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BALANCE (11)


こんばんは!ぞうはなです。
次の更新はシルバーウィークが明けてからとなりますー。





「どういう意味だ…?」
尚は尋ねない訳にはいかなかった。
蓮の口調も表情も、とてもじゃないが自分によい知らせをもたらしているようには見えない。何か企んでいる事は明らかだ。

「俺もこの間駅でお前のポスターを見た。その面が忘れられないくらいの大きさで貼られていたな」
言われてようやく、自分が何をされようとしているのかなんとなく尚は把握した。そういえばキョーコに会ってから、マスクをずらしてすっかり素顔をさらしてしまっている。

「この写真と事務所のカメラの映像があれば十分だ。さて、どこに売り込むのが一番得かな?」
「おまっ…もしかして俺を脅迫するつもりか?」
「脅迫?いや、そのつもりはない。売り出し中の新人アイドルが同棲していた女の名前を騙って闇金融で金を借りた、その事実を誰に教えようかと考えているだけだ」

ごくごく冷静に答える蓮に、尚は思わず立ち上がった。
「ふ、ふざけんなよ!それが脅迫じゃなかったらなんなんだ!大体俺はアーティストでアイドルじゃねえよ!」
「つ、敦賀さん!これは同居であって同棲ではありません!」

なにやら全く違う観点でキョーコも声を上げるが、尚は冷や汗がどっと吹き出てくるのを感じながら蓮を睨みつける。
「俺は別にお前に金銭を要求する訳じゃない。お前の知らないところで取引をしようとしているだけだが?」
「きったねぇ…」
「なんと言われようが、やくざにつけこまれるような行動をしたのはお前だ」
蓮は尚の形相を見ても何も感じないようで、殴りかかりそうな尚をちらりと眺めただけでスマホを懐にしまった。

「…どうすればいいんだよ」
固くこぶしを握り締めたまま立ち尽くしていた尚が、ようやく口を開いた。先ほどまでの勢いは無く、それでも蓮に対する怒りを隠すことなく。
「先ほども言ったが、お前に何かをしてもらおうとは思わない。ただ黙って報いを受ければいいんじゃないのか?」
「報いってなんだよ…!金なら返すって言ってるだろう!」

蓮の体がゆらり、と動いた。それは重心を右足から左足に移したくらいのほんの小さなものだったが、尚はびくりと身をすくませて半歩下がる。
「そうだな…それは最低限の条件だ」
ごくり、とつばを飲み込んだ音が周りに響いた気がして、尚は自分がびびってるわけではないのだと殊更怒りをこめて蓮を睨みつける。

「さっきの電話の相手の女が使い込んだ分も含めて、きっちり返せ」
蓮はポケットから小さな紙片を取り出すと、指に挟んで尚に差し出した。
「どうせ今そこまでの手持ちもないだろう。金額と場所を指示するから、そこに連絡しろ」
「…まじかよ」
「言っておくがこれは脅迫でも何でもない。お前が借りた金を他人にかぶらせていること自体が犯罪だ。詐欺だの文書偽造だので捕まりたくはないんだろう?」
「……」
尚は固い表情でしばらく紙片を見つめていたが、やがてそれをパンツのポケットへ入れた。

「あとはお前の行動次第だ。切り札は俺の手にある。それをよく肝に銘じておくんだな」
「きったねえよ!結局俺を売るつもりじゃねえか!」
「俺がここにいるのは」
激高した尚の怒鳴り声を嘲笑するような冷たい声が部屋に響く。決して大きくもないその声は、それでも尚を黙らせる効果を十分に持っていた。

「お前がふざけた真似をしたからだ。この子の好意を利用して踏みにじってな。真っ当に生きていれば俺みたいな人間とはそうそう知り合うものではない。お前は自分のしたことの意味をまだ分かってないのか」
「だから…金なら返すって…」
「この子が受けた屈辱と恐怖を体感したければ、これから先、自宅仕事場関係なく人をやる。30回分割で細々と返してみるか?」
「それは…!」

キョーコは不思議な気分で2人のやり取りを聞いていた。

蓮は金を返してもらえばそれでいいはずだ。それに、芸能人として有名になった男のこれ以上ない絶対的な弱みを手に入れた。今後ずっと、尚に粘着して脅し続ければかなりの額を巻き上げられそうなほどの。

けれど今蓮が尚に説いているのは、自分を騙したことへの罪の大きさとか、そういう話ではないだろうか。

なんで?と首をひねったキョーコだが、蓮の言葉と行動でそんな思考はどこかにはじけ飛んだ。

「それからこれも条件だ。お前は今日以降、この子との接点を持つな」
「なっ?何でてめえにそんな事言われなくちゃ…!」
「おや、不思議だな。自分で捨てた女なのにまだ手放すのが惜しいか」
「そういう意味じゃねえよ!てめえが指示すんのがおかしいって言ってんだよ」
「おかしくはない」
言うなり、蓮は横に立っているキョーコの肩を強引に抱き寄せてぽすんと自分の懐に入れた。あまりのことに尚は驚きすぎて声が出ないが、一方のキョーコは息すら出来ない。

