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BALANCE (16)


こんばんはー。ぞうはなです。
諸事情により間空きましたがやっと更新。





どう…しよう……

マンションの入り口を入るとき、ある程度の予想はしていたはずだった。
しかし目の前に広がる光景はキョーコの想像をかなり飛び越えている。

「ここが君に使ってもらおうと思ってる部屋」
久遠はキョーコの狼狽を無視するようにマンションの部屋を案内してくれている。一番玄関に近い部屋のドアを開けてキョーコを中へと招き入れた。
「はぁ……広いですね」
「と言っても一番小さい部屋なんだ。申し訳ないけど」
「いえ、十分広すぎて落ち着かないくらいです」

何もない室内はものすごく広く感じる。
「多分10畳くらい」と蓮はあっさり言ったが、今自分が住んでいるアパートの部屋で一番大きいのは6畳だ。
「3LDKと仰いましたけど、1つずつの部屋が広すぎます」
「確かにだいぶ余裕のあるつくりだよね。だからキッチンはきっと気に入ると思うよ」

久遠は上機嫌でキョーコを促した。
「君の話聞いて、すぐに思ったんだ。俺は料理ができないからもてあましてるけど、調理師を目指す君なら有効活用してくれそうだって」
通されたキッチンは、確かにすごかった。コンロもシンクも大きくて、コンロの下にはオーブンまで見える。キョーコがバイトする居酒屋の厨房よりよほど広い。

「どうかな?」

どうかなって…!

キョーコはだいぶ困っていた。
一応、と言って部屋を見せてもらったが、どこもかしこも広くて豪華で、ケチをつけるところなどひとつも見当たらない。
それに男ひとりで住んでいる割にはぴしりとキレイに整えられていて、掃除も行き届いているようだ。実は目の前の男は家事能力が高いのだろうか。でもさっき料理はできないと言っていた気が…。

考えを見透かされたのか、久遠が気がついたように言葉を足した。
「ああ、掃除は週に1回業者が入ってる。嫌なら君の部屋だけは除外してもらう事もできるよ」
「業者ですか??」
「そう。仕事が忙しくてほぼ寝に帰ってるだけの時もあるからね、手が回らないんだ」
「はぁ…」

またもやキョーコはうんうんと唸る。
どんどんと断る理由がなくなっていく。なにせ立地が最高だ。キョーコの通いたいと思っている学校には電車一本、30分くらいで行かれそうだ。
けれど、こんな好立地のめちゃくちゃ広い部屋、一体家賃はいくらなのだろうか。いくらルームシェアと言え、キョーコに払える金額の訳がない。

「君は…分かりやすいね」
「は?何がですか?」
くすくすとおかしそうに久遠に笑われ、キョーコは困惑した。しかし笑いながらも蓮はなぜかキョーコの内心の疑問に答えてくれる。
「俺の部屋2部屋以外は自由に使ってもらっていい。きっと俺の方がこの部屋にいる時間は短いしね。それから、俺は君に提供した部屋には立ち入らない。個別に鍵がかけられるから心配なら使って。それでルームシェアのお金なんだけど、光熱費込みでこれくらいでどうかな」

久遠が右手の指を3本立てたので、キョーコはものすごい表情を作ってしまった。
「なんでそんなちょっと?いや、もしかして下に0つきますか?」
「まさか、つかないよ。大体俺は今ここにひとりで住んでるんだ。使わない部屋を使ってもらって少しでも家賃の補填をしてもらえれば十分だ」
「ご配慮はとても嬉しいのですが…それだったらもっときちんと家賃を分担できる方に住んでもらった方が…」
不思議そうにぼそりと言ったキョーコに、ううん、と久遠は首を横に振った。
「君以外の人とこの部屋をシェアする事は考えてないよ」


うーーん…どうしよう?

最近あまり見かけなくなった公衆電話の前で、キョーコは一人唸っていた。

『ちゃんと考えてからでいいよ、不安な事があったら連絡して』

キョーコの手の中には久遠の電話番号が書かれた紙がある。

一週間くらいは考える時間が必要だよね、と言われて、今日がその一週間目だ。
久遠に案内されたマンションの部屋を見てからもキョーコは不動産屋を訪れてあれこれ物件を探したのだが、当然ながらあそこまで立地がよく設備も整った広い物件で、久遠が提示したより安い家賃の部屋など無い。そんなのは分かりきっている事だが、一度あんな部屋を見てしまうとどうしてもあれこれ考えてしまうのだ。
何よりもあの広いキッチンは魅力的過ぎる。

考えれば考えるほど…あの部屋に住まわせてもらうのがいいんだけど。

けれど考えれば考えるほど、久遠の真意が分からなくなる。
キョーコにとっては飛びつきたいほど美味しい話だ。だが久遠側のメリットが分からない。単純に、自分の状況を知って力になろうとしてくれる可能性が一番高いのだが、なぜそこまで親身になってくれるのか、そこが一番のポイントだ。

