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BALANCE (14)


こんばんはーー。
早速続きですー。




キョーコは相手に失礼だとかそんなことを考える余裕もなく、自転車にまたがったまま目の前に立つ人物をまじまじと見つめてしまった。
相手もこちらを見ている。穏やかな微笑みを浮かべ、固まったように自分を見ているキョーコの事を不審がる様子もない。

見つめ合っていたのはほんの数秒だったが、キョーコにはすごく長い時間に感じられた。
不意に相手が口を開く。
「すみません、道を聞きたいんですけど」
「は、はい?」
「○○会館と言うのはどっちに行ったらいいんですか?」
キョーコは呆然としたままそれでも考え、自分の後ろの方向を指差した。
「…会館は、この道をずっと真っ直ぐ行って、最初の信号を右に曲がった先です」
「ありがとうございます」

狐につままれるってこういう事?

にこやかにお礼を言われ、キョーコは自分が混乱しているのを認識しながらそんな事を考えた。

目の前の男は見上げるほどの長身で、かなりがっちりとした肩幅で、すらりと長い脚を持っている。
そして驚くほど整った見覚えのある顔のつくり。低くよく通る声。
これだけなら、キョーコは迷うことなく相手が知っている人物だと認識して話しかけただろう。
「敦賀さん」と。

けれど、キョーコはそうできない。だって。

髪の色が違う。
目の色が違う。
作る表情が違う。
口調が違う。
服装も違う。

横から見たときの姿はキョーコが知っている人物に酷似していたのに、違う人物だとキョーコの脳は認識しているのだ。

だって…こうやって見るとまるっきり外人だもの。
やっぱり別人…よね?似てるだけよね。
でもなんで話しかけて来たの…?

薄い色の金髪は、今はまだ薄暗いのでそれほどでもないが、きっと朝日を浴びたらキラキラと輝くのだろうし、その透き通るような碧の目も、きっと明るいところで見たら吸い込まれそうな光を放つのだろう。
そしてその柔らかい口調と表情は、今まで蓮が見せたことのあるどれとも違う。思い返してみれば、貴島に連れて行かれたクラブで見たものに近いが、何かが違う気がする。

相手は少し楽しそうにキョーコの事を観察しているように見える。
腑に落ちないが別人と判断するしかない以上かける言葉もない。キョーコが地面に下ろした右足をペダルに乗せようとした時、またもや男が口を開いた。
「今日はこのあとファーストフードのバイトですか?」
「えっ?……なん……?」
「場所はどこかな」

えええええっ?
私がファーストフードのバイトしてるって知ってるって事はやっぱり…!

目と口をまん丸にしたキョーコににこりと微笑みかけると、男は少し小声で言葉を足す。
「ちょっと話をしたいんだけど、バイトの場所教えてくれる?」
傍から見たらえらく場違いな路上ナンパに他ならなかったが、キョーコは戸惑いつつもバイト先の情報を言わざるを得なかった。


ほんとに…来た……!

もう少しでバイトが終わると言うその日の午後の時間帯、キョーコが働くファーストフード店に金髪の男が現れた。
フードつきのカジュアルなショートコートにジーンズ、スニーカーと言う朝も見たラフな格好。特別なところもない服装なのだが、着る人が着れば異常にお洒落で、ただ歩いているだけでファッションモデルのような印象を受けるものだとキョーコはどこか感心した。

「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がりですか?」
自分のいるカウンターに真っ直ぐやってきた男に、キョーコは動揺を隠してマニュアルどおりに声をかける。
「はい、このセットを」
男もメニューを示して普通に注文をした。
「セットのお飲み物はいかがいたしましょうか」
「ホットコーヒーで」
「かしこまりました、お会計480円になります」

通常通りのやり取りの末、商品を載せたトレイを差し出してキョーコは深々とお辞儀する。
トレイを持ってテーブルについた男を見送ってため息をつくと、隣のレジのバイト女性がこっそりとキョーコに話しかけてきた。
「今の人、めっちゃ格好良かったね!でも私外人さんって思って慌てちゃったけど、よく最上さん普通に日本語で話せたね?」
「…話してみて、通じなかったら英語にしようかと思ったんですけど」

さらっと答えながらキョーコは内心どきりとした。
そうだ、外見はまるで外国人な相手に対して日本語で普通に話しかけたのは、通じると知っていたからだ。
キョーコがちらりと視線を向ければ、ちょうどハンバーガーにかじりついた金髪の男の横顔が見える。見れば見るほど蓮に似ているその横顔は、それでも蓮の放っていたどこか暗い浮世離れしたオーラがなく、キョーコは混乱するばかりだ。

どうしよう…朝は話がしたいって言ってたけど、私から話しかけた方がいいの?でもなんて…?

