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BALANCE (15)


おこんばんは。
話の展開がなんだか過去のお話に似てる気がするなんて、気のせいにしておきます。





目の前の金髪の男はゆっくりとコーヒーを飲んでいる。つられてカップを取ったキョーコは一口飲み込むと意を決して口を開いた。

「失礼ですけど…あなたはどなたなんですか?」
一緒のテーブルでコーヒーを飲みながら聞くにはそぐわない質問だが、男は笑わなかった。その綺麗な瞳がキョーコを見据え、形のいい唇が動く。
「失礼、名乗っていなかったね。俺の本名は久遠。久遠ヒズリだ」
「見た目と名前を変えていらしたってことは、本当はやくざじゃないんですか」
「そう。ちょっと必要があってしばらく宝田組にいたけど、今は"敦賀連"という存在はどこにもない」

不思議なことにキョーコの胸がツキンと小さく痛んだ。
あの黒髪の大男のぶっきらぼうな優しさが、いつの間にかキョーコにとっては大きな存在になっていたのか。目の前の男は穏やかで口調も柔らかいが、蓮ではないような気がしてしまう。

「…警察、の方ですか」
「どうしてそう思う?」
考えながらぽそりと口にしたキョーコに、久遠は組んでいた足をほどくと両肘をテーブルに乗せてキョーコの方に少し身を乗り出す。
キョーコは腕組みしてなおも考えながら言葉を継いだ。
「偽名を使って宝田組にいたってことは…潜入してたってことですよね。そして必要がなくなったからやめた…つい最近宝田組の傘下の事務所に家宅捜索が入ったとニュースでやっていました。タイミング的にぴったりです」
「なるほど。しかし、その傘下の組は宝田組と敵対していた。そっちの組のスパイとも考えられない?」
「確かにそれも考えられますが、以前敦賀さんは拳銃で撃たれています。報道はされていませんでしたが、先日のニュースで取り上げられた発砲事件はほとんど宝田組に対してのものでした。敦賀さんがスパイだとしたら、味方から撃たれたってことになりますし」
軽く頷いた久遠を見て、キョーコは更に続ける。
「どっちから撃たれたにしても、そのあと敦賀さんがそのまま宝田組に居続けた事が説明しづらいです」

「それに」
キョーコはそこで言葉を切るとじっと久遠の顔を見つめる。
「私に親切にしてくれたのはやくざのスパイじゃなくてお巡りさんだ、と言う方が納得がいきますし」
「はは、なるほど」
久遠は体を起こして笑った。ふむ、と考えながら顎を撫で、ちらりと周囲を見回してから再び体を傾ける。
「いい推理だね、半分以上当たってる」
「半分じゃいい推理とは言えません」
「いや」

少し不満げな顔をしたキョーコに久遠は笑う。
「違ってるのは俺の身分かな」
「警察じゃないんですか?」
「そう。ここで細かい話はできないけどね」
「人がいなければ細かい話していただけるんですか?首を突っ込むなって怒られるかと思いました」
すぱりと言い切ったキョーコを、久遠は真顔でしばらく見つめる。あまりに見られているので居心地が悪くなってキョーコはもぞりと身動きして視線を遠くに動かした。
それを合図にするように久遠も視線を外して髪をかき上げる。

「…そういえば君は引っ越すつもりだって言ってたけど、どうするか決めた?」
いきなり話題が変わってキョーコは目を丸くしたが、素直に返事をすることにした。
「今行き先を探しているところです。今のところは来月末で退去が決まったので」
「どの辺りにするの?」
「…細かくは決めてませんが、行きたい場所があるのでそこに通える範囲で探しています」
「行きたい場所?」

キョーコは背筋を伸ばした。真っ直ぐに久遠を見て、きっぱりと力強い口調でしゃべりだす。
「自分に何ができるか、何がやりたいのか、考えてみました。それで、調理師免許を取るために学校に通いたいんです」
ほう、と久遠は目を見開いた。
「料理人になりたいということか」
「料理は…私の数少ない趣味で特技なんです。将来の事を考えた時に、手に職をつけておきたいですし、いつか自分のお店を持てたらいいなと」
夢ですけどね、と笑ったキョーコに、久遠も柔らかく微笑んだ。
「そうか、君はしっかり前を向いて歩き出したんだね…行きたい調理師学校が具体的に決まっている?」
「はい」
キョーコはしっかりと頷く。
「どうせなら、知識も技術も身につけたいです。もちろん学校は初めの第一歩ですけど修行のためにも就職実績のあるところを目指します」
「場所はどこ?」

キョーコは都心の街の名前を挙げた。そして困ったように視線を下げるとカップの取っ手を指でなぞる。
「ここからはさすがに遠いので少し近づきたいんですけど、近づけばそれだけ家賃も上がるし。かといって遠いと往復の時間と電車代がかかります」
「それはそうだね」
「だけど1回乗り換えれば行かれる範囲でいくつか候補を見つけてますし、大丈夫です。目標があると、なんでもできる気がします」
にこりと笑ったキョーコを見る久遠の目は優しかった。

