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BALANCE (22)


こんばんは!!ぞうはなです。

大変遅くなりましたーー!もう、ドタバタしすぎ!
なにはともあれ続きです。





車内にはコーヒーのいい匂いが漂っている。
カーステレオから流れる英語のDJの軽快なしゃべりと音楽、運転席にはハンドルを握る金髪の美青年。
傍から見れば完璧に近いこのシチュエーションが、今キョーコにとってはどこか重苦しかった。

「君に色々な事を話すかどうかはずっと迷ってたんだ。君が気にしているのは分かってたけど」
ショッピングモールの席を立つときに、久遠はポツリとそう言った。
「けど、今日こうしてみて改めて思った。『話さない』って選択肢はなかったね」
目を丸くして見上げたキョーコに笑いかけると、久遠はそう付け足してから歩き出した。
なんとなくそれ以上のことをその場で聞き出すのもはばかられ、その後も切り出すタイミングを測りかねてキョーコは無言のまま助手席に座っている。

やがて車はショッピングモールからそれほど離れてはいない、海辺の公園の駐車場に停まった。
夏場であれば浜辺を散歩する人も多いのだろうが、晴れていても今は冬。人影はまばらだ。

久遠はエンジンを止めるとハンドルから手を離して切り出した。
「君に俺のことを話すと巻き込むかも、なんて思ってたけど、ルームシェアの時点で十分巻き込んでるね」
「巻き込むって…何にですか?」
「俺の仕事絡みで発生するトラブルに」

返事が出来ず困っていると、久遠は笑って髪をかき上げた。
「俺はね、警察官ではない。けど、近い立場にある。一般的にはあまり知られていない仕事かもしれないね」

近い?…検察官とか消防士とか…いや、それはよく知られているし何かちょっと違う気が。

ううん、と考え込んだキョーコを見て久遠は再び口を開く。
「俺は麻薬取締官だ。違法な薬物の取引を取り締まるのが仕事」
「麻薬…それでヤクザに潜入してたとか?」
「そう。けどね、ちょっとややこしいけど実は本籍はまた別なんだ」
「本籍??どういう事ですか」
「DEAって知ってる?アメリカの麻薬捜査組織。俺はそこの人間なんだ」
「し…りませんけど……なんでアメリカの組織の人が日本に?」

青い空を見ながらふ、と息をついた久遠に、キョーコはしばらく迷ってから切り出した。
「あの、ごめんなさい、気にならないと言えば嘘になりますけど、話しにくい事なら無理に話していただかなくてもいいんですよ?私、今久遠さんのお仕事聞いてあれこれ納得いってますから、十分なんです」

少し驚いたようにキョーコを見た久遠は、必死に話す様子を見て笑みを浮かべる。
「ああごめん、話したくないって事ではないんだ」
「え?」
「変に打ち明ける事で君にいらない心配をさせたり、困らせたりするのも迷惑かなと思って。けど、君が嫌でなければ話を聞いてくれるかな」
「は、はい、もちろんです!」

「俺はね、まあこんな見た目だから分かるかもしれないけど、アメリカで生まれたんだ」
キョーコは久遠の仕事の話を予想していたが、いきなり生まれからスタートして驚いてしまった。しかし約束通り、静かに話を聞くことにする。

久遠はアメリカの裕福な家庭に生まれた。
政府機関で働く父、モデルの母。両親から愛情を注がれ、不自由を感じることなく育った。
しかしハイスクールに通う頃、久遠の身の回りに不穏な空気が漂い始める。

「割と裕福な家の子供たちが通う学校だった。けどその中に異質な奴が一人、いた」
久遠と同じ年のその男子学生は見た目も成績もよく家も金持ちのようだったが、どこか周りと違う雰囲気を発していた。
「違和感の正体はすぐに分かった。そいつは巨大な麻薬組織のボスの…息子だったんだ」

学校の中で居場所を確立したあとの男子学生の動きは速く、彼は自分の能力を試すかのように生徒の中で密かに麻薬を売り始めた。外部からの流入を装っていたが、久遠には元締めがその学生である事は読めていた。そうして平和な学校にじわじわと侵食する麻薬の恐怖はやがて久遠の元にも訪れる。

「好奇心とプレッシャーと連帯意識…学生は案外そういうものに手を出しやすいんだって、その時初めて気がついた」
久遠のクラスメイトの何人かも薬物に犯され、学校に通えなくなるものも出た。久遠自身は頑なに拒否し、まだ男子学生の動きをはっきりとつかみきれない学校に対して働きかけをしたのだが、それが恨みを買う原因となる。
「奴は俺を攻撃対象と、排除すべき対象と定めてきた。俺も不用意に深入りし過ぎたんだな、相手はただの学生ではなく組織の後ろ盾があったというのに」
久遠は思い出すようにじっと遠くに見える海を見つめ、目を閉じるとゆっくりと頭を振った。

嫌な事を…思い出させちゃった?