仕事をこなしながらも気になって仕方がない。
しかし勤務時間が終わる直前、店内の清掃をしているキョーコにいつの間にか立ち上がった男が話しかけて来た。
「仕事終わった後、少しだけ時間もらえるかな?」
「…本当に少しでしたら」
「今日も居酒屋のバイトがあるんだよね。話が終わったら送るよ」
「いえ、自転車ですので」
「あーそうか。わかった、じゃあ本当に少しだけ。そろそろ仕事終わりだよね、どこで待っていればいい?」
問われて、キョーコは少しだけ考えると店のそばの交差点を指定した。
「じゃあまた後で」
男は軽く手を上げて店を出て行く。「あんなイケメンと何しゃべってたのぉ?」と聞いてくるバイト仲間に適当に濁しながら、やはり今の金髪の男は蓮なのか、それともよく似た腹違いの兄弟かなにかかと、キョーコは上の空だった。


「お待たせしました」
普通にしようと思っているのについつい声に警戒心がにじんでしまう。
交差点の端っこにたたずむ金髪の男にキョーコが声をかけると、男はにこりと笑って交差点の向こう側のカフェを示した。
「来てくれてありがとう。あの店でいいかな?」
「どこでも…いいですけど…」

じゃあ行こうか、と促されてキョーコと男はカフェに入った。
キョーコの分も飲み物を買ってくれた男はトレイを持ったまま店内を見回し、少し奥まった席へと進む。男は置いたトレイからカップを下ろし、キョーコに勧めると自分も口をつける。キョーコがおずおずとカップを持ち上げると男はにこりと笑った。
「ようやく話ができた。ごめんね、清算の約束をすっぽかしてしまって」
「!!!」
キョーコはすすりかけたカフェラテを飲み込み損ねて咳き込み、慌ててカップをテーブルに戻す。
「や、やっぱりあなたは…!」

勢いよく立ち上がりかけたところに上唇を長い指でちょんとつつかれ、キョーコは目を白黒させた。
「まあ落ち着いて。そう、君が朝からずっと疑っていた通り、俺はこの間まで"敦賀蓮"を名乗っていた」
キョーコは相手から目を離せないまま、ゆっくりと浮かしかけた腰を元の位置まで戻す。
「名乗ってたって…偽名ってことですか」
「まあそうだね。本当は戻るのは君の清算が終わってからと思ってたんだけど色々事情があって」
「はあ…」
「気になっていたかもしれないけど、君の借りた金は全部先週の内に清算が終わってる。きっちり返させたから、全額返すよ」
「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げてから、キョーコはゆっくりと目線を上げると尋ねた。
「あいつ、素直に返しましたか?」
「それはもちろん」
蓮はくすくすと笑いながら肘をついて顎をそこへ預ける。
「返さなかったらどうなるか分かったものじゃないからね。彼も必死だろう」
「あー…」
そうだった。尚は蓮のいう事を聞かないという選択肢を持たない。金を全部返し終わっていても安心はできないのだ。

「君に金を返すように進言したのは彼のマネージャーみたいだね。もっとも彼は単純に"君に金を借りた"と伝えたようだけど」
「そりゃあ本当のことなんて言わないですよね」
「だけど多めの金額を入れたのはそのマネージャーも何かを察してたんだろう。まさかこんな事態とは思ってないだろうけどね」

穏やかな顔で続ける蓮を、キョーコは不思議な気持ちで眺めた。
その口調は柔らかく、表情は穏やかだ。やくざとして接していた蓮のぶっきらぼうさなど、微塵も感じられない。けれど一番本質的な部分、どこか鋭いオーラと言うかなんというか、"普通の人"ではない雰囲気はよく見ると今の蓮からも同じように漂ってくるような気がする。

自分を呆けたように見つめているキョーコに気がついて、蓮は少し首をかしげながら「どうしたの?」と聞いた。
その笑顔は女性であればうっとりと見惚れてしまうような美しさで、キョーコは気のせいかと今考えている事を打ち消そうとしたが、どうしてか完全には自分の直感を否定することができなかった。

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