久遠はカップを取り上げてコーヒーを一口飲むと、懐から2枚の紙を取り出す。
「それなら金はいくらあっても困らないね。…こっちが君の借用書。もうすべての返済は終わった。それからこっちは不破の返済分との差し引きで君に返る分の計算内容だ」
キョーコはテーブルの上に示された紙を覗き込み、目を丸くした。
「こんなに返って来るんですか?」
「それだけ君が今まで彼の借金を代わりに払ってきたってことだ。元々君の金なんだから"返る"というのもおかしいくらいだね」
「そっか…でも助かります。……私本当は受け取るつもり、なかったんです」
「不破の金なんて、と前も言っていたね」
「はい。でも敦賀さんが『金は金だ』と仰って、その瞬間はカッとなりましたけど…あとで納得しました。過去の恨みで意固地になるより、未来の自分のためだと思えばいいんだって。そして、あいつを見返してやろうって」
「その通りだ」

ふっと微笑むと、久遠は2枚の紙をたたんでキョーコに渡す。キョーコは受け取りながら少し眉を下げた。
「ごめんなさい私…敦賀さんがうちに来られなかったので、もしかしたら持ち逃げされたのかも、なんて考えてしまいました。大変失礼しました」
深々と頭を下げるキョーコに、久遠はぷっと吹き出した。
「いや、そう思って当たり前だし、そんなこと言わなきゃ分からないのに…君は正直だね」
「いえ…でもこんなにお世話になった方のこと疑うなんて」
「多少疑い深いくらいじゃないとやっていけないよ」
「はい…」
申し訳なさそうに頭を下げるキョーコに、久遠は笑いかけた。

「と言っておいてなんなんだけど、実は君の今の事情を聞いて、俺から提案があるんだ。胡散臭いと思うだろうけど聞くだけ聞いてもらえるかな」
「…なんでしょうか?」
戸惑いを隠さない表情でキョーコはおそるおそる聞く。
「ルームシェアをしない?」
にこりと笑った久遠の顔は、確かにどこか胡散臭いかも、とキョーコは瞬時に考えてしまった。


「ここ…ですか……」
「うん」
キョーコは歩道に立って口を開けたまま上を見上げていた。
10階建てのマンションは、外壁からしていかにも高級そうで、エントランスのガラスドアも素通しではあるのものの見えないバリアが張られていて、貧乏人の自分などは弾かれて排除されるのではないかと言う不思議な気分に囚われる。

「中も見てみるよね」
「は…でもまだ決めた訳じゃ」
「うん、判断のためにもね」
「はぁ…」

どうもペースを握られていると思う。
大体、バイトのシフトが入っていない日を教えて久遠の住む部屋を見に来るとの約束をしてしまった時点でそれは仕方がない。しかし信じていいのだろうか。

「立地優先でとりあえず部屋を借りたんだけどね。ゆったりしてる方がいいと思ったけど、住んでみたらちょっと広すぎるんだ」
「そんなにですか?」
「うん、3LDKだからね」
「…借りる前に気づいてください!」
そんな会話をしたのはほんの数日前だ。
にわかに信じがたい。けれど、キョーコはうんうん迷いながらも、今日この瞬間までの期間に渡された連絡先に断りの電話を入れる事が出来なかった。

カフェで会話をした短い時間で実感してしまったのだ。
確かに見た目も表情も久遠は蓮とは違う。けれど話していると分かる。さりげない気遣いや少し笑った目は同じだと。

いきなり目の前に金髪の男の人が来てこんな話されたら胡散臭さしか感じないけど…
敦賀さんなら大丈夫かな、なんて思っちゃったりもするのよね。

久遠はマンションの入り口の操作盤にカードを通すと振り返った。
「とりあえず見るだけ見て考えて」
「はい」

今の状況は言ってみればどん底に近い。
ずっと慕っていた男に捨てられ、未来がどうなるかも分からない。

そうよ、これ以上悪くなりようがないわ。
そう思えば腹もくくれるってものよ!

キョーコは頷くと、久遠に向かって足を踏み出した。




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コメントコメント


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今晩は。寒くなったり暑くなったりと忙しい日本ですが季節の変わり目いかがお過ごしでしょうか?
蓮さんは無自覚でキョーコちゃんをそばにおきたいと思っているのでしょうか?
ピュアなキョーコちゃんに萌える日々ですね。
羨ましいです。

みえぶた | URL | 2015/10/07 (Wed) 18:41 [編集]


Re: タイトルなし

> みえぶた様

コメントありがとうございます!
ここのところ急に朝晩冷え込んで、ほんと衣服の調整が難しいですね。
とはいえなんとか風邪も引かずに過ごしております。
そう、蓮さんは一体何を考えてキョコさんを必死に勧誘しているのか。自覚してるのか無自覚なのか。
この話の蓮さんの考えはイマイチ読めない流れとなってますが…。
でもキョコさんと一緒に暮らしたら、なんか元気でそうですよね。

ぞうはな | URL | 2015/10/07 (Wed) 23:01 [編集]