キョーコが何も言えずに心配そうに久遠を見つめていると、やがて久遠は目を開いてキョーコを見た。
「奴のせいで…いや、俺のせいでもある。突っ込み過ぎた俺を止めようとした親友が、奴の運転する車に吹き飛ばされた。俺は大事な存在を永遠に失ったんだ」

キョーコの眉がハの字を書く。久遠は安心させるように笑うと、また海を見つめた。
「その事件があって…俺はしばらく外に出られなくなった。立ち直るまでどれくらいかかったかな。けれどある日急に、親友に背中を張り飛ばされたような気がして、俺は誓ったんだ。麻薬も、それをばらまいて金を得てる奴も全て潰すって」
「それで麻薬取締官に…」
「そう。最短でその職につけるように大学も選んだ。そして偶然なのか必然なのか、俺がDEAに入って最初の任務で、奴の組織が俺のターゲットになったんだ。奴は短い期間で組織内で頭角を現して…幹部の一人になっていた」
「……」

途方もない話にキョーコは驚くことしかできない。気の利いた返しも思い浮かばない。ただ真剣に話を聞くのみだ。

「そして奴の組織は、新しい市場として日本を選んだ。アメリカと違ってまだ開拓の余地が大きいし、顧客になりそうな裕福な層も厚い。そしてその活動の全権を、かつての同級生が握った」
「えっ?に、日本ですか?」
「日本ではヤクザ…暴力団組織が薬の流通の要になっている、だから奴らはまずそこを抱き込むことを考えたんだ」
「それで…久遠さんは日本に来て、ヤクザに潜入してその組織の動向を探った…?」
「そういうこと。今回の捜査はDEAと日本の麻薬取締局、警察も合同で当たっているから、外から見たら分かりにくいし、やってることは似てるから、警官と思われてもおかしくはない」
「はあ……」

なにやら壮大すぎて、久遠のこれまでの人生も、その仕事も、キョーコの今までの生活にはまったくかすりもしない。
なぜ自分はこの人の隣でこんな話を聞いているのか、今現在のシチュエーションに自分が存在する事自体が場違いな気がする。


キョーコが呆けているのを見て久遠はクスリと笑った。
「急にゴメンね、こんな話をして」
「いえ……なんだか申し訳ないです、久遠さんにそんな辛い話をさせてしまって」
「だから言っただろう。俺が話したかったんだ。…今日、君があの袋を持っているのを見て、瞬間的にカッとなってしまった。怖かったかもしれない、すまなかったね」
「いえそんな!」
「普通だったら」
「?」

少し辛そうに海を見ながら、久遠は髪をかきあげた。指からこぼれる髪がさらさらとその綺麗な形の額に落ちて行く。
「普通だったらね…俺の目の前に薬らしきものが見えたら、一番に考えるのはその出所はどこか、どうやって渡ってきたものか、そんなことばかりなんだ。けど今日は違った」
「???」
久遠がため息交じりに吐き出す言葉はキョーコにとって意味は分かっても意図が分からない。
とにかく黙って聞くしかなくて、キョーコは居心地の悪さを紛らわすようにすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。

「今日だけは落ち着いていられなかった。君の手になぜそんなものがあるのか、誰がそんな愚かな真似をしたのか、どうして君は受け取ったのか。そんなことで頭がいっぱいになってしまった」
不思議そうに黙って自分を見るキョーコの髪に、久遠はそろりと手を伸ばした。キョーコの心臓がどきりと大きく跳ねるが、真剣な表情を見ると動く事も出来ない。
「それで思い知ったんだ。君を助けるため、君の力になるためって自分に言い聞かせてたけど、やっぱり違った」
「な…なんの……?」
「君にルームシェアを提案した事」
「は、はい…」
「君の助けになれるならと思っていたつもりだったんだけど」

何何何なの?この人は一体何の話を…!

「やっぱり違った。俺は単純に、宝田組のあの立場を捨てることになったのに、君との関係を断ち切れなかっただけだった」

キョーコの頭脳と感情はパンク寸前だった。



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