「まあ、やくざの女に手を出す覚悟があるなら、好きにすればいい」
「ななななな……」
尚の舌はもつれてなかなか言葉にならない。
キョーコは慌てて身を離そうとしたが、蓮に強く肩をつかまれて身動きが取れない。それに顔が蓮のスーツに押し付けられる形になって、声を出すのも難しそうだ。

「てっめー、キョーコに手を出しやがったのか?」
「お前に文句を言われる筋合いはない」
「やくざのくせに堅気の女に手を出すなんて…」
「卑怯な男よりマシだとは思わないか?」
「なっ」

蓮は抱え込んだキョーコの髪をゆっくりと撫でる。
「俺も」
にやり、と蓮は笑った。その表情はキョーコには見えなかったのだが。
「表面だけ着飾って男に媚びる女に飽きていたところだ。たまにはいいものだ、健気な女も」
「最低だてめえ!きたねえんだよ」
「この子を取り返したいんだったら俺に殴りかかればいい。その代わりお前は築き上げたものを全て失うだけだ」

ぎゅう、と尚は拳を握り込んだ。呪い殺すほどの勢いで蓮を睨むが、蓮は尚には構わずゆっくりとキョーコの体を離す。
「もっとも、お前がどう思おうが何をしようが既に取り返せないものもある」
キョーコは蓮に抱えられていたため、尚からは表情が見えない状態でいた。そのままキョーコは蓮の顔をじっと見上げ、ゆっくりと尚の方を振り向く。

「正直に教えて欲しいんだけど」
さっきまでの怒りが静まり、けれども痛いほどの切実さが声と表情ににじむ。尚はキョーコを見つめたまま黙って頷いた。
「お金を借りたのは何のためだったの?」

少し躊躇ったのち、尚は口を開く。
「ネットの動画がレコード会社の目に止まって、もう一曲ちゃんと聞きたいって言われて、いい楽器とスタジオが必要だったんだよ。前の曲を上回らないとダメな事は分かってたからその一曲にすべてを賭けたんだ」

そう、とキョーコは視線を下げた。そのまま静かに問う。
「じゃあ、なんで黙って出て行ったの?どうして今頃返しに来たの?」
「…お前が怒るだろうから、金が出来るまではって思ったんだよ。返しにきたのは返せるようになったからだ」
「自分で考えて?」
「当たり前だろーが!」
「そうかしら」
「ああ?」
キョーコは深くため息をついた。
「あんただったらむき出しの金を放るわよね。わざわざこんな丁寧に封筒になんて入れないわ」
「んなことねーよ!」

分かりやすいな、と見ている2人は同時に思った。
否定しながらも瞬時に目が泳ぎ、「どうせ誰かにばれて忠告されたとかそんなところでしょ」とキョーコは鼻白む。

「わかった」
それ以上追求せずにキョーコは話を打ち切った。
「それだけ聞けたらもう十分だわ。お金も返してくれるならそれでいい」
「え、じゃあ…」
少しほっとした声を出した尚を、キョーコはギンと睨みつけた。
「勘違いしないで。別に私は敦賀さんを止める訳じゃないわよ」
「う……」
たじろぐ尚に、キョーコはまた表情を和らげて視線を落とす。
「これ以上あんたのぼろが出て私があんたを刺す前に、消えてくれる?」
「え」
尚はさらにうろたえた。キョーコの表情と言葉がまるで合っていない。

「私の記憶からあんたを消すから、あんたも私のことはもう忘れてくれるかしら」
「キョーコ…?」
「早く出てって」
キョーコはくるりと尚に背中を向けると、蓮の胸におでこをつけた。そのまま動かないキョーコになす術もなく、尚は居心地の悪い思いをしながらもキョーコに問いただす事もできない。
蓮はじっとキョーコを見つめていたが、その頭をぽんぽんと柔らかく叩くとちらりと尚を見た。
「さっきの連絡先への連絡だけは忘れるな。今日中だ」
「あ、ああ……分かってる」

「すぐに出て行け」という合図だと、尚も理解した。
キョーコに声をかけたいが、その背中は自分を拒否しているようだし、何よりもなんと言っていいのかが分からない。
本当にキョーコはこの男と付き合っているのかとか、聞きたいことはあれこれあったが、尚ができることは無言でキョーコの部屋から立ち去る事だけだった。


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