに住んでるみずぼらしい借金女ですよ?久遠さんはホステスさんみたいに綺麗な人だってたくさん周りにいらっしゃるでしょうに」
「ああ、そんなことか」

軽く言われて、そんなことって…!とキョーコは眉間の皺を深くした。けれど久遠はそんなキョーコに笑いかけながら説明する。
「確かに仕事でも女性に関わる事は多いよ。情報を引き出したりする必要があるからね。けど、外見は華やかに見えるかもしれないけど、そんなことで心が満たされる事は無いんだ」
「心…ですか」
「ハイスクールのあの時代からもうずっと、忘れていた感覚だ。人を利用するために人と付き合うような世界にどっぷり浸かって、見えるのは欲望と憎悪と嫉妬と…この仕事、病んでドロップアウトしてしまう人間も多い」
「確かに聞いているだけで大変そうなお仕事ですね」
取り締まる相手はヤクザやマフィアや、普通の人とは違う層だろうし、それだけに命の危険だってあるだろう。

「人の汚い部分を嫌ってほど見てきた。薬で身を滅ぼすのも間近で目にした。ヤクザに金を借りる人間だって悪い人ばかりではなかったけど絶望に満ちている人ばかりで…君の部屋に初めて行った時、君もそういう類の人かと思ったんだけど違った」
「え…そうですか?」
キョーコは言われてビックリする。借金を告げられたとき、自分は絶望のどん底にいたではないか。

「君の部屋を訪れるたびに君の瞳が生き生きとしていくのを見て、驚かされていた。それにあの状況で君は…俺のことも気にかけてくれた。忘れかけていたものを俺の心に呼び戻してくれた」
「そんなオーバーな!大層な事は何もしてませんよ、応急処置しただけで…それに、私が挫けないで済んだのは敦賀さんがいてくれたからです」
「…なぜ?金を取り立てていたのに」

首をかしげた久遠に、キョーコは心底呆れた顔で首を横に振った。
「何を仰るんですか。敦賀さんは確かに愛想も無くてぶっきらぼうでしたけど、決して横柄でも冷酷でもなかったです。私の仕事の事とか、生活の事とか、気にかけていただいてました。だから諦めずに頑張れたんです。それにあのお店からも連れ出してくれたじゃないですか」
「あれはだって、半分以上自分のためだ」
「へ??」
「君を貴島に掻っ攫われるなんて冗談じゃなかった…それだけだ」
「なっ!?」
「あの時はまだ緒方組が薬物取引に関わっていない確証が取れていなかったから尚更だ。君が薬漬けにされるなんて考えたら…ね」
「薬漬けって…そんなまさか」
「ヤクザに関わったら、無い話じゃないんだ。まあそれがなくても関わってロクな事はない。折角こんなにも…こんなにも綺麗で光り輝いているものを潰されるなんて、本当に冗談じゃない」

あれ?とキョーコは思った。
久遠の言っている事はそのまま捉えれば恥ずかしい気分にさせられるが、ふと見せた瞳の色と静か過ぎる口調がどこか狂気をはらんでいるような…。

「…違ったらごめんなさい。でも……久遠さんもしかして、もしかして少し、私と以前亡くされたというお友達を…重ねましたか?」
静かに遠慮がちに問われて、久遠は目を伏せた。
その意外と長い上下のまつげが合わさって止まり、それからゆっくりと瞳が開くのを、キョーコはなぜか緊張しながらじっと待つ。
「そうだね…そうかもしれない。ああ、それでか、きっとそのせいだ」

何回も頷きながら一人で納得して、久遠は少し寂しげに笑った。
「道理で止まらなかった訳だ。君がきっかけだったんだな」
「…何かあったんですか?」
「ああ…金竜会は俺が行方不明になったことでかえって疑心暗鬼になった。なにせ遺体が揚がらなかったからね。復讐を恐れて俺を探し回ったんだ。それで宝田組に怪我人が出た」
久遠は一度息を吐き出す。そして淡々と平坦な声で続けた。
「組員が抗争で怪我するなんてよくある事だけど、奴らは尋問しやすい人物を狙ったんだ。君が返済していた貸し金の、受付の男を。彼はただ雇われていただけで、組員ではなかったのに」
「…その方は……」
「俺もその後直接会ってはいないけど、あばらや腕や…複数個所を骨折して入院になった。俺の行方なんて知る訳も無いのに散々痛めつけられたんだ。幸い命に別状は無かったけど。普段だったらそれでも仕事だからとそのまま見過ごしてたはずだったけど」
「ちょっと待ってください、もしかして!もしかして敦賀さんの姿で出て行かれた日って…金竜会の事務所であった騒ぎってそれの…!!」
「よく覚えてたね、正解だよ。二度とそんな気が起きない程度に手加減するつもりだったけど、気がついたら事務所内を叩き潰してた」
「は………」
キョーコはめまいがして自分の体がぐらりとかしいだような気がした。

「俺が追う麻薬組織と金竜会は麻薬の取引を進めていたんだけど…アレのおかげで金竜会が事実上解散になった。もっとも、その前の詐欺事件の段階でだいぶ弱体化はしてたけど」
「それでよかったんですか…?」
「よくない。一緒に捜査を進めてた警官にも滅茶苦茶怒られたよ」
軽く笑った久遠に、キョーコは言葉が出ない。

「結果としてもう一つの暴力団に取引先が絞られたから、捜査はしやすくなったはずだけどね」
「一体あなたは…」
「俺はね、あの組織をつぶすためだったらなんでもする。俺にとってこれは単なる仕事じゃないからね。けど、俺の人生にもう一つ大事なものが出来てしまった。どっちが大切かって自分でも考えたけど、選べるものじゃないみたいだ」

大切なもの、それはなんですか?

キョーコは舌の付け根まで出かかったその言葉を飲み込んだ。
久遠は苦しいような悲しいような、不思議な表情をしていた。


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