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BALANCE (13)


こんばんは!ぞうはなです。
さてさて今週も粛々とすすめます。





目覚まし時計の電子音がまだ暗い室内に響く。
3秒ほど鳴った後、時計の音は布団から伸びた手によって止まり、更にその手は天井に吊るされた蛍光灯から下がる紐に移動し、室内に白い光が満ちた。

「んん~~~」
キョーコは布団の上で体を起こすと思いっきり伸びをし、てきぱきと布団をたたむと両頬をぱちぱちと叩く。
「さ、頑張んないと!」

毎日同じ時間に起きだして毎日同じように働く。
ずっと続いて来ている毎日であるが、この数日は同じことをしながらもキョーコの心境は今までとは少し違っていた。


敦賀さんの助言のせいかな、あの日に思いっきり泣いたら本当にすっきりしたいみたい。
お金はあった方がいいし、とにかく"自分で"やりたいこと、探さないとね。

よし、と気合を入れるとキョーコは着替えて部屋から飛び出し、新聞販売店へと向かった。

泣くのは心にいいことだというのは本当のようだ。
涙を流した事で心の澱まですっかり流れてしまったようで、もうキョーコは空っぽな自分をいかに満たしていくか、という前向きな方へと思考を転換させていた。

何がどうって、敦賀さんのおかげよね。

ぶっきらぼうながらも自分のことを心配してくれていたことが今はよく分かる。
冷たいようで怖いようでいて、実は蓮に対して怖い思いをしたことなどないのだ。それどころか貴島の強引さから救い出してくれたし、尚にもきっちり落とし前をつけてくれた。

どうしてだろう?と不思議に思う気持ちが一番大きいのは確かだ。
自分は単純に蓮の仕事の客なだけだ。金の回収が終われば用もないだろうし、取立てがスムーズに行くためと言ってもやや過剰サービスのような気がする。

『表面だけ着飾って男に媚びる女に飽きていたところだ。たまにはいいものだ、健気な女も』

蓮の言葉と抱き寄せられたその懐のたくましさが思い出されて、キョーコは赤い顔でバタバタと頭上を仰ぐ。

やだもう、あんなのショータローに対しての嫌味で言っただけでしょ!
気にしてどうするの、そんなこと!

大体どういう紆余曲折が今後あったとしても、さすがにやくざとの交際は有り得ないだろう。しかしもしやくざと結婚したりしたら、やっぱり極道の妻としてびしりと着物を着こなした、ちょっとドスのきいた怖い姉さんになるのだろうか。

またバカみたいな余計な事を考えて!とキョーコは頭を振ると、新聞満載の自転車を漕いで配達に向かう。
バカな事と分かってはいるものの、そして次で最後だと知ってはいるものの、また蓮に会えるのが少し楽しみになっているのは自覚せざるを得なかった。


暗い内から始まった新聞配達は暗いうちに終わり、少しずつ明るくなる空を眺めながらキョーコは自分の部屋へと帰る。
着替えて朝食を取ったら次のバイトが待っているのだ。キョーコは部屋に上がるとリモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。

元々このテレビってショータローがお笑い見る専用みたいなものだったけど…

自分の生活を振り返ってみれば、とにかくショータローの事しか考えておらず世間からもだいぶ隔絶されてしまっている。販売店で新聞の見出しを眺めるくらいはしていたが、今後の道を見つけるためにも情報収集は大事、と、キョーコはニュースだけでも毎日見るようにしていた。

ちょうど朝の情報番組ではニュースを報じている。
キョーコは着替えながら音だけを聞いていたのだが、アナウンサーが告げた地名が自分の住む町に近いことで画面に目をやった。

『…撃ち込まれた銃弾は少なくとも5発ということで、地元には不安の声が広がっています』
『なお、このビルは指定暴力団である宝田組の事務所が入居しているということで…』

宝田組。

以前からこの一帯を牛耳るそのやくざの組の名前は有名で、蓮がその名前を出したのも覚えている。蓮が取立てをしている闇金は宝田組が経営しているということなのだろう。ニュースの中の"銃弾"という言葉で、キョーコはマンションの植え込みから起き上がった蓮の姿を思い出していた。

『実は最近続いている宝田組の騒動にはどうやら組の分裂や抗争が関係しているようです』
『こちらのフリップをご覧ください』

2人のキャスターが示すフリップには、先月からのいくつかの発砲事件が記載されている。キョーコは思わず身を乗り出してフリップに書かれた事件を追ったが、この近所で蓮に傷を負わせた事件は含まれていないようだ。

『宝田組の傘下に緒方組と言う暴力団があるのですが、緒方組組長の代替わりに伴って一部が離反し、その離反した集団が宝田組に対して抗争を仕掛けていると言う事情があるようですね』
『先週摘発された詐欺グループと緒方組との関係も現在警察が調査中とのことですが、市民生活が脅かされる事のないよう、厳重な対応が望まれます』
『さて、この暴力団の抗争との関連が疑われるニュースが先ほど入ってきました』

ニュースキャスターの厳しい表情から画面が切り替わり、ヘリコプターからの映像が画面に映し出された。画面にはライトの光に照らされた穏やかな海面と、海に向かって伸ばされたクレーン車のアーム、警察らしき潜水夫の姿が見える。