大体…異性とのルームシェアなんて。

それは思い切って久遠にも言ったのだ。けれど「あのアパートで不破と同居してたんでしょ?」と言われると、何も言い返せない。
確かに自分は好きだったとはいえ一切恋愛関係にない男と数年間の同居生活をしていて、そして2人の間には何もなかった。それができるのになぜ久遠とはできないのか、それはきっと相手のことを知らなさ過ぎるからだとキョーコは推測する。

しかし、最近はやりのシェアハウスなどでは初対面の人同士が同じ家で暮らす事もあるという。
それと同じだと考えれば悩むこともないのだが。

謎過ぎる…のかな。

キョーコの中でもやもやの正体が解きほぐされてくる。
中途半端に知れている久遠の情報が、突拍子もなさ過ぎるのだ。
元々は黒髪長身のやくざだと思っていて、単純に借金の取立てにくる人だった。
それがいきなり変身して金髪碧眼の爽やかな青年として目の前に現れ、キョーコの生活の手助けをしようと手を差し伸べてくれている。しかしその本人はやくざに潜入するような(詳細は分からないが)仕事をしていて住んでいるところは超高級マンションだ。

これで怪しまない方がどうかしてるわよね。

けれども即座に「嫌です」と言えなかったのも確かなのだ。
だって取立人としてキョーコと接していた蓮はぶっきらぼうだが親切でキョーコの力になってくれた。無理やりホステスとして連れて行かれた先から連れ戻してくれ、尚にきっちりと借金返済をさせてくれた。
キョーコは色々と疑問があるものの、蓮、いや久遠の本質を信用してもいるのだ。ここまでしてくれる久遠の真意は分からないが、自分を騙すメリットも久遠にはない気がする。

ええい!鬼が出るか、蛇が出るか!

キョーコはぐっと腹に力を入れると、目の前の公衆電話の受話器を持ち上げた。


「これだけ?思ったより少ないね」
「はぁ…ガラクタは思い切って処分しました」
にこやかな久遠と戸惑い気味のキョーコ。
数週間前のマンションの前でも見られた光景が、この日はキョーコが住むアパートの室内で繰り返されていた。

「そうか。じゃあ運んでしまおう」
「あ、はい!」
「最上さんは軽いのだけでいいよ」
「大丈夫です、力には自信ありますから」
ごちゃごちゃとしたやり取りののち、久遠は2つ重なったままの段ボールを軽々と持ち上げてアパートの階段を下りていく。

キョーコは悩んだ末、久遠のルームシェアの提案に乗ることに決めた。
もし何かあったらすぐにでも引っ越そうと考えてもいる。なにせ尚から戻ったお金が丸々手元にあるのだ。夢は若干遠くなるが、再度の引越しくらいはそれほど悩まずにできそうだった。

しかし久遠に決断の連絡をしたら、なぜかこの男は休みを調整し、車を調達して引越しの手伝いまで買って出てくれた。キョーコは恐縮する事この上ない。

「本当に何から何までありがとうございます」
「どういたしまして。この量なら業者に頼むまでもないからね」
アパートの下には業務用の白いバンが止まり、久遠は部屋との間を何往復かしてバンの荷台に段ボールを積んでいく。車の荷台が半分ちょっと埋まったところで荷物の搬出は終わった。


キョーコはがらんとした薄暗いアパートの部屋で雑巾がけをしながら考え込んでいた。

ここで暮らしてる間は…自分のことあんまり考えなかったけど……
ここに来てから何年経ったんだっけ?改めて考えてみると随分とバカみたいに時間を無駄にしたなぁ。
諸悪の根源はあのバカショーだけど、あいつを増長させてたのはまぎれもなく自分だし。
今回の借金は返ってきたけど、あいつに費やした時間もお金も戻っては来ないのよね。
けど…

「随分きれいにするんだね」
玄関から驚いたような声がかかってキョーコは床に座ったまま振り返った。
外からの光で影になっているが、戸口に肘をついて玄関に立っているのは久遠だ。
「はい、立つ鳥あとを濁さず、です」

答えたキョーコに久遠は笑うと、薄暗い室内をぐるりと見回した。
「ここを離れるの、寂しかったりする?」
問われて、キョーコは畳に目を落とす。
「いえ…今考えてみれば、すっぱりと区切りがつけられて良かった気がします」
「そうか」

久遠は短く答え、ひと呼吸置いてから続けた。
「この部屋にも嫌な思い出や後悔が残ってるかもしれないけど、君が成長するために今までの経験で無駄なものはない。切り替えて前を向くのは大事だけど、過去を切り捨てる事もない」

キョーコはぽかんと戸口の久遠を見上げた。
外からの光で久遠の顔は影になり、金髪もやや暗く見えるため、なんとなく蓮の姿に見える。

「はい!」

自分で自分に言い聞かせようと思った理屈でも、久遠の口から聞くとより説得力が増す気がする。
やっぱりこの人は元気になる言葉をくれるんだ、と嬉しくなりながら、キョーコはまた雑巾がけを続けた。


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