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BALANCE (18)


こんばんはー。ぞうはなです。

祝日があると更新が遅れますー。
そしてなんだか中途半端ー。





夕方、キョーコは緊張の面持ちでマンションのエントランスにいた。
マンションから出るのは簡単だが、入るためにはカードキーをエントランスの装置に読み込ませて暗証番号を入力する必要がある。先日部屋を見せてもらった時も昨日荷物を運び込んだ時も久遠が先導してくれたので、一人でここから入るのは初めてだ。

慎重にカードを通して久遠から教えられた暗証番号を押し…ガラス戸が静かに開き、キョーコはほうっと息を吐いてロビーへと入った。
艶々に磨かれた床を踏んでエレベーターに向かいながらキョーコはため息をつく。

この環境…慣れればいいって思ってたけど、むしろ慣れない方がいいのかしら。
こんなところに住むなんて事、この先一生ないだろうし。
むしろ今日お邪魔したお店の雰囲気の方が私には合ってるような気が…


キョーコはぶつぶつと考えながらエレベーターで部屋のある階へと降り立った。部屋のドアを開けると、そこには男物の革靴が置かれている。

久遠さん、帰って来てるのかな?

まだ夕方の早めの時刻だが、"不規則だ"と本人も言っていた。キョーコがリビングに入ると、やはりそこには久遠の姿が…と思ったのだが、キョーコは目の前の人物の姿を確認して目を丸くしてしまった。

「つ…敦賀さん??」
「ああ、お帰り」
にこりと笑ったのは黒髪の男だ。黒いスーツを着ているその男が朗らかに笑うのはキョーコにとってかなり違和感がある。
「どうしたんですか、その姿」
「ちょっとね」

まじまじと自分を見つめるキョーコに対し、久遠はその顔から笑顔を消し去ると真顔でぽそりと言った。
「"敦賀蓮"の方が好みなのか?」
その表情、その口調はまさしくキョーコが"敦賀蓮"として認識していたそのものだ。キョーコは慌てて両手を振り回す。しかしなぜだかその顔は真っ赤だ。
「な!そう言う事では…!」
「同一人物なんだけど」
「知ってます!!」

ふーっふーっと赤い顔のまま肩で荒く息をするキョーコを久遠はしばし眺めた後、やれやれと首を振った。
「自分で自分に嫉妬するってちょっと複雑だな」
「へ?」
呟かれた言葉がキョーコの耳に入るが、意味が分からなくて思わず変な声が出る。しかし久遠が急に真正面からキョーコをすっぽりと懐に入れたため、キョーコは続く言葉を発する事ができずに硬直してしまった。
「明日まで、下手すると明後日くらいまで留守にするけど気にしないでいて」
「は…はい!けど…」
「うん?」
「その姿でって事は、その…また宝田組に?」
「ああまあ…近いかな。けど本当にこの格好はこれで最後だ」
「そうですか…」
そろりと自分を見上げたキョーコと、久遠はしっかりと目を合わせた。
「"敦賀蓮"がいなくなったら寂しい?」
「…いえ……そんな事ないです。こうしてしっかり見ると、ホントに敦賀さんと久遠さんって同一人物だって分かりますから」
「そう?さっきは取り乱してたのに」
「少し驚いただけです!…そ、それより…あのっ……」
「ああごめん。"敦賀蓮"として君に会えたのがうれしくてつい、ね」

久遠は腕をほどくとキョーコを解放し、抗議を受ける前にすぐに話題を変えた。
「仕事見つかりそう?」
「はい!この近所の料理屋さんがちょうどアルバイトを募集中で」
「この近所に料理屋なんてあったっけ」
「ええ、"だるまや"さんって言うんですけど」

久遠は視線を上に上げて少し考えてから思いついたように口を開く。
「…ああ、看板にだるまの絵が描いてある?」
「そうです、そのお店です」
「確かに少し離れたところにあったね。あの店は居酒屋かと思ってた」
「夜はそんな感じなんですけど、お昼も定食やさんとして営業しているそうです。お店がやってるのは平日だけですけど」
「あの辺りはどっちかと言えばビジネス街だからね」
「そんな感じでしたね。明日履歴書を持って行くことになってます」
「そうか、頑張ってね」
「はい!いい匂いにつられてしまって発見したんです。きっと美味しいお店ですよ」

笑みを浮かべるキョーコに、久遠も柔らかく微笑む。
「君が働き始めたら俺もお邪魔しようかな」
「まだ決まった訳ではありませんよ」
「君なら大丈夫」
「そんな根拠もなく……」

戸惑ったようなキョーコに、久遠はぽんぽんとキョーコの頭を軽く叩いて笑った。
「君なら大丈夫だよ」


久遠が出かけた後、キョーコはソファに座り込んだまま考えこんでいた。

しまった…突然だったからついドキドキしちゃった。
なんでドキドキしたのかよく分からないけど…

きっと久遠にも挙動不審はばれてしまっただろう。
キョーコは自分でも不思議だった。久しぶりに見た蓮の姿になぜだか心臓が飛び上がってしまった事が。
そして、至近距離でまじまじとその顔を見て再確認してしまった。やはり久遠イコール蓮なのだと。
蓮がいなくなった訳ではないのだと確認ができて、どこかホッとした気分でもあった。

髪と瞳の色が違うから印象が全然違ったけど、その他が変わらないんだから当たり前と言えば当たり前よね。
だけど、何でホッとするのよ?

ううん、と考え込むと急に抱きしめられたぬくもりが蘇ってくる。
そういえば確か、尚がアパートの部屋に来たときも抱き寄せられて似たような感情をもてあましたのだ。

ああもう!!
ああいう事するから変に緊張しちゃうじゃないのよー!
やくざに変装して潜入する女タラシな職業って一体なんなのよ!

でも久遠は明日までは戻らないと言った。しっかり一晩落ち着いて立て直せばいい。
そう考えたキョーコの耳に、窓にぶつかる雨の音が微かに響いてきた。
近くの窓に近づいてカーテンを少し開けてみれば、窓全体に雨粒がついているのが見える。防音がしっかりしているこのマンションで雨音が聞こえるとは、かなり激しい風になってきているようだ。

降ってきたんだ…久遠さん、大丈夫かな?

朝方ちらりと見たテレビの天気予報では、深夜にかけて風雨が強まると言っていた気がする。
キョーコはもやもやと考えている事を振り切るようにカーテンを閉めると、夕飯を作るべくキッチンへと向かった。


その日の深夜、繁華街の雑居ビル3階にある金竜会の事務所ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

事務所の応接セットのガラステーブルに派手なシャツを着た男の体が投げ出され、大きな音を立てる。
事務所の中にいた男たちは立ち上がり、恐怖の面持ちで事務所入り口に現れた男を見た。

そこに立つ男は入り口をくぐるほどの長身で、黒ずくめだ。
この事務所の男たちの大半にとっては見たことのある姿のはずだが、男は雨の中を来たのか全身ずぶ濡れで、だらりとかかる前髪でその表情はよく見えない。
「若頭はいるか」

男の静かな声が事務所内に響いた直後、奥から一人の男が姿を現し、事務所中の視線を集めた。
「何の騒ぎだ」
男は声を上げてから、入り口近くの男の姿を認めて目を見開く。
「お前…敦賀かっ?」

「俺を探しているようだな」
にやりと笑った口元に、若頭の顔面が青ざめた。


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