『今朝3時ごろ、○○港で車が海中に転落したとの通報があり、警察が現場へ向かったところ、岸壁付近の海中に沈みかけている乗用車が発見されました。現場近くには大きく破損したトラックが乗り捨てられ、目撃情報や付近の防犯カメラの映像から、事件現場の近くにいた暴力団員の男がトラックの盗難容疑で身柄を拘束されています。男の氏名は公表されていませんが、元緒方組の男ということです』
『男は黙秘をしているようですが、盗んだトラックで乗用車を岸壁から押し出して落としたとの情報もあります。犯行の動機や、この事件と宝田組闘争との関係はまだ明らかになっていません。なお、通報では車には人が乗っていたということですが、現在までに周辺や車内から人の姿は見つかっていません。警察は付近の捜索を続けています』


キョーコは次のニュースへ移ったタイミングで自分の手が止まっている事に気がついた。

確かちょっと前も発砲事件のニュース見た気がするけど…あれって敦賀さんがいる宝田組に関係する事だったんだ…
ってことは前に敦賀さんが撃たれた事件もやっぱり関係あるの?狙われてたってこと?

ふと、海中にほぼ沈んでしまった車の映像がキョーコの脳裏に蘇った。

もしかして…あの車に敦賀さんが乗っていたとか、そんな事ないわよね?

何の根拠もないのだが、急に不安になってしまう。
しかしここで蓮の身を案じてみても、キョーコにできることは何もない。大体、宝田組が関連しているからと言ってすべて蓮に結びつけるのも乱暴な論理だ。

ううん、大丈夫。
だってほら、あとちょっとで敦賀さんが来る日じゃない。顔見れば安心するわよ。


しかし、数日経ってキョーコの不安は減るどころか増す結果となった。
蓮は約束の日、いや12時を回って日が変わってもキョーコの部屋の呼び鈴を鳴らすことはなかったのだ。

今まで一度たりとも来ない事などなかった。約束の時間に遅れることすら。
だからこれは異常事態なのだとキョーコは認識していた。すでに時刻は午前2時を回り、これから蓮がここに来る事は考えにくい。それでもキョーコはなんとなく諦めて寝る事ができず、布団は敷いたもののその上に座ってじっと考え込んでいた。

あの事件の続報はない。だから沈んだ車を運転していた人間がどうなったのか、キョーコには知りようがない。
いやいや、もしかしたら今日蓮がここに来ないのは、ここ最近の宝田組の事件とは全く関係がないのかもしれない。

そうよ、やくざらしく、ショータローから取り立ててまとまった金額になったから持ち逃げしたとか…

懸命に言い聞かせてみるものの、自分で立てた仮説に自分が納得する事ができない。キョーコは布団の上に体育座りをして、何度目か分からない深いため息をついた。


寝ていようが寝ていまいが夜は明ける。
寝不足を抱えたままの新聞配達は3日目に突入していた。

宝田組の一連の騒動は決着していないようだが、宝田組から離脱した団体の事務所に対して詐欺容疑での捜索が行われたということをテレビのニュースは伝えていた。その際に麻薬の取引の証拠も出て…というあたりでキョーコの興味はそれた。車の運転手の行方に関するニュースはない。何も出なかったということか。

もし蓮が一連の報道の事件と関係無いのなら、なぜ蓮は来ないのだろうか。
日にちを間違えたとか、来られない事情があったとか、あれこれ考えてキョーコは約束の日から3日間、夜11時の蓮の訪問を待っている。しかし当たり前と言うかなんと言うかその姿は見えず、キョーコはそろそろ考える事を放棄しようかと思っているところだ。

そもそも蓮が自分のところに来ているのは借金の取立てのためだ。
尚が先週持ってきた金で残りの返済は済ませられるはずだが、もし蓮が入金処理を怠っていればまた余計な利息が発生していることも考えられる。

そろそろ…最初に来た人に連絡しないとダメかな。

はふ、とため息が漏れる。
寝不足で若干の頭痛を抱えてはいたが、キョーコの体はあれこれ考えながらも事務的に動き、新聞配達はいつも通りに終了している。キョーコは最後の配達場所であるマンションの玄関から出ると、配達の自転車にまたがった。

そういえば、敦賀さんが倒れていたのってこの先だったわよね。

キョーコはそんなことを考えながらペダルを踏み込んだ。
ゆっくりと自転車を進めて角を曲がり、マンションの植え込みに目をやって…その手前で視線が止まる。植え込みの前、車道と白線で区切られた歩道に立っている人が見えた。

普段、この時間の街は静かで人通りはほとんどない。
たまに早朝ジョギングをしている人がいたり、朝帰りとおぼしき人が通りかかったりはするが、キョーコがそういう人を意識する事もない。
だが、この時間に道路の端で突っ立っている人を見ることはあまりないのだ。
キョーコが自転車でその前を通り過ぎようとしたとき、立っている人物が顔をこちらに向けた。その顔を見て、キョーコはブレーキを握りしめて自転車を停めてしまった。


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