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BALANCE (17)


こんばんは。ぞうはなです。

さて、お話の流れが少しずれますー。





こうしてキョーコと久遠の不思議な共同生活はスタートした。

引越し当日、荷物を運び込むためにキョーコがマンションの部屋に足を踏み入れてみれば、「新生活スタートへのプレゼント」と、部屋に立派なベッドが鎮座していたりもしたが。
至れり尽くせり加減に恐縮しながらも、キョーコは荷解きをしてなんとか自分の暮らすスペースを作り上げた。

そして引越し翌日の朝。キョーコは慣れない環境のせいか新聞配達の習慣のせいか、かなり早めに目が覚めてしまった。

なんか…部屋の余ってるスペースがすかすかして気になるけど。

洋服などは大きなクローゼットにすっぽり入ってしまったので、表に出ているものがほとんどない。
キョーコはベッドにちょこりと腰掛けて、アパートから持ち出したテーブルの上のカードキーを見つめた。高級マンションならではの"カードキー"とそれが乗せられたチープなテーブルのミスマッチが、なんだか今の自分の状況を表しているようで居心地が悪い。
だが、折角与えられた環境、最大限に活用しなければ久遠にも申し訳がたたない。居心地の悪さなんて、暮らしている内に感じなくなるだろう。キョーコはあえて図太くなる事を誓う。

まずは仕事探しよね。

うむ、とキョーコは頷く。
ある程度の金は返ってきた。久遠の厚意で生活費はこれまでよりもかなり安く抑えられる。
けれど、自分にはお金をかけるべき夢ができたのだ。これまであれこれ調べて、キョーコは調理師学校の学費が思った以上に高額である事を知っていた。
入学までの数ヶ月でできる限り稼いでおかないと、授業が始まってからはなかなか思うように仕事もできないだろう。

まずはこの近所で探してみようっと。

立ち上がったところで「コンコンコン」と小さく部屋のドアがノックされた。

「はい」
慌ててカーディガンを羽織ってドアを開ければ、そこにはジャケットを着た久遠がコートを腕に立っている。
「おはよう、起きてた?」
「おはようございます。もうお出かけですか?」
「うん、今日はちょっとね。割と不規則だから、出るのが早かったり帰るのが遅かったりするんだ」
「お疲れさまです」

頭を下げたキョーコに蓮は笑いながら小さな紙の手提げ袋を手渡した。
「俺のことは気にせずこの部屋にいてもらっていいんだけど、一応連絡用にこれを持っておいて」
手提げを渡されたキョーコは中を覗いて驚愕の表情を作る。
「携帯ですか?そんな、ここまでしていただく事は!あの、ちゃんと自分で買いますから!!」
「大丈夫、俺の都合だから。それにこれ、なんとか割で本体も通話料もタダみたいなものだから気にしなくていいよ。バイトでだって必要だろう」
「ですが…」
「俺の番号とメールアドレスは登録してあるし、その他の用途にも使って欲しい。それで、代わりというのもなんだけど」
「はい?」
「君もこれから忙しくなると思うから、たまに予定が合ったときだけ、君の趣味で特技だと言う料理を俺も味わいたいなって思って。ダメかな?」
もちろんキョーコに拒否する理由など無く、目を輝かせて承諾したのだった。


「おお、久遠」
「おはようございます、社さん」
「悪いな張り込みにまでつき合わせて」
「いえ、こっちも必要があって来てますから気にしないでください」
「しっかし最近のやくざってのは朝型なのか?朝食会だなんて似合わない気がするけどなあ」
社はぼやきながら、吹き抜けていく風にコートの前をしっかりと合わせた。
「取引相手が健康オタクなんですよ」
「言いなりか、力関係が伺えるな」
「そうですね、まあ組織の大きさが違いすぎますから」
「だな」

2人は都心のビルの屋上にいる。目立たぬよう給水タンクの載る壁にぺたりと張り付き、揃って少し離れた高級ホテルが入居するビルへと目を向けた。
「来たな、AZだ」
社は双眼鏡を持ち、覗きながら呟いた。
双眼鏡のレンズの向こうには、まだ若い金髪の男と男を囲む屈強なボディーガードらしき男たち、その後ろから入ってきたやくざらしい男たちが見えている。"AZ"というのは若い金髪の男につけられたコードネームだ。

「情報どおりだな。金竜会と氷崎組も一緒だ」
「金竜会の新発田は手を組んだと言うでしょうが、氷崎組の傘下に入ったというのが正しい見方でしょうね」
「本人はそう思ってないとは思うぞ?ったく、組長が逮捕されてるってのに強気だな」
「むしろ無能な邪魔者がいなくなった、と喜んでるでしょう」
「写真は?」
「別角度から撮ってます」
「抜かりないな」

2人はしばらく無言でホテルの方向を見つめたが、やがて社が双眼鏡から目を離して久遠を見た。
「この場で踏み込んで一網打尽にできたら楽なのにな」
「AZは用心深い男です。俺達が監視している事は承知の上でしょうし、証拠になるようなものがあるとも思えません」
「分かってるけどさ。やっぱり取引現場に踏み込まないと無理か」
「ええ。ですがAZはこの場にしか姿を現さないでしょう…取引は部下にやらせるはずです」

社は肩をすくめると、再度ホテルのほうへ目をやる。
「俺たちは現場に踏み込めれば氷崎組と金竜会は抑えられるが…お前の方はAZにたどり着くのは難しそうだな」
「仕方ありませんよ」
心配そうな社に対し、久遠は穏やかな笑みを浮かべる。

「日本でのルートをひとつずつ潰してじっくり追い詰めてみせます。そのためにも引き続き協力していただければ」
「もちろんだよ。どうせAZのことだからこの取引を潰せば他の組にビジネスを持ちかけるだけだろうし」
「そうでしょうね」
「俺達だって思いはお前のところと変わらない。氷崎組だけの問題じゃないからな。地道にやろう」
「ありがとうございます。ですがちょっと数日、俺は別件で動かせてもらいます」
「どうしたんだ?なんかあったのか?」
社はきょとんと蓮を見た。

「ちょっとした後始末をするだけです。すぐに戻りますよ」
「あ、ああ…?…"敦賀蓮"の、か?折角うまく姿を消したのに」
「宝田組にちょっと迷惑がかかってますから」
「なんだよ、やくざらしい義理人情か?すっかり染まったんじゃないだろうな」
「今後を考えての事ですよ」

爽やかに笑う久遠に、社は真面目な顔で人差し指を突きつける。
「後始末はいいが、金竜会を潰すなよ」
「……大まかな事情は把握済みってことですか、怖いですね」
「どっちが!」
2人は笑い合うと軽く手を上げる。社は再度双眼鏡を目に当て、久遠は屋上への出入り口に姿を消